Special Report


 

人の動きでデザインする


7月20日(金)、東京カンファレンスセンター品川にて「第1回 A&Aイノベーション・セミナー」を開催いたしました。
現在、建築や都市計画などのデザインに、「人の動き・流れ」が取り入れられはじめています。今回は「人の動きでデザインする」をテーマに、歩行者シミュレーションソフト「SimTread (シムトレッド)」を通じて、先端的な取り組みをされている方々から、実践的な事例や、国内外の活用事例をご紹介いただきました。




テーマ:「シムトレッドが「かたち」をつくる」
株式会社日建設計 執行役員 設計担当 プリンシパル 兼 デジタルデザイン室長 山梨知彦 氏

 
株式会社日建設計 山梨知彦 氏  

私の設計チームではデジタルベースで意匠デザインをしています。というのは、コンピュータでシミュレーションすると、非常にわかりやすく、デザイナーが直感的に工学的な領域を扱えるようになるからです。今後はデジタル情報をベースにした設計が一般的になると感じます。BIMや3次元設計がデファクトとなり、現場での納まりチェックの省力化に加え、品質の向上も図れるだろうと考えています。
そして、建築はハードだけでなく、大きくわけて「エネルギー」、「ファシリティー」、「人間」という3つの流れが大切だと感じています。それらに着目して徹底的にシミュレーションを行って計画したのが、1フロア3,000㎡のオフィスビル、ソニーシティ大崎です。
まず、環境面では、全面バルコニーのファサードを活用し、陶器の手すりの中に雨水を流しています。インドの水瓶を参考に、手すりの表面からにじみ出る水が蒸発する際の気化熱によって、大気を冷やそうと考えたバイオスキンという装置です。ファサードに水が流れるとどんな現象が起きるかコンピュータシミュレーションし、模型を使った実験では、地表面やバルコニーの温度はおよそ2℃下がることがわかりました。次に、植栽は、コンピュータの中で種をまいて40年間育て、そこから最適なデザインを見つけて、自然に近い環境で育った植栽になるようシミュレーションし、実際の計画に生かしました。
また、全面バルコニーは、環境的な要因からではなく、9.11(アメリカ同時多発テロ)の事件の際、火災によって多くの人が煙にまかれてしまった教訓から避難のために設けています。バルコニーによって避難計算上は問題がない建築となりますが、ソニーの頭脳である社員の方が安全に勤務できる研究所こそ、ソニーらしく最高なデザインと考え、建築基準法を超えたソニーの基準として安全かという視点で、「SimTread」による避難シミュレーションを行いました。

 

例えば、満室時のレストラン内で、火災が発生したらどうなるか、直感で判断できませんが、シミュレーションでは、滞留する箇所が可視化でき、避難に適正な扉の位置と数が明確にできました。さらに、オフィスビルのエントランスは、常時でもエレベータホールに人の滞留がおこりがちになります。エントランスからセキュリティーゲート、エレベータの待ちスペースが適正か検証し、通常3.5mのホール幅を3.0mでデザインすることもできました。これらは「SimTread」の力を最大限発揮できたところだと感じますし、人の動きをシミュレーションすることは設計で最も重要です。
以上のように、デザイナーにとって、シミュレーションは重要なツールで、大切なのはデザイナーが直感的に感じたものをシミュレーションで客観視し、それをフィードバックして、シミュレーションと実態との乖離をどんどん埋めていくことだと感じます。今までも多くの場所で発表されている環境シミュレーション(エネルギー)の他に、今後は、家具やもの(FM:ファシリティーマネジメント)、人間の振る舞い(ヒューマンビヘイビア)が不可欠になります。そして、人間の振る舞いの最たるものは「SimTread」であると感じます。


テーマ:人の流れを予測する、可視化する、そして設計する−建物避難から津波避難までー
株式会社竹中工務店 設計本部 本部長付 工学博士一級建築士 吉田克之 氏

 
株式会社竹中工務店 吉田克之 氏  

避難時間の計算では流動係数1.5(1m当たり、毎秒1.5人通る)という数字があります。これを使うと避難時間は簡単に計算できますが、プランが複雑になると難しくなってきます。そこで難しい計算を簡単にするためにグラフを描きながら避難時間を求める方法が、長年使われてきました。図にすると分かりやすくなるためです。「SimTread」のシミュレーションに比べると見劣りはしますが、これも一種の可視化の効能です。
「SimTread」による可視化はさらに進んでいて、人の流れの動画が出てきますからどこに問題があるかがはっきりとらえられるので、改善のアイデアも出しやすくなっています。設計は、人の流れをコントロールすることですし、コントロールしないと大変な事がおこります。例えば、世界のスタジアムでは時々群集災害が発生します。その原因を見ると突発的な要因で起きた例がほとんどであるため、設計によってこれを防止するのは難しそうに思いがちですが、自然に人が流れるように考えて設計をしておけば、混乱が起きても、犠牲者の数を最小限に抑えることができると考えられます。

 

そして、私どもはたくさんの大型ドームを設計してきましたが、これらのドームではスタンドから人が居なくなる時間を8分以内、建物の外に全員出るまでが15分以内というルールを適用しています。致命的な事故を無くすために設計者ができることは、無理のない人の流れをつくることです。スタンドデザインでは、上のスタンドの縦通路とゲートに向かう下のスタンドの縦通路を千鳥配置にするのが一番効率的であることがシミュレーションでもわかってきています。また、日常の動線計画では人が集中するピークで設計をすると合理的でなくなります。このため、ピーク崩しのような合理化対策も必要です。相撲の弓取り式などは一種のピーク崩しで、日本には古来からこのような知恵があります。
さまざまな事例をお見せしましたが、「SimTread」を使ってもっと何かできないかと考え、昨年4月頃に岩手県のある町を取り上げて津波のシミュレーションを試みました。高台に至る道が海抜20mを超えたところで、避難完了ということにして、約1万2千人をプロットして計算してみました。そして各避難者の避難時間を色分けでプロットしてみたところ、避難困難地域がはっきりと見えてきました。これも可視化の効用です。これを基にして津波避難ビルや新しい避難経路をつくる等、対策を行うことで合理的な避難計画ができると思います。実際に現地には訪れていませんが、対策を考えるには非常にはわかりやすいのではないかと感じます。
ご紹介した事例が「SimTread」の使い方の参考になればと思います。




テーマ:歩行者シミュレーションの妥当性検討及び避難防災計画への適用
早稲田大学 人間科学学術院 准教授 博士(工学)・一級建築士 佐野友紀 氏

 
  早稲田大学 佐野友紀 氏

「SimTread」は、シナリオに基づいた人の行動を再現し、設計にフィードバックできることが特徴です。例えば、一般のビルでの避難計算は、避難開始時間、階段への到達時間、扉を通過する時間を使って評価しますが、最適な経路をスムーズに移動するシナリオが前提になっています。「SimTread」では、これらを総合的に計算しますが、この結果は設計にフィードバックするための一種の物差しとなりますから、それが正しいかどうかが重要になります。
そこで、シミュレーション結果の妥当性評価のために、実際に数パターンの空間をつくって、50人が目的地までどのような流動を示すか検証しました。その結果、流動係数(人/m/s)は実証実験では2.0でした。「SimTread」では避難計算にあわせて流動係数が安全側の値となるように、人が確保する空間の大きさを調整して1.5になるように設定しており、実際の出力結果も1.5となりました。実験とシミュレーションムービーでも見られるようにどちらも同じような群集の動きの傾向が確認でき、「SimTread」の妥当性が検証できたと考えています。一般的に、設定値や入力値が出力された結果に必ずしも対応するとは限りませんし、廊下や曲がり角などでは人の動きが複雑になるため、その検討はとても大切になります。ですから、シミュレーションの妥当性の検証は、実験を通して確認していくことが必要であることもわかってきました。

 

その他、現実現象では、超高層ビル(25階)での2,000人規模の避難訓練で、各階の階段室に観測カメラを設置し、訓練の様子を調査しています。4階で火災が発生した想定で、4〜6階をまず避難させ、階段の混雑緩和のために、その他の階は時間差で避難する計画でしたが、下の階で人が流れていても、上層階では動けなくなっている状況が観測されました。このような実際の映像は世界的にも貴重なデータですし、建物内の人は避難しながらこのような状況を把握する事は困難です。そこで、各階に250人在室の20階建てのビルを想定し、「SimTread」でシミュレーションした結果、上層階では約25分滞留して動けない状況が見られました。階段に入れる人の流量は数式でも示せますが、「SimTread」のシミュレーションだと一目瞭然です。
 日本では「SimTread」のようなソフトの活用はまだ一般的ではありませんが、諸外国では、すでに一般的で、市販品以外も含めると30余りのソフトがあります。現在の日本の建築基準法上では、避難安全検証法のルートCに位置づけて行くのが「SimTread」シミュレーションの適用方法の今後の可能性だと思います。避難計算の代替という意味では、妥当性の検証法がまだ確立されていないので、適正な事例を積み重ねていくことが重要であると感じます。防災計画のレベルでは、「SimTread」で避難行動の見える化が可能ですし、避難時間と、滞留状況から配置計画や避難計画の検討に非常に有効に活用していけるのではないかと感じます。




テーマ:SimTreadにまつわる取り組み、そして、これから。
エーアンドエー株式会社 研究開発室 室長 木村謙

 
エーアンドエー株式会社 木村謙  

私どもは「安心・安全・快適をデザインする」をテーマに、さまざまなソフトを研究、開発しています。今回ご紹介の「SimTread」の他にも、ヒートアイランド現象を軽減し、より良い環境づくりを提案するため、建物の表面温度をシミュレーションする「ThermoRender」をはじめ、消費電力を低減する効率的な照明配置の検討に活用できる「DIALuxツール」、自然の風の流れを計画に取り入れるための「Windworks」などがあります。

 

「SimTread」は、2010年に商品化後、Good Design賞を受賞し、デザインをサポートするとともに、東京消防庁から防火対象物の認定制度を申請する適切なソフトとして認定いただき、安心・安全もサポートしています。「SimTread」の基本的な原理は2009年に研究論文として発表し、学術的な裏付けに基づいて開発しています。建物避難という観点のみならず、小学校で一斉下校時の混雑解消の配置計画検討や、地域のハザードマップ作成、震災地区での広域避難の計画提案など、幅広く活用されはじめています。
さらに、「SimTread英語版」をリリースし、日本から世界へ、ワールドワイドな利用が始まっています。

「SimTread DXF版」により、Vectorworksのみならず、さまざまなCADソフトで「SimTread」をご利用いただける環境が整いました。みなさまが「人の動きでデザインする 安心・安全・快適」を提供する際、「SimTread」がお役に立てればと思っております。