摂南大学
「地域とつくる減災のまち」とは
歩行者シミュレーションソフトSimTread活用術
摂南大学 理工学部 住環境デザイン学科では、デザイン性と快適性を両立する住環境の創造を目指しています。空間情報デザイン研究室では、CAD・CG・GIS(地理情報システム)などの技術を駆使しながら、災害に備えて重要な情報を「見える化」し、より安全・快適な住環境を目指して、防災啓発活動に取り組んでいます。研究室で取り組む地域活動をベースにした避難に関する学生の卒業研究で、歩行者シミュレーションソフトSimTreadがどのように活用されたのかをご紹介します。
今回、大阪の密集住宅地区(寝屋川市)で開催した道路閉塞ワークショップに取り組んだ経緯や、ワークショップをもとにした避難に関する研究について、准教授の榊 愛(さかき あい)先生と4年生の吉村 有輝(よしむら ゆうき)さんにお話をうかがいました。
内閣府の戦略的イノベーション創造プログラムに参画したのがきっかけ
空間情報デザイン研究室でワークショップに取り組んだきっかけは?
榊:防災の研究は建築学科の先生に声をかけていただいて、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)事業にメンバーとして参画したのがきっかけです。寝屋川キャンパスの周辺は密集市街地が多く、住民の高齢化や建物の老朽化、道路幅員の狭さにより、地震が発生した際、避難が困難になると考えられる地区も存在します。そういった地区で地震が起こった際、健常者だけでなく要支援者の避難について考えることも防災では重要になります。そこで、大阪府および寝屋川市に協力しながら、地域の住民の方々と「自分たちのまちの防災」についてもう一度見直すということで、3年前から寝屋川市にてワークショップの取り組みを始めました。

ワークショップでの課題を卒業研究のテーマに
卒業研究で取り組むことにした経緯は?
吉村:ワークショップの終了後に、成果を対象地区全戸に配布したいということで、話し合った内容やアイデアをまとめた「地震時避難地図」を作成しました。そんな中で、卒業研究も地域で役に立つ内容にしたいと考えました。地震では共助の効果が一番高いという話もあり、地震避難時の共助がどのような効果を生むかについても興味があったので、ワークショップの手伝いと「地震時避難地図」を作成した地区を対象として卒業研究で取り組むこととしました。
榊:卒業研究のテーマは4年生の4月ごろから考え始めますが、3年生は研究室に所属した後期に、4年生のワークショップの手伝いをしています。ワークショップではグループワークを行いましたが、グループごとに学生が2人ずつファシリテーターをつとめました。現地調査や情報収集がしっかりできていたこともあって、ワークショップで出た課題を卒業研究に発展させています。

SimTreadは学部の学生も使いこなせる
SimTreadを選んだ理由は?
榊:ワークショップの段階から、住民間のつながりが強く、地域コミュニティが豊かな地域であることがわかっていたので、これらを生かした対策を探るには、マルチエージェントシステムかなという感覚はありました。SimTreadは、数年前に4年生が卒業研究で使ったこともあって、学生も使えることがわかっていましたので、私から学生に提案しました。
吉村:先生から話を聞くまでSimTreadは知りませんでした。研究室で地震時の避難をテーマにした卒業研究をする学生がもう一人いたので、二人なら心強いと思いシミュレーションにSimTreadを使うことにしました。
住民の共助がない場合とある場合でシミュレーション
具体的にどのようなシミュレーションをしたのですか?
吉村:研究対象は、ワークショップを行った地区のうち、指定避難場所から約600mほど離れた最も遠いエリアを対象としています。対象地区の世帯数と居住者は、寝屋川市の人口統計や厚生労働省の国民生活基礎調査の概要を参考にして、面積から推計して237世帯、居住者462人として避難のシミュレーションを行いました。研究では、避難時の共助をテーマにしましたので、共助のない3パターン(No.1 公園を一時避難場所に設定、No.2 通り抜け可能にするため駐車場のブロック塀を撤去、No.3 駐車場を一時避難場所として追加)と、共助がある2パターン(No.4 役員が地域全体を支援、No.5 住民は近隣に住んでいる要支援者を支援)の合計5パターンで、基本的には住民全員が家にいる夜を想定してシミュレーションしました。

共助の効果も含め災害時の具体的な問題点が浮き彫りに
SimTreadを活用したシミュレーションでわかったことは?
吉村:一時避難場所を追加したNo.3 で避難成功者が増えることと、共助ありでは、近隣住民が支援するNo.5 の避難時間が、役員が地域全体を支援するNo.4 の半分になるパターンがあることがわかりました。ただし、寝屋川市防災マップの推定震度分布図を参考に震度6.3と設定し、建物ごとの情報(築年数・階数・倒壊確率)をもとに10種類の建物倒壊パターンでの道路閉塞も考慮したため、半数以上の住民が一時避難場所まで避難できないという結果になりました。
榊:建物倒壊については実際の建物情報を用いたシミュレーション結果となっていますし、共助も住民の方々が実現可能なレベルを想定しています。ですから、今までのハード面の対策ではイメージできなかった災害時の具体的な問題点が、よくわかる結果になっています。

シミュレーションでは人の設定が大変だった
研究の中で最も苦労したことは?
吉村:今回の避難シミュレーションNo.1〜No.5の結果は、建物倒壊の想定10パターンに対する平均値です。検討段階では避難シミュレーションの想定を6パターンとしたり、発災時間も昼と夜を試してみました。SimTreadの操作に慣れていないこともあって、パターンごとに462人の設定をするのが一番大変でした。さまざまなケースを想定して歩行速度や経由地をすべて入力し、シミュレーションをしてまた修正するという繰り返しの作業はとても手間がかかりました。

建物の倒壊と道路閉塞による避難困難者をどう解決するかが課題
シミュレーション結果を踏まえて避難の課題は?
吉村:道路が閉塞してしまうと避難自体が難しくなるので、倒壊建物を減らすことが一番の課題です。共助も期待した結果ではなかったのですが、SimTreadを活用したもうひとつの卒業研究では、交差点の一部の建物を耐震化した場合のシミュレーションをしていたので、そういった内容も組み合わせるともう少し共助の効果が大きくなったのではないかと思います。
榊:密集住宅地区では倒壊する可能性が高い建物をどうするかが課題となります。とはいえ、ハードの対応は時間がかかる状況下で、倒壊の恐れのある建物の居住者や道路閉塞で避難できない人を、実現可能な範囲でどのようにソフト面対策を進めて解決するかが引き続きの課題となります。


住民の目に見えるかたちで効果を示せることを期待
先生が卒業研究に期待したことは?
榊:実現できそうだけれど効果がわからないところが、目に見えるかたちで示せると良いなと思っていました。そういう意味で、共助が非常に効果的であることが示せる結果になれば良かったのですが、4年生の卒業研究で取り組むには非常に難しいテーマであったと思います。最初はどうなることかと思いましたが、弱音を吐くことなく最後までやり遂げました。学生二人でSimTreadも勉強しながらできたので、使いやすいソフトウエアだったのだと思います。もう一人の学生の研究では、地域の住民が避難するために重要な場所の優先度を決めています。耐震化の促進だけでなく、空き家になった時には学生の研究で優先度の高かった場所から撤去するなど、行政側のアプローチにもつながればと思います。
道路閉塞下でも住民が実現可能で有効な避難対策を示したい
今後取り組みたいことは?
榊:道路閉塞が起きる可能性は住民も理解していますが、地震が起きて道路が閉塞した状況下では避難も援助も難しくなります。道路閉塞した状況で住民がどのように判断をするか、例えばどのくらいの瓦礫なら乗り越えて避難するのか、住民の行動を把握する必要があると考えています。若い人から高齢者まで含めた実験をして、その数値をもとにSimTreadで避難のシミュレーションができたらいいなと思っています。さらに、火事に対する意識は高いので、啓蒙活動という意味でも道路閉塞だけでなく火事とも組み合わせて検証ができることが理想です。今回の卒業研究を引き継ぎたいという学生も出てきています。今まであまりない視点の研究ですので、実現の可能性を含めて、住民一人ひとりができる防災対策として自分の備えはもちろん、地域の避難成功率を高める対策をまとめて、避難成功者がこんなに増えるというところまで示したいと考えています。
記事中参照した研究論文
- 吉村有輝:住民の共助が避難成功に与える影響 2018年度 摂南大学 学士論文,(2019)
- 谷井佑衣・吉村有輝・榊愛:大地震発生後の住民間の共助が避難成功に与える影響 日本図学会 春季大会(神戸)学術講演梗概集,(2019)
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