JDNレポート Vectorworks活用事例
資生堂クリエイティブ
安島慧/小林恵理子/上村玲奈
連載シリーズ「Vectorworks活用事例」では、設計に携わる方々にとって空間をつくる上で欠かせないツール「Vectorworks」をどのように工夫して使っているかを紹介してきた。
今回お話をうかがったのは、資生堂クリエイティブ株式会社。化粧品のパッケージやロゴ、広告、店舗、イベントなど資生堂のブランドを取り巻くあらゆるデザインを手がけている。
そんな同社で空間デザインをメイン領域として担当するアートディレクターの安島慧さん、小林恵理子さん、上村玲奈さんにとってVectorworksは仕事に必要不可欠なツールだと言う。今回、三者三様のVectorworksの使い方を聞くことができた。
空間デザインでブランドの持つ美の世界へ惹き込む
空間、パッケージ、広告すべてでブランドの世界をつくる
2022年、資生堂の広告宣伝やパッケージデザインなどを手がけるクリエイティブ部門が独立して生まれた資生堂クリエイティブ。同社のメンバーはそれぞれの専門分野を持ちながら、密なコミュニケーションのもと一貫したブランドイメージをつくりあげている。
安島慧さん(以下、安島):私はおもに、空間デザインやVMD※領域を担当しています。店舗やイベント空間のデザインから、什器やショーウィンドウといった細かいプロモーションツールのデザインまで、デザイン対象はさまざま。対象の大小にかかわらず、空間全体でブランドの世界感を表現することが私の仕事です。現在、「Clé de Peau Beauté(クレ・ド・ポー ボーテ)」と「INOUI(インウイ)」の2ブランドを担当しています。
- VMD:「Visual Merchandising(ビジュアルマーチャンダイジング)」の略称。顧客が商品を探しやすく、購入しやすい売り場をつくるマーケティング手法
小林恵理子さん(以下、小林):私は、当社が分社化する前から国内外のブランドのアートディレクションを担当してきました。現在は安島と同じく「クレ・ド・ポー ボーテ」チームのメンバーとして、VMDデザインをメインにおこなっています。そのほかに、資生堂パーラーのウィンドウディスプレイやポップアップイベントなどシーズナルなプロモーション施策も担当しています。
上村玲奈さん(以下、上村):私は「クレ・ド・ポー ボーテ」と「ELIXIR(エリクシール)」の2ブランドを担当し、空間デザインを主軸としたアートディレクションをおこなっています。ブランド以外にも資生堂のショーウィンドウや化粧品の工場見学施設、本社オフィスのデザインを手がけてきました。
上村:3人とも空間デザインの領域を得意とするメンバーで、自分の担当ブランド以外でも空間デザインが必要になれば、私たちのチームの誰かがプロジェクトに参画しているイメージですね。
資生堂クリエイティブには空間以外にパッケージデザインやコミュニケーションデザインのプロフェッショナルたちが在籍しています。この体制こそが当社が持つ1番の強みです。化粧品の開発フェーズから参画し、ブランドの核となるコンセプトを軸にしながら、パッケージ、ストアやVMDの空間デザイン、コミュニケーションの360度全体でブランドの世界を表現していく。こうしてお客さまがブランドの持つ魅力に没入できる環境をつくることができると考えています。
3人で担当している「クレ・ド・ポー ボーテ」の新店舗デザインでも、ブランドの世界観を伝えるために細部までこだわり抜きました。
上村:同ブランドは2022年に“INFINITE RADIANCEー自分自身の輝きを発見できる高揚感あふれる場所”としてデザインコンセプトを刷新しました。お客さまとスタッフ、1対1のカウンセリングゾーンの比率を高め、そこで過ごす時間が上質であることを重視したエクスクルーシブな空間から、お客さまが店舗内を回遊し、自由に商品に触れながらその魅力を体感できるインクルーシブ空間へと提供価値を新たにしました。
そこで私たちは店舗設計から商品を並べる什器、テスターすべてを対象に、お客さまが商品を手にとってみたくなるデザインを模索しました。
安島:例えば店舗の入り口に設置した什器は島型にすることで、お客さまがぐるっと周囲を歩きながら商品を気軽に手にとれる設計にしています。さらに奥には、壁面の棚に全商品のラインアップが一望できるエリアがあります。触れる場所と情報を得る場所、お客さまの目的に合わせてエリアを分けることで、お客さまが自分に合った美を発見できる店舗デザインにしました。
安島:コンセプトが刷新されてからまだ間もないですが、将来的にはお客さまがどの「クレ・ド・ポー ボーテ」の店舗を訪れても同じ世界観を体感できるストアデザイン・VMDデザインを目指しています。
空間デザインに宿るそれぞれのこだわり
3人は「クレ・ド・ポー ボーテ」を中心に幅広い案件で資生堂にまつわる空間デザインとVMDデザインに携わっている。それぞれの代表事例をもとに、デザインへのこだわりや制作過程についてお話をうかがった。
まず安島さんからうかがったのは、「クレ・ド・ポー ボーテ」から新たに誕生した美容液のプレスイベントの事例。そのお話の中で安島さんにとって譲れないデザインへのこだわりを聞くことができた
安島:空間デザインに永久というものはなく、すべていつかはなくなってしまいます。特にイベントは数日限定のものも多いので、短い時間でしか人々の目に届かないからこそ、その一瞬で訪れた人の記憶に残るものをつくりたいと思っています。このプレスイベントも人々をハッとさせたいという想いでデザインしました。
安島:特にこだわったのがイベントフロアへと続く鏡の通路。メインビジュアルにも使用されている美容液が肌に与えるハリ感を表す半球を波のように配置し、肌を引き上げるベネフィットを伝える空間にしました。また、半球を鏡に貼り、さらにそれを合わせ鏡にすることで奥へ連続するような見え方にし、美容成分が肌に浸透していく様子を表しています。
安島:この半球はミリ単位でこだわりながら、最も波の形状が美しく見える配置を追求しました。その際に重宝したのがVectorworksです。ミリ単位の調整を図面上で正確におこなえるのでとても助かりました。
Vectorworksで図面に起こしては3Dモデルソフトで立体にして見え方を確認する。ひたすらその繰り返しでした。その甲斐もあって来場者のみなさんが美容液の魅力に没入できる空間ができたと思います。
続いて小林さんにうかがったのは、資生堂の総本店とも言われる原宿の「SHISEIDO Beauty Square(資生堂ビューティ・スクエア)」のポップアップ企画について。資生堂グループの全製品が一堂に会する場所で、お客さまにどのような体験を届けられるのか。2~3ヶ月に1度のペースでお客さまを新体験へと導くための空間を生み出していると言う。
小林:原宿という場所性を考慮しながら、どのようにすれば資生堂の製品をお客さまに手にとってもらえるか。各ブランド軸のプロモーションポップアップではなく、資生堂グループの化粧品という大きな括りで企画を編集しています。そんな中で私が大事にしているのは、お客さまをストーリーに引き込んでいくことです。
例えば、2022年に企画した「Beauty Routine+」というポップアップでは、お客さまが1日の美容ルーティンを追体験する中で、資生堂の製品やおすすめの美容法を知ることができるというストーリーを設計。朝の洗顔、日中の紫外線対策、夜のスキンケアなどルーティンごとにエリアを分け、順番に巡ることでお客さま自身の日常に重ねやすいVMDをデザインしました。
小林:どのような企画にするかは、マーケティングチームも含めてみんなでディスカッションをしながら固めていきます。「Beauty Routine+」の時も、紹介する製品はどのような背景でつくられたのか、朝起きた瞬間に人はどのような感情なのか、さまざまな視点を持ち寄りながら企画のストーリーを深めていきました。
チーム全体で企画を固めていく際に重要になるのがイメージの共有です。特に空間やVMDのデザインを考える時は言葉で伝わりにくい部分が多くあるので、必ず図面やパースを投影しながらディスカッションをおこないます。
Vectorworksは現実に近いイメージで図面を再現できますし、製品画像を取り込んで図面に加えたりもできるので、完成形をイメージしながら議論を進めることができます。また、感覚的に調整しやすく、打ち合わせしながらリアルタイムで図面を修正・共有・確認ができるのでとても助かっていますね。
空間デザインを得意とする上村さんが担当した資生堂那須工場の見学施設「BEAUTY PLAYGROUND」。工場で遊びながら化粧品ができあがるまでの過程を学べる施設だ。ターゲットであるファミリー層、特に子どもたちが飽きずに楽しめる空間デザインには徹底的にこだわったと言う。
上村:この施設のコンセプト「Play Beauty!」を体現するために、遊べる工場見学施設を目指しました。例えば、見学施設エリアまでのエントランスゾーンから続く長い廊下。お客さまが奥へ奥へと進みたくなるよう、お客さま自身がベルトコンベアに乗った製品になった気持ちで進めるデザインにしました。
上村:また見学施設エリアでは、ブースとブースの間に透明な間仕切りを使うことで、奥が見えて次のコンテンツが楽しみになる設計にしています。
限られたスペースに多くのコンテンツを配置していくにあたり、何度も図面を描き直し、さまざまなパターンを検証する必要がありました。3Dイメージだけが先行しないように、図面で通路幅を確認しながらプロジェクトを進行しました。
上村:私は空間デザインを担当しましたが、「BEAUTY PLAYGROUND」の世界観をあらゆるアウトプットで一気通貫させるためにほかのチームと一体となってプロジェクトを進めていきました。コミュニケーションデザインチームが制作したロゴやコンテンツムービー、パッケージデザインチームが制作したお土産商品、私たちストアデザインチームが携わった空間。お客さまが触れるすべてのもので「Play Beauty!」を表現しました。
それぞれのプロフェッショナルが同じゴールを見据えながらつくりあげていく。資生堂クリエイティブの強みを最大限に発揮することができた案件だと感じています。
VMD領域で活きるVectorworksの使い方
空間デザインやVMDデザイン領域で図面をつくる上で欠かすことができないVectorworks。3人に担当事例についてのお話をうかがっていると、三者三様のVectorworksの使い方があることがわかった。
小林:どのフェーズでVectorworksを使うかは案件によって変わりますね。店舗デザインの時はまず紙にざっくりとした図面を描いて、アイデアが固まったらVectorworksで正確な図面を描き起こします。
VMDデザインの場合は、商品が小さいのでカウンターの長さを調整しながらデザインしていく必要があり、最初からVectorworksを使うことが多いです。Vectorworksは精度を保ったまま、大きさや高さを調整できるのでありがたいです。
上村:私は空間デザイン案件が多いので、まず空間の地形を正確にVectorworksで描き起こしてから、トレーシングペーパーにその地形を写します。トレーシングペーパー上で什器の配置など手描きで描き出しながら、配置が決まった後に再度Vectorworksに描き込んでいくことが多いですね。
安島:私はVectorworksで平面図をつくったあと、3Dモデリングソフトで立体図面を起こします。そして立体で現実に近い見え方で検証できたら、再度Vectorworksで図面を調整しているのですが、ちょっと特殊な使い方かもしれないですね(笑)。
それから、図形を重ねた部分を取り出せる機能がすごく好きです。ブランドの世界観を什器に落とし込む時に、図形のパッチワークというか、図形の緻密な関わり合いが重要になってくるので、図形を重ねた部分を取り出せる「切り抜き」機能や、多角形ツールの「境界の内側・外側モード」機能は繊細な図形をつくるのにとても重宝しています。
上村:Vectorworksを使っている方には当たり前かもしれませんが、図形に色がつけられるのは感動しました。そしてそのままプレゼンの資料にできる点がほかのソフトと違うところかなと思っています。
また、平面図で見ると建築の図面ですが、什器1つを取り出してもそのままVMDの図面として使用できる。建築デザインと什器デザインが1つの図面の中でできてしまうというところが私たちにとって使いやすいポイントですね。
図面に入れているビジュアルも実際に店頭で使用するビジュアルの画像データを貼りつけられるので、私たちデザイナーだけでなく、マーケティングの人たちも想像がしやすいですね。そしてそのまま外部に発注もお願いできますし。
小林:多くの情報を整理しながら、初期の提案段階でパースをつくらなくても提案できるのは、かなりの時間短縮になっています。VMDでお客さまの動きを空間の流れで確認したいという話になった時も1/1でプリンター出力できるので重宝しています。
大型プリンターが社内にあるので、Vectorworksの図面を全部出力して壁に貼り出して高さ関係を確認したり、実際に商品を並べてみたりいろんな使い方をしています。
上村:ブランドのガイドラインや、シーズンごとでメンテナンスする部分の指示書もすべてVectorworksを使って作成しています。私たちが発行しているガイドラインは200ページを超え、什器、照明、ツールなど空間に関わるありとあらゆるものを図面に起こしています。
そしてガイドラインとは別に、施工図の図面集も提供しています。大きい会場ばかりではないので、小さい会場の場合は、小さくするとどうなるかというところのデザインまで展開しています。縮尺違いのデザインレイヤを1つの画面に表示して、確認しながら作業できるのは助かるポイントです。また、同じ縮尺でもレイヤを分けて「表示+スナップ」を選択しておけば、他のレイヤは編集されないので活用しています。
あらゆる空間を手がけられる環境で自分の可能性を広げたい
空間を構成するさまざまな要素をデザインし、一貫したブランドの世界観をつくりあげる3人。最後に今後の展望をうかがった。
安島:クリエイティブの可能性をもっと広げていきたいので、店舗やイベントのデザインだけに限らず視野を広げて幅広い領域で経験を積みたいです。私はアプリケーションなどデジタル領域のデザインや体験設計にも携わることがあるので、空間やVMDと組み合わせながら何か新しいものを生み出せたらと。そのために「いままでの経験上これがうまくいくはず」と先入観を持たずに、新しいことには果敢にチャレンジしていきたいと思います。
小林:ブランドの世界観をつくる上で、専門領域の区切りがグラデーションで繋がっている状態を大切にしたいです。私は空間をメインに担当していますが、グラフィックやパッケージデザインの視点と行き来しながらアイデアを考えたり、逆にパッケージデザイナーが空間のことを踏まえてアイデアを出したり。自分の守備範囲を限定することなく、自分がやるべきだと思ったことは積極的に発信していきたいですね。
上村:空間を軸にさまざまな経験ができることが、資生堂クリエイティブの空間デザイナーとして働く醍醐味だと思います。ブランドの店舗デザイン、イベントの空間デザイン、時には工場見学施設のデザインまで。空間デザインの可能性をどんどん広げていける環境で、次はどんな新しい挑戦ができるのか、日々ワクワクしながら仕事をしていきたいと思います。
安島慧 (左)
2018年新卒入社、スペースVMDの領域で現在までブランドはクレ・ド・ポー ボーテやインウイなどの担当経験がある。領域以外にもデジタルアプリやWebサービスの開発とデザインなども手がけ、オフラインとオンラインを自由に行き来する体験設計に強みがある
小林恵理子 (中央)
武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科卒業後、資生堂宣伝部2010年度入社。マジョリカ マジョルカなどの国内ブランド、コーポレート空間などを経験後、クレ・ド・ポー ボーテなど10年以上グローバルブランドを担当し多様な価値観やデザインに携わってきた
上村玲奈 (右)
日本女子大学住居学科卒業、インテリアデザイン事務所勤務後、2010年株式会社資生堂宣伝制作部入社。建築・空間デザインをバックボーンに持ち、ブランドカウンターや工場見学施設など、お客さまの体験コンテンツ開発をともなうプロジェクトを多数担当
- 文:濱田あゆみ(ランニングホームラン) 撮影:加藤麻希 取材・編集:岩渕真理子(JDN)
- この事例はJDNの許可により「ジャパンデザインネット」で2024年6月21日より掲載された記事をもとに編集したものです。記事中の人物の所属、肩書き等は取材当時のものです。
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