ユーザ事例 & スペシャルレポート

2014年8月22日(金)、東京・大手町サンケイプラザで「第6回 Vectorworks教育シンポジウム 2014」が開催された。「デジタルの力(ちから)」をテーマとした今回は、放送大学教授(東京工業大学名誉教授)の梅干野晁氏と、マウントフジアーキテクツスタジオを主宰する建築家、原田真宏氏が特別講演を行った。

今年6月30日、エーアンドエーの代表取締役社長に就任した川瀬英一は「おかげさまでOASIS加盟校の数も年々増えてきている。みなさまにはVectorworksを使った授業を行っていただいているが、特にここ数年3次元への取り組みが増えてきていると感じている。今日一日イベントにご参加いただき、ぜひ今後の授業の糧となる情報を得て帰っていただきたい」と、あいさつした。

OASIS加盟校の教職員による講演は4件中3件が、九州の大学・短大によるもので注目を集めた。4年目となるOASIS奨学金の研究成果発表や、3Dプリンターで作成したオブジェクトや研究成果パネルの展示も行われ、会場はVectorworksを授業や研究に活用する教育関係者や学生などで1日中熱気に満ちていた。


特別講演
放送大学 教授、東京工業大学 名誉教授 梅干野 晁 先生

「Bioclimatic Design(バイオクライマティックデザイン)のすすめ」 
-環境設計の教育手法と授業カリキュラムの提案-

設計に興味を持っている環境工学分野の研究者は皆、「バイオクライマティックデザイン」に対して熱い心を持っている。しかし、設計の実務ではこの手法はあまり普及していない。建物だけを作るのではなく、環境を作るという「地球環境建築」の考え方のアプローチに、バイオクライマティックデザインはぴったりだ。

今日の講演では、バイオクライマティックデザインについて3つの側面からお話しする。併せて、教育シンポジウム2014のテーマは「デジタルの力」なので、これを最大限に生かして、3Dでのコミュニケーションや環境のシミュレーションが行えるソフト「サーモレンダー」を教育ツールとして紹介したいと思う。

バイオクライマティックについて1つ目の話をしよう。これは日本語で「生気候」といい、その起源はハンガリーの建築家ビクター・オルゲイが1963年に出版した「Design with Climate-Bioclimatic Approach to Architectural Regionalism-」という本あたりにあるようだ。地域の特性を生かして、人間が快適な環境を作ろうという考え方だ。

例えば、アリ塚はアリ自身が活動することで生ずるエネルギーを生かした空調システムを内部に持っている。一方、チンパンジーがすんでいる高い木の上は、風がそよそよと流れ、葉っぱに隠れられる最も快適な場所だ。これと似た考え方の建築が「パッシブ建築」や「環境共生建築」だ。建築設計で快適性というと空気の温度ばかりを考えがちだが、湿度や日射、風の影響も大きい。温度が同じでも日射や風の影響で快適範囲が広がったり、狭まったりする。建築設計者は温度や湿度、日射、風などに対する感性は鋭いが、それが数字の問題になると入っていけない人が多い。

しかし、バイオクライマティックは数字で扱う必要はまったくなく、人間の感性で、快適性に影響を与える要素を大事にして設計に取り入れようというのが本質だ。オルゲイの時代には、日射や影を解析するのに建物や樹木の模型を作って実際に光を当てて検討した。風の流れも建物や街並みの模型を作って風洞実験を行い、風通しに対する樹木や窓の大きさ、位置の影響などを調べた。「人工気象室」といった大がかりな実験装置まで作られていた。このことはもちろん今日でも大切なことだ。

日本の建築分野ではちょうどこの1963年に設計原論から音や光、熱、空気などの物理環境を扱う分野が分かれ、空調設備などと合体して「環境工学」という新しい部門ができた。それ以降の高度経済成長期の影響もあり、建築分野はさらに細分化していった。

その結果、本来は設計原論で考慮すべきはずの環境分野が設計にフィードバックしにくくなってきてしまっている。今、バイオクライマティックデザインを主導しているのは環境工学の人が中心だが、本来は計画・設計の分野の人が中心となって推進し、環境工学の人はそのサポートをするというのが望ましいのではないだろうか。

人工衛星がとらえた関東平野の快晴日における夜間の熱画像
(センサ:ランドサットTM)

2つ目の話は、建物を設計したときに環境的にどうなるかを予測評価して、それをわかりやすく掲示することが大切だ。そのために「デジタルの力」を生かすことは有効だろう。私は実測や実験によって得た知見を生かしながら、ここ20年間、シミュレーションソフトの開発を行ってきた。シミュレーション技術と3次元CADはそれぞれ別に独自の進化を遂げてきた。そのため、3次元CADで設計した建物のデータを、直接シミュレーションソフトで解析することはできなかった。新たにシミュレーション用の入力データを作る必要があったのだ。

そこで、CADで設計した建物をそのままシミュレーションソフトで解析し、その解析結果を一般の人にもわかりやすいように可視化したいと考えた。この開発に使う3 次元C A Dソフトはいろいろと検討した結果、エーアンドエーのVectorworksが最も相性が良いと思った。そこで生まれたのが、Vectorworksで設計した建物の熱環境解析を行える「サーモレンダー」というソフトだ。

このソフトの特徴は、街中のすべての表面温度が予測でき、これを3次元CAD上で可視化できることだ。なぜ表面温度が重要かというと、街づくりの設計要素である材料と空間形態によって決まる熱収支の結果を反映するものだからだ。

「サーモレンダー」によって提案した大気への顕熱負荷を示す「ヒートアイランドポテンシャル」の値が求められる。ヒートアイランド現象を改善していくためには、さまざまな環境対策の効果を解析で比較検討することが不可欠だろう。

例えば街中の樹木が少ない歩道などは、夏は50℃にも達する。焼けた砂浜の上で生活しているようなものだ。その対策としては植樹する方法が有効だが、ケヤキの木を植えると1本50万円くらいする。「サーモレンダー」を使うと、その費用に対して効果がどのくらいあるのかを予算執行者に対してわかりやすく説明することができる。

設計者はVectorworksで設計した建物をそのまま「サーモレンダー」でシミュレーションにかけることができる。つまり設計計画と環境工学がデジタルの力でダイレクトにつながり、バイオクライマティックデザインを実践しやすくなる。

熱収支シミュレーションによる表面温度分布
(東京、夏季・晴天日)

3つ目は、3次元CADと熱収支シミュレーションを使って、環境設計のための設計製図授業を行えないだろうかという話だ。われわれは今、BIM、3次元CAD、熱収支シミュレーション、そして環境の可視化を組み合わせた、設計製図「Bioclimatic Design」のための授業プログラムを開発している。

設計製図の授業で7回ぐらいを想定している。「アウトドアリビングを重視した住宅」や「快適な商業空間」などのテーマを設定して、学生は3次元CADで設計し、シミュレーションの結果出力、改良案の作成という作業を繰り返しながら教員とディスカッションを行う。そして最後の授業で最終案をプレゼンテーションする、というものだ。

ポイントは

1. 3DCADで設計したものを学生自身で容易にシミュレーションに入力できること。

2. シミュレーション結果を時間・空間ともに自由に3DCAD上に出力できること。

3. シミュレーションに使われる設計パラメータについて、学生自身が電子教材で勉強できることだ。

バイオクライマティックデザインのすべてではないが、BIMとシミュレーションを使うことで環境設計が行え、結果が出せるということを、環境工学の授業ではなく、設計製図の授業の中でぜひ学生に経験してもらいたい。これからますます求められる地球環境に配慮した設計を実践するうえで、1つのアプローチになればと考えている。

このほかの特別講演、分科会、OASIS研究・調査支援奨学金制度成果発表、展示会場などの詳細はPDFファイルをご覧ください。

 

この事例は株式会社イエイリ・ラボの許可により「建設ITワールド」で2014年10月21日より掲載された記事をもとに編集したものです。

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