ユーザ事例 & スペシャルレポート

「第43回東京モーターショー2013」で、ひときわ注目を集めたトヨタブース。ものづくりの神髄を感じさせる6台のワールドプレミアカーと1台のジャパンプレミアカーを中心に構成された空間は、ランウェイ型のステージが設けられ、コンセプトカーが疾走するライブ感あふれる演出で来場者を魅了しました。

この走るコンセプトカーを一層ダイナミックに演出したのが、照明設計の力です。今回は、東京舞台照明の岡山貞次氏の仕事術を切り口に、Vectorworksの活用方法を探ります。


VOL.1 東京モーターショーの照明デザイン

10年目の躍進

私は長年、コンサートや演劇の照明デザインに携わってきました。いまでも舞台のライブ感は大好きですが、東京モーターショーにはまた違った手応えを覚えます。いわば、クリエイターとして一緒に作り上げられる空間。それが、モーターショーのブースでしょう。

最初の打ち合わせは、会期の10ヵ月以上前から始まります。照明設計を考えるにあたりまず大切なのは、当然ながら車そのものを素晴らしく見せること。普段、車は屋外にありますので、太陽光の下で見る印象が第一になります。モーターショーでは舞台に乗せ、ステージで演出しながら、車の特徴を伝えます。そうした環境の違いを越えて、車のデザイナーが目指した表現をそのまま感じ取ってもらえるようにしたい。ですから、車のデザイナー、特にカラーデザイナーと話をしたり、コンセプトのスケッチを見せてもらったり、塗装色の候補が決まった段階の車体用板金見本で色を確認させていただくこともあります。とはいえ、実車ができあがるのは会期間際です。塗装色候補の板金に手持ちのバッテリーライトをあてて見ながら、使用する器具の色温度や照射する角度を検討することもあります。

東京モーターショーでトヨタブースを担当させていただくようになって、今回が10年目です。担当を始めた頃に、開発の現場に使用予定のスポットを持参し、ライティングを具体的に提案してみたところ、車のデザイナーの方から「ああ、照明デザイナーがちゃんと照明計画を立ててくれるんだ」と言っていただいたのが印象的でした。クリエイターとして同じ感性を持ち合わせていますから、車の素晴らしさを伝えたい、と思う気持ちは同じです。かつては海外のモーターショーと日本のモーターショーでは車の見え方が違うと言われることもありましたが、トヨタブースのプロデューサーが照明を重要だと考えて今に至ったという経緯があります。今回のモーターショーの照明はおかげ様で好評をいただいていますが、「10年目にして、ようやくここまで来た」と感慨が深いですね。

Vectorworksが共通プラットホーム

今回のモーターショーでは、最初にブースの平面図から自分で3D図面を起こしました。照明デザイナーでも簡単に3D図面が作れるのはVectorworksの強みでしょう。東京モーターショーは、海外と違ってセットや吊り物について厳しいレギュレーションがたくさんあります。特に重量制限。照明機材にしても、数多く吊り下げることができればさまざまな方向からの照射が可能ですが、重量制限が照明計画を立てる上で大きな難関となります。その限られた照明機材をどう動かして、どう光をあてるか、シミュレーションソフトを利用して検討していきます。照明計画ができたら配灯図を作成し、それをセットデザイナーに渡して音響デザイナーとも擦り合わせます。たとえば、音響機材を吊ることによって新たに影が出てしまうこともあるので、互いの調整が必須です。

照明デザインは施工デザインと同じくらい早い時期から現場に関わります。ただ、演出で使用する映像や音響はセットデザインが完成し、照明計画が決まってから加わることが多く、“音響機材をここに吊りたいけど、照明機材と重なるから不可能”という場合と、“演出が求める音響のためには照明を動かさなければならない”という場合と、どちらの状況も起こり得るんです。それだけでなく、照明・音響・美術で必要な機材をすべて吊るトラス上では、電磁波によりノイズが出てしまうこともしばしば。そうすると、照明の吊り位置の変更が必要となり、電気コンセント位置などを描き込んだ施工図面も変更が必要となります。

施工図面は照明・音響・映像などそれぞれが独立したレイヤを使用し、シートレイヤで情報を集約します。これにより、たとえば照明器具の吊り位置変更に伴う電気コンセント位置の変更も同時に反映されます。一つのファイルをみんなが共有することで情報も一元化されます。照明計画や舞台美術など、いくつもの要素が重なるモーターショーの場合、それぞれの分野の図面をレイヤとして重ね合わせて見ることができるVectorworksは不可欠なツールです。それぞれの役割において必要な情報を描き込み、レイヤとして重ね合わせることで全体像がはっきりする。Vectorworksという共通のプラットホームが厳しいせめぎ合いの重なる現場での仕事をスムーズにしてくれます。

音響担当者から送られてきたスピーカー位置を3Dシミュレーション検証した結果、ムービングスポットライトの照射範囲に入っている事が判明した為に音響担当者へスピーカー位置の変更を依頼した。レイヤ分けした図面を共有する事で、現場に入る前に他のセクションとの調整を細かく行う事ができ、スムーズな施工が可能となる

VOL.2 状況の変化にいち早く対応するためのシミュレーション

仮想空間での検証ツールとして

今回の東京モーターショーでは、ダイナミックに動くムービングスポットライトを多用しました。すべての車の動きをシミュレーションしていきます。どの角度でどう光をあてるか、1台ずつの位置を調整していくという流れで、重量制限をにらみながら配灯計画を立てていきます。アイデアスケッチからスタートし、出展する車が絞り込まれた段階でムービングスポットライトのシミュレーションに着手します。その位置情報をVectorworksデータのまま、施工担当者へ渡せるのは非常に便利です。

スポットのシンボルに、クラスを利用した電気の情報を入れてあるので、スポットを動かした場合、電気施工業者が使用するシートレイヤでは電気シンボルが移動される

照明計画にCADが利用されるようになり、近年は3D化も進み、さらにシミュレーションソフトを利用することも一般的になってきました。プロデューサーや演出家と照明演出計画を立てる時にも役立ちます。私自身は、照明シミュレーションソフトにデンマークのMartin社が販売している「Martin ShowDesigner」やウクライナのLight Converse社が販売している「LIGHTCONVERSRE」を使っています。これらを使う場合も、まず3DセットをVectorworksで作ってしまえば簡単。照明シミュレーションソフトは、コントローラの信号を受けて、バーチャル空間で照明機材を動かせる機能を持っており、シーンによって光の照射方向や調光レベルと色などを変えることができます。100台もあるムービングスポットライトの全てを現場で一から確認する猶予はありません。画面上でさまざまな視点で効果を確認してから現場に入るというわけです。なので、画面上で動かす仮想空間がとても重要な役割を果たします。

スポットライトで照射した結果でパースを作成するようなシミュレーション作業はVectorworksだけでも十分に対応できます。ムービングスポットライトを使ったり、ムービング制御卓と連動させる場合にはVectorworksで作ったデータを照明シミュレーションソフトに取り込んで使っています。ムービーにも書き出せますし、リアルタイムで変更しながら光の動きを確認できるので、プレゼンテーションにも適しています。なにしろ、画面の中で動かしてみて、実際に光をあてた効果をその場で確認できるのですから説得力もあります。最近の照明シミュレーションソフトのほとんどがVectorworksのアドインソフトを供給しているので助かります。

時代とともに進化する最先端技術で挑む

照明機材の変化もめまぐるしく、毎年、機能が進化しています。春と秋には世界規模の照明展示会がフランクフルトとラスベガスで行なわれますので、そこで最新の機材情報を得てきたり、日本での内覧会に行ったり、デモ機を借りてきて検証しながら、新しいアイデアを常に温めています。

今回の東京モーターショーでは、固定であてる照明は太陽光に近い色を選びました。ムービングスポットライトの平均演色評価数(注:照らされたものの自然な色合いの度合い)はあまり高くありませんが、フルカラー制御が可能です。1台ずつ、カラーデザイナーと相談しながら、出展車輌に合わせて、照射角や照度バランスと色味を現場で再調整しました。それぞれのムービングスポットライトには特徴がありますが、今回のショーでは全部で5種類、およそ100台の機材を使っています。車にあてる光は仮想空間だけでは再現が難しいです。現場での判断こそが最後まで重要です。どこにあたるか、あたらないかだけではなく、具体的な演出効果は事前にシミュレーションソフトを利用してプリプログラムを終らせていますので、現場では車輌への照明の細かい調整と演出効果の精度を上げることができると考えています。現場でのリハーサルによって演出が変わることも珍しくありません。特に、人物が入ってくるとその人の動きに合わせるために、オペレーションを変更しなければならない場合もありますが、仮想空間上でプログラムのほとんどが完成しているので、現場での変更にも余裕を持って対応できています。

モーターショーに限らず、セットデザイナーが描いたセット図面に照明配灯図を描き込んだり、照明シミュレーションに利用していますが、セットデザイナーの多くがVectorworksを利用しています。演出照明用のシミュレーションソフトはすべて海外製品ですが、そのほとんどがVectorworksで作成した3Dデータを利用できるようになっています。海外ソフトのマニュアルの中にも、「CAD図面はVectorworksで描いてそれを取り込めば良い」と明記してあるくらいですから。それくらいVectorworksは信頼性と汎用性があり、国内以上に海外では標準CADソフトとして使用されているということでしょう。

第43回 東京モーターショー 2013 トヨタブース

施主:株式会社トヨタマーケティングジャパン

企画・総合プロデュース:株式会社電通

照明設計:株式会社東京舞台照明

この事例はJDNの許可により「 ジャパンデザインネット」で2014年7月9日より掲載された記事をもとに編集したものです。

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