教育シンポジウム2017

デザインとの邂逅(かいこう)
~めぐりあい~

「建築ITワールド」2017年10月10日掲載

教育シンポジウム2017

デザインとの邂逅(かいこう)~めぐりあい~

今年で第9回を迎えた「Vectorworks教育シンポジウム2017」が、2017年8月25日(金)、東京・大手町サンケイプラザで開催された。「デザインとの邂逅(かいこう)~めぐりあい~」が今回のテーマだ。開会のあいさつに立った横田貴史氏は、今年4月にエーアンドエー代表取締役社長に就任した。「教育シンポジウムが、Vectorworksを通じてデザインとともに多くの人々がめぐりあい、つながっていく場になってほしい。エーアンドエーとして環境や空き家などの問題解決に貢献していきたい」と語った。

午前の特別講演では、tomito architecture(トミト アーキテクチャ)の冨永美保氏、伊藤孝仁氏が土地や物、歴史、人のスキルの関係性に基づく建築の作り方を3つの実例から講演したほか、モーメントの平綿久晃氏と渡部智宏氏がブランド製品の個性を生かす店舗デザインの実例を語った。午後は2つの分科会に分かれ、OASIS加盟校の教職員がVectorworksによるCADやデザイン教育、駅や能舞台などキャンパスの外での実践的なデザイン教育について講演した。Vectorworksを教育に活用する教職員や学生を対象にしたイベントならではの企画として、OASIS加盟校向け奨学金制度による学生の研究成果発表の場や、その成果作品の展示なども行われた。来場した約100名の教職員らは新しいデザイン教育の実践者としてコミュニケーションを図り、充実した1日を過ごしていた。

特別講演:tomito architecture 冨永 美保 氏・伊藤 孝仁 氏

半端の生態学

横浜国立大学大学院で学んだわれわれが2014年に設計事務所を立ち上げたとき、最初のオフィスとなった横浜駅近くの古民家には鳥居や崖、池などからなる大きな庭が3つあった。そのときは何となくきれいな庭だなとしか思っていなかった。

しかし、建物オーナーの親族たちが集まって行う、2月の初午(はつうま)祭に参加させてもらったとき、その庭は、集まる人の数に合わせたちょうど良い広さ、お供え用のサカキは庭から取ってきたものを使い、梅の木の開花に合わせて飛んでくるメジロが季節感を添えるなど、それらは人の手によって高度に設計されていたことに気づき、衝撃を受けた。このときの体験が、われわれの建築設計に対する考え方のベースになった。生態学的な広がりのある中に建築を位置づけたいと思ったのだ。

もう一つ、考えていることに「半端」ということがある。一般的には「全部がそろっていない」「どっちつかず」などの意味で使われている。

しかし、世の中には半端でないものは少ない。一方「セミプロ的な料理の腕前」を持つ人や「週3日だけ時間を作れる」主婦、「線路に切り取られた三角形の残地」など、半端なものは非常に多い。これらはもっと表出し、建築デザインに取り入れていくべきではないだろうか。

こうした建築デザインを実践するために重視しているのが「観察/記述/取材/構築」というプロセスだ。

tomito architecture 冨永 美保 氏・伊藤 孝仁 氏

最初に紹介するのは「吉祥寺屋台プロジェクト」だ。吉祥寺はもともと格子の目のように農地割りがされていて、そこを斜めに横切るように中央線が建設された。そのため、上から町を見ると、線路と街路が交わる部分に、「ヘタ地」と呼ばれる三角形の土地がたくさんあることがわかる。

自主的な活動として、これらのヘタ地がどのように使われているのかを見てみた。四角い土地に比べると三角形の土地は使いづらい。店舗では商品を並べて屋外売り場にしたり、エアコンの室外機置き場や駐輪場・駐車場として使われたりしていた。歩道のタイルも、斜めに切り取られていた。

せっかく線路沿いのいい場所にあるのに、ヘタ地の本格的な活用は図られていないと感じたのだ。

そこで考えたのが、自転車とリヤカーを利用した移動式の屋台だ。これをヘタ地にとめてリヤカーのカバーを開くと三角形のテーブルとなり、屋台に変身する。そして、営業が終わればたたんですぐに移動できる。

「店を持ちたいが、今は資金がない」といった中途半端なふつふつとした思いを、この移動式屋台でかなえることができて、中途半端な三角形の土地も生かすことができると考えた。

最初のオフィスだった古民家。各行事で使われた部分を平面図上に記録し、行事と民家との関係性を分析した

次に紹介するのは横浜・野毛で手がけた「CASACO」というプロジェクトだ。築60年以上の2軒長屋を改装し、シェアハウスと地域のイベントスペースにした。

街路に面した6畳間を取り払って、半屋外空間にしたほか、2軒を隔てていた壁を取り払って大きな吹き抜け空間を作った。そして2階にはシェアハウス、1階には共同のキッチンやリビングなどを設けた。室内の見通しと強度を両立させるため、コの字の鋼製フレームの補強材を分散させて配置した。

建物のオーナーは、ここを地域の人が集える場所にしたいという強い思いがあったが、資金は潤沢ではなかった。また、地域の人の関心も薄く、ニーズを吸い上げるために行ったワークショップに来てくれたのは子ども1人という状態だった。

そこで地域のニュースを紹介するミニコミ誌を発行し、約200軒に無料配布を続けた。すると少しずつ、理解者が増えていった。

改修コストを節約するため、近くで古民家の解体があると聞けば、現場に出掛けていって古い建具や家具を譲ってもらった。また、横浜市からはピンコロ石が入った歩道の廃材を提供してもらい、一つずつバラしてピンコロ石を再生し、テラスの材料に再利用した。これらの作業は、地域住民と一緒に行った。

われわれはこの施設の設計者だけではなく、完成後は運営メンバーとなり、いろいろな人がやりたいことを実現できるようにするルールや仕組み作りなどにかかわっている。

三角形のヘタ地を有効利用した移動式屋台(photo by : Takahiro Idenoshita)

1階のキッチンやリビングはシェアハウスの共用施設だが、利用時間をマネジメントしながら地域の人にも利用してもらえるようにした。例えば、日曜日に留学生が「世界の朝ごはん」というイベントを行ったり、金曜日の夕方からは料理自慢の奥さんたちが集まり、「ババーズ」というバーを開いたりして、地域の住民や親子、先生などのコミュニケーションの場となっている。

このプロジェクトをヒト、モノ、カネの側面から見ると、どれも中途半端かもしれないが、これらを積極的に生かすことで、地域に新しいスペースが実現した。

CASACOをきっかけに、地元の不動産会社もわれわれの考え方に関心を持ってくれた。そこから実現したのが、付近の古民家を改装して美容室にするプロジェクトだ。もともと建物を解体して駐車場にする予定だったが、たまたま美容室を開業したいという人が見つかったこともあって実現した。

古い建物の庭に面した部分には鉄筋コンクリートや鉄骨構造が採用されていた。そこには、庭をよく見せるために、開口部を最大限にとりたいという昔の設計者の意図が感じられた。

地域の人々のイベントスペースとして活用される「CASACO」

このほか、静岡県真鶴市で古民家をリノベーションした「真鶴出版」の2号店プロジェクトでは、周辺に残る魅力的な自然を生かしてどんな庭を造るかをまず考え、それに合わせた内部空間や建築をデザインした。

これらのプロジェクトで一貫していることは、どんな建築を作るかという方法を自分たち自身で考えていくことだ。ドローイングには、どの部分に何を関連づけるのかという考えを発展させる力がある。今後も、それを生かしながら、建築に取り組んでいきたい。

古民家をリノベーションした美容室から庭を望む(photo by : Takashi Otaka)

特別講演:株式会社モーメント 平綿 久晃 氏・渡部 智宏 氏

アイデアの調理法

多摩美術大学の建築学科でともに学んだわれわれ2人が設計事務所「モーメント」を設立して今年で13年になり、スタッフも20〜30代のデザイナー10人をかかえている。

事務所を設立した当初からイッセイミヤケはクライアントであり、これまでに何件ものプロジェクトを担当させていただいた。イッセイミヤケのプロジェクトを中心に、われわれがどのようにデザインとかかわり、アイデアを醸成していくかという「アイデアの調理法」について語ろうと思う。

株式会社モーメント 平綿 久晃 氏・渡部 智宏 氏

初めに紹介するのが「BAO BAO ISSEY MIYAKE」というアクセサリーブランドの某百貨店内で展開された期間限定のポップアップストアのデザインだ。

ここ数年、百貨店はフロア全体を統一したデザインでまとめることが増えてきた。そこで画一的な環境から店舗の領域を浮き立たせるため、BAO BAO ISSEY MIYAKEのブランドを象徴する三角形の連続したパターンで店舗を丸ごと「くるむ」ことを考えた。電車やバスなどでおなじみのラッピングの手法を用いた。

遠くから見ても店舗の壁や床、棚などが三角形のパターンで埋め尽くされているのがわかる。しかし、近づいていくと棚の内側などの部分はパターンの一部しか見えなくなり、逆にバッグなどの商品の方に目が行くようになる。家具はシンプルな直方体を鏡面仕上げにすることで、周囲のパターンが映り込み、一体化する。「くるむ」というデザイン効果は思わぬところに波及効果をもたらした。

BAO BAO ISSEY MIYAKEのポップアップストア。統一環境の中にギャップを生み出すために「くるむ」という手法を採用した

同じBAO BAO ISSEY MIYAKEの日本橋某百貨店内のポップアップストアでは、「かこう」という手法で領域を浮き立たせた。アルミ蒸着された四角い風船を300個用意し、それを連結して店舗の外側を囲った。

店内の空調や、通行人の風圧で300個のバルーンが想定以上に揺れたが、よりインパクトが高まり面白い効果が生まれた。

バルーンは鏡のように人や、歴史ある百貨店の環境を昆虫の複眼のように映し出し、歩きながら見ると反射した風景が少しずつ変化していく。風船という子供も大人も親しみやすい素材で店舗を囲ったことで、思わぬ発見もあった。

BAO BAO ISSEY MIYAKE(日本橋)のポップアップストア。クラシックな環境の中に領域を明確化するために「かこう」という手法を採用した

3つ目は銀座のBAO BAO ISSEY MIYAKE。これはポップアップではなく、本設の店舗としてデザインした。

BAO BAO ISSEY MIYAKEのバッグを作るのは職人の高度な技術が必要で、現状日本でしか製作することができない。銀座の店舗ではその「手仕事」を象徴するデザインができないかと考えた。そこで用いたのが、「たたく」という手法である。

日本には古くから金属をたたいて表面に特有の表情を生み出す鎚起(ついき)という技術がある。アルミ材を鎚起し、細かな凹凸をつけ、店舗の全てを覆うことを試みた。

遠くから見た店舗は銀色に覆われているように見えるが、近づいていくと鎚起による微細な表情が浮き立ち、職人の手仕事による痕跡がじわりじわりと伝わってくるのがわかる。鎚起によって生じるアルミ材の表面の傷やひずみも味わいとなる。

BAO BAO ISSEY MIYAKE銀座の店舗。手仕事の象徴として「たたく」という手法を採用した。近づくにつれて鎚起によるアルミ材の微細な表情が浮かび上がってくる

次に紹介するのはISSEY MIYAKE MENという、メンズのポップアップストアのデザイン。2週間限定のポップアップストアを1度だけ行うのではなく、期間をおいて3回繰り返すという与件があった。別の見方をすれば、ポップアップストアに必要な部材は解体し、次の使用に備えて保管しておく必要がある。そこで思いついたのが「たたむ」という手法。お店を「備蓄」するという発想である。

メインとなる素材に、「パルプモールド」を使った。古紙を粉砕し、型に流し込んで成型した板状の再生材で、用途に応じてプレス加工する。これらは卵のパッケージなどに使われている。プレス前のパルプモールドは大きく波打っているが、この形をそのまま生かし、連結し壁材にすることで躍動感を表現した。また、重ねて強度を高め什器に変換した。パルプモールドの組み立ては簡単で、板同士をクリップで留めるだけの機構となっている。これらの材料は、解体すると規格の段ボール箱数箱にきれいに収まる。輸送も保管も簡易に行うことができる。

このほか、21世紀のTシャツがメイン・コンセプトのブランド「me ISSEY MIYAKE 」の玉川店では商品を掛ける最小単位のフックに着目し、「つなぐ」という手法をとった。新宿店ではTシャツの質感を表現するため、断熱材の吹き付けによって「にせる」という手法をとった。

「PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE 上海」の店舗。「まとめる」という手法で天井の機能造作を世界共通化し、その他の部分は各国の条件を柔軟に受け入れる

そして、最後は「PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE」の 上海の店舗設計について紹介したいと思う。日本国内だけでなく、世界中で愛されている製品のため、「世界共通」の店舗づくりが求められる。

しかし、現場は国によって内装工事の仕方や職人の技量は大きく異なる。世界で多店舗展開する多くのブランドは意匠を統一し、特殊な材質にいたっては世界中に送り現地で組み立てる方法をとることで、各国で共通のイメージを訴求することはできる。反面それぞれの店舗は金太郎飴のようになり個性や自由が感じられにくくなる。

その相反する条件を解決するために使ったのが「まとめる」という手法。天井に等間隔に配置されたボックスは、ラックをつり下げられる機能の他に、照明、設備を集約できる機構を有し世界共通の意匠として、それだけをデザインした。壁などは各国で入手しやすい素材を用い地域性を高める仕組みにした。

われわれがデザインを考える場合、直接的なモチーフをよりどころにすることは少ない。本質をとらえたキーワードとビジュアルイメージを結びつけることで、一見脈略が無いように感じることが丁寧に調理されることにより、直接的なものよりも強いインパクトを放つことが多いように感じる。いつ、どこで役に立つかはわからないが、今後もいろいろなものにアンテナを張って、新しいデザインを生み出していきたいと思う。

  • このほかの特別講演、分科会、OASIS研究・調査支援奨学金制度成果発表、展示会場などの詳細はPDFファイルをご覧ください。
  • この事例は株式会社イエイリ・ラボの許可により「建設ITワールド」で2017年10月10日より掲載された記事をもとに編集したものです。
  • 記載されている会社名及び名称、商品名などは該当する各社の商標または登録商標です。 製品の仕様、サービス内容等は予告なく変更することがあります。

Vectorworks

2D/3Dのシームレスな作図機能に、彩色豊かなプレゼンテーション、リアルなレンダリングなど、デザイナーの設計環境を支援する汎用CADソフトウエアです。

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