JDNレポート Vectorworks活用事例
株式会社丹青社
加藤 圭
商業空間・オフィス空間・公共空間など、わたしたちの生活にかかわる空間をつくっていく上で、どんな仕事があるだろうか?
これまで連載シリーズ「Vectorworks活用事例」では、空間をつくる上で欠かせない設計ツール「Vectorworks」をどう工夫して使っているか、さまざまな設計事務所やインハウスデザイナーにお話をうかがってきた。今回はシリーズ初となる制作職の方に登場いただき、より「現場」に近い領域での活用の仕方を紹介する。
事業主や設計者の思いをかたちにして空間に組み込む
商業施設やホテル、空港、イベント・展示の内装を中心にさまざまな空間の企画、デザイン・設計、制作・施工を手がけている丹青社。近年では、『キッザニア甲子園』『ポケモンセンターメガトウキョー』など、子どもを対象にした施設の空間づくりも多数手がけ、いずれも大きな話題を呼んでいる。同社で制作・施工を担当する加藤圭さんは、2018年3月に多摩動物公園駅前にオープンした『京王あそびの森 HUGHUG<ハグハグ>』や、同年11月にオープンした『ポケモンセンターヨコハマ』を担当したホープだ。
1枚のスケッチから、実際の空間へと具現化させていく仕事
加藤さん流の制作・施工の仕事の流れは、デザイナーから渡されるイメージスケッチを読み解くことから始まる。そのイメージスケッチだけを頼りに、予算やスケジュールの計画をしなければいけない。内容だけ聞くとデータや数字が中心になってくるように思えるが、加藤さんにとって見積もりに落とし込んでいく作業は、想像力が必要なクリエイティブなものだという。
設計職(デザイナー)は、何もないところからイメージを生み出す、いわば0を1にする仕事。制作は、設計者がつくった1を10にする仕事というのが、僕が思う設計と制作の役割の違いです。お客さまとデザイナー、双方の思いを読み取り、そこに自分なりの解釈を加えて新しい提案をしていく仕事なんです。
設計職は自由な発想でデザインをすることが求められます。特にアイデアスケッチは設計職にとって想像力の頂点ともいえるので、いちばん楽しいところなんだと思うんです。その先はコスト、品質、納期…と、どんどん現実的なところに落とし込んでいくことになるので、また違った想像力が求められます。絵でしかなかったものが、実際の空間にどんどん変化していき、思いが具現化されていく——。この工程をコントロールするのが制作職です。僕からしてみたら、制作職のほうが楽しくてしょうがないんですよ(笑)。
デザイナーと制作職は、一体となって空間を作り上げていくことがわかった。では具体的に、加藤さんが手がけた事例をもとに、仕事に対するこだわりやVectorworksの活用状況をうかがっていく。
子どもの視点で設計を考えた『京王あそびの森 HUGHUG<ハグハグ>』
2018年3月にオープンした『京王あそびの森 HUGHUG<ハグハグ>(以下:HUGHUG)』は、木のぬくもりに触れながら、子どもたちが自由にのびのびと遊びながら学べるアミューズメント施設。日本最大級の高さを誇るツリー型のネット遊具「ハグハグのき」をはじめ、子どもたちが楽しく安全に遊べる遊具が集まっており、楽しそうな笑い声であふれている。丹青社は、同施設の企画、デザイン・設計、制作・施工を担当した。
僕は制作・施工の責任者として、本件に携わりました。森林をイメージした1階は、山小屋からスタートして、その先に大きなシンボルツリー「ハグハグのき」を中心とした「もりのひろば」や「もりのあそびば」が広がっています。
「ハグハグのき」は、高さ約12m、直径約15mという、日本最大級の規模を誇るネット遊具です。4層に連なったネットの中には、雲のチューブやバランスボールなどの遊具があります。上層は雲の上をイメージしているので、まさに空中散歩するようにネットの中を天井近くまで登っていけるんです。
「もりのひろば」の奥には、森の中をイメージした「もりのあそびば」が広がっています。木の実を模した大きなボールのプールがあって、約45,000個のボールに埋もれて遊ぶことができるほか、多摩産の木でつくられた大型複合遊具やボルダリングウォールがあります。
1階から階段を上ると、2階は雲の上という設定。「くものえき」から雲の上を走るミニSL「ハグハグトレイン」が発車して、フロアを1周します。鉄橋、トンネル、光と音の演出などで、子どもたちの興味をひきつけるしくみも考えました。ほかにも、ワークショップスペースやカフェがあります。森で遊び、雲の上でいろいろな体験を通して学び、親子の団らんもして帰っていただくという流れを想定しています。
子どもを対象とした施設はこれまでにもいろいろ担当してきました。本プロジェクトでもこれまでの知見を活かすため、過去にチームを組んでいたスタッフが再集合しました。おかげで、阿吽の呼吸で動けたと思っています。
それでも、子どもに向けた施設をつくるにあたって、あらためて“今ここで遊んでいる子どもを観察すること”を繰り返しましたね。正解をもっているのは僕ら大人ではなく、子どもたちでしかないので。僕らの判断で「子どもにとってこれは安全だ」「絶対に楽しいはずだ」と考えても、まったくの見当違いなことが多いんです。たとえば、「ここは危ないんじゃないか?」と思っても、実は子どもの身長・体重であればまったく問題ないということも普通にありますし、それどころか危険と思った箇所をふさいだがために、その部分が壊れて逆に危険な状態になってしまうこともあるんです。
そういったことを知るために子どもを何百人も呼んでデモンストレーションするわけにもいかないので、とにかく子どもがたくさんいる場所に自らがひたすら通い観察する日々でした(苦笑)。
リスクとハザード。日本最大級のネット遊具をつくるために
子どもが集まる場所のなかでも、特にたくさん回ったのはネット遊具のある施設だという。
大人からすると怖いのでは?と不思議がる人も多いと思いますが、ネット遊具の安定しないふわふわした感覚や、秘密基地感のようなものが子どもたちをひきつけます。中には怖がる子もいますが、僕らが想像するよりもはるかに多くの子どもたちが夢中になっているんです。だから今回のプロジェクトでも、ネット遊具は特に力を入れて取り組みました。
これまでに当社が手がけた施設にも大規模なネット遊具はあるんですが、今回はそれよりも大きくしたいとお客さまから要望がありました。日本最大級の規模でありながら、安心・安全な設備にしたい。どんなところに危険があって、どこを工夫すれば子どもたちが面白がって遊んでくれるのか。数多くの施設を視察し、リサーチを行いました。
制作の過程では、大人が勝手に決めつけている子どもの感覚と実際の子どもたちの感覚をすり合わせ、さらにその結果をお客さまにアナウンスして……と、リスクとハザードの認識やゴールまでのイメージ共有を意識的に丁寧に行いました。また、イメージ共有の一環として、実際にみんなでロープの上を歩いてみたりもしました。大人にとっては足つぼが刺激されてすごく痛いんですよ(笑)。でも、子どもはこれっぽっちも痛くない。さまざまな感覚の違いを認識して、ロープの太さや、網目の細かさなど、ほぼすべて体験しながら検証しました。
プロジェクトの芯となるのは、何があってもブレないストーリー
このように、子どもの研究から発想を広げていった『HUGHUG』のプロジェクト。しかしそれは、事業主からの要望をスケッチに起こし、見積もりを提示するという工程を経てきたからこそ。加藤さんは、「施工の現場をより円滑に推進していくために、それ以前の推進がとても大事」だと語る。
設計から最初に上がってきたのは、このイメージスケッチです。このときの僕の使命は「このスケッチだけを頼りに、想像力をはたらかせて予算と工程を計画に落としこむこと」でした。この少ない情報から、お客さまの思いと設計の意図をどれだけ読み取り、それをいかに具体化できるかが勝負です。見積書を作成する期間はたいてい半日、長くても1日ほどしかないので、いままでの経験で培ってきたノウハウと瞬発力を総動員させました(笑)。
この時点では、1階は森の雰囲気で、2階は雲の上をイメージしたゾーンという基本的なコンセプトしか決まっていませんでした。そこでまず考えたのは、この施設をめぐる「自分なりのストーリー」です。どの案件にも共通しますが、お客さまが業界でどういう立ち位置にいるのか、どういうことを目指しているのか、それに対して自分はどういうゴールを目指していくのか。といったところを足がかりに、どんどんイメージを膨らませていくんです。
イメージを膨らませた後は、社内・社外を含めて誰をアサインするかを考えます。現場監督として誰を常駐させるか、協力会社の誰と一緒にやればうまくいきそうか……。スタッフの個人名まで具体的に落とし込んでいくんです。
このときに大事なのは、ストーリーにはできるだけ多くの道筋やゴールを用意すること。最初にひとつのパターンでがっちり固めたとしても、途中で方向修正が必要になったり、当てにしていたスタッフがプロジェクトに入れなくなってしまうことも可能性としてありますから。そのたびに、別のストーリーに組み立て直していたら、どんどん最初のコンセプトからブレていってしまう。何があっても立ち止まらずに「じゃあ、このパターンで」とすぐに別案を提示できるようにしたいんですね。だから、事前準備は欠かせません。
スケッチにない部分まで想像し、思いをカタチに変えていく
自分としては、「描いてある通りの要素をそのままつくる」ではなく、「お客さまや設計がまだ思いついていないものも全部想像して組み込む」ことを目指したいし、そこを自分には期待されているのだと理解しています。『HUGHUG』でいえば、スケッチには湖や大きな岩が描かれていましたが、実際の見積もりには反映していません。「これは本当に存在させるわけではなく、世界観を表現するために描いたのだろう」という部分を汲み取り、湖や岩をどう表現して見せるかを想像して、提案に盛り込みました。
また、レストランの内装についてもスケッチには具体的に描かれていませんでしたが、「この面積だから定員数はこのぐらい」「テーブルとイス、什器はこのぐらい」とか、「急な曲がり角があって危険だから、処置が必要だなぁ」とかも考えます。注意喚起のサインも描かれていませんでしたが、見積もりにはサインの項目も立てましたね。お客さまの予算やプロジェクトにかける思い、運営方法などをイメージし、スケッチの情報を足したり引いたりしながらリアリティーを深めていくことが大切です。
先日オープンしたばかりの『ポケモンセンターヨコハマ』も同様で、設計からあがってきたイメージスケッチを頼りに予算やスケジュールなどを決めていきました。この店舗は、港街の横浜らしい海のテイストと、ポケモンらしさを融合したデザインです。
こちらのイメージスケッチもたとえば、店先の壁にモンスターボールのマークが描かれていますが、特に素材や仕様などは書いていない。でも、港町っぽい雰囲気なのでたぶん船によく使われている鋲みたいなテクスチャーがあるといいんだろうな、などと想像していくんです。
船の型や特徴などを勉強して、もっとこういう表現にしたら誰もが空間のコンセプトをすぐ理解できるのではないか?ということは、費用対効果をみながら積極的にお客さまや設計と共有していきます。
毎回、イメージスケッチだけで予算の計画をしていますが、その精度には自信があります。もちろん、パートナーとなる協力会社や体制、環境によっては金額も多少変わってきますが、これまでに重ねてきた経験で得たノウハウと情報が頭の中にインプットされているということが自信につながっていますね。あとはお客さまから預かる予算から外れないようなストーリーを組み立てているので、チーム全員でそのストーリーに乗ってゴールに向かうことができればOKだと思っています。
Vectorworksの分かりやすい図面は、現場品質に大きく貢献
具体的な仕様が決まった後は、設計担当者が平面図、展開図、什器図へと落とし込んでいく。これらの図面を引き取って、現場に渡すための施工図に起こしていくのも制作の役目だ。丹青社では、それらの図面をVectorworksでつくっている。
見積り、施工図、現場施工と現場管理は常に時間に追われています。そんな中でデザイナーからの図面をいち早く把握することは、そのまま現場品質に繋がります。そういった意味でVectorworksの図面は分かりやすく、直感的に頭の中に入ってくるため、現場品質に大きく貢献していると思います。特に展開図では画像や模様などで仕上げが再現されるため、仕上げと面積がそのまま頭の中に入ってくるし、空間イメージとコスト感が図面を見ながら結びついていきます。
複雑化するデザインを、Vectorworksで3D化して検討
デザイナーのイメージでは、「うねり」や「曲面」を多用したデザインの造作も多々あります。Vectorworksの図面は分かりやすいですが、こうした複雑なデザインは読み込むのに時間がかかるし、図面だけでは詳細の納まりや安全性の検討も難しくなるんです。
こうした複雑なデザインの造作は、3Dにしてデザイナーとデザインの共有をしたり、協力会社と納まりの検証を行ったり、場合によってはそのままお客さまに見てもらって確認します。ネット遊具の中央エレベーターも、3D化することで構造面や施工上の納まりを検討したり、子どもの遊具内の移動もイメージして現場に活かしました。
知識を積み重ね、目指すは全く新しい次元の空間表現
着工後に現場を管理するのも、加藤さんの仕事。とはいえ、一般的な現場管理の業務とは異なるようだ。
自分がやっていることは、いわゆる「現場管理」「作業着とヘルメット」のイメージとものすごくかけ離れていて…。現場にずっと詰めて管理するよりも、プロジェクトに関わるすべての人の思いを束ねて、それをお客さまとも協力会社ともきちんと共有することのほうがよっぽど大事だと考えています。
当社では、どの職種も、ひとつひとつ違うプロジェクトを進めていく上で、固定されたマニュアルはありません。制作も営業も設計も、「〇〇だけやっていればOK」という意識がない。だから制作も「現場監督だけやればいい」のではなく、どんな角度から空間づくりにアプローチしてもいいという自由な風土があります。
いろいろな領域の空間づくりジャンルに関わっているからこそ、必要とされる専門知識も多岐にわたる。それを常に学び続け、そのノウハウを活用して新たな空間づくりにチャレンジするのが加藤さんのこだわりだ。
制作の仕事は、いろんなジャンルの知識が増えるので面白いですよ。同時に、いかに自分が学生時代に勉強してこなかったかを思い知りますけれど(笑)。いまだに大学時代の物理の教科書を開いて勉強し直すこともありますね。そうやって積み重ねた知識を活かして、いろいろな空間に込められたお客さまや設計者の思いを表現していきたいと思っています。今、チャレンジしてみたいのは、まったく新しい解釈の空間づくりです。
デジタルの進歩により、これまで不便であった部分や、伝わりにくかった表現もわかりやすくなってきていると思います。ただ、その反面、ひとつひとつの価値を考えにくくなってしまっている気もします。僕は、ヒトやモノが発する温度をこれからも大切にしていきたい。加えて、デジタルとリアルが、しっかりとしたバランスで共存できるような空間づくりを提案していけたらと思います。
ヒトとヒト、ヒトとモノが直接触れ合うことで生まれる感動を体験できる場はリアルな空間でこそ発揮されると思うので、リアルな空間の価値を絶やさないようにしていきたい。空間づくりを仕事にしている自分にとって、それらは常に追求していかなければいけないテーマであると思っています。
今回、はじめて施工管理者という立場の方にお話をうかがい、もともと抱いていた施工管理のイメージが大きく変化した。Vectorworksの活用方法も現場レベルでITを駆使して現場の品質向上に役立てており、丹青社のITリテラシーの高さを実感するインタビューとなった。
加藤 圭(かとう・けい)
2008年に株式会社丹青社に入社。入社時より専門店(物販店・飲食店)の物件を中心とした事業部に所属し、制作職として空間づくりを手がけている。これまで関わった代表的な事例はキッザニア甲子園、ポケモンセンターメガトウキョーなど。専門店の知識を活かしてホテルやイベント、アミューズメント、文化空間など多岐にわたる分野にも携わっている。
- 取材・文:佐藤理子(Playce) 撮影:里永愛 編集:石田織座(JDN編集部)
- © 2019 Pokémon. © 1995-2019 Nintendo/Creatures Inc. /GAME FREAK inc.
- ポケットモンスター・ポケモン・Pokémonは任天堂・クリーチャーズ・ゲームフリークの登録商標です。
- この事例はJDNの許可により「ジャパンデザインネット」で2018年12月28日より掲載された記事をもとに編集したものです。
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