JDNレポート Vectorworks活用事例

鬼木デザインスタジオ
鬼木 孝一郎

JDN「ジャパンデザインネット」2023年8月9日掲載

JDNレポート Vectorworks活用事例

鬼木デザインスタジオ
鬼木 孝一郎

連載シリーズ「Vectorworks活用事例」では、設計に携わる方々にとって空間をつくる上で欠かせないツール「Vectorworks」をどう工夫して使っているか、お話をうかがってきた。

今回フォーカスするのは、「SHIRO」や「STUDIOUS」などのブランド店舗やマンションのリノベーション、ダンススタジオなどさまざまなジャンルの空間設計を手がける鬼木デザインスタジオ。

代表の鬼木孝一郎さんは、ブランドから受けた印象をストレートに空間で表現することに重きを置き、感覚的に自分のイメージを図面に描き込んでいけるVectorworksをラフスケッチ感覚で使っているという。今回、京都の町屋をリノベーションしてつくられたジュエリーショップと、サステナビリティに向き合った照明器具メーカーのギャラリーの事例とともに、設計過程を中心にお話をうかがった。

ブランドから得たインスピレーションを、素直に空間に落とし込む

ブランドの世界観を最大限に引き出す空間づくり

少年時代はイギリスで過ごし、早稲田大学建築学科を卒業後、大手設計事務所である日建設計に入社した鬼木さん。その後、高校からの旧友が代表を務めるnendoへ転職。10年間にわたるnendoでの空間設計の経験を経て、2015年に設立したのが、鬼木デザインスタジオ(以下、ODS)だ。

nendoではブランドの店舗や展示会、インテリアなどの設計を多く担当していました。ありがたいことに、独立後もいろいろなブランドから空間デザインの依頼を継続的にいただいており、これまでにコスメブランドの「SHIRO」やセレクトショップの「STUDIOUS」などの店舗設計を手がけています。

独立後は、空間設計にとどまらず、プロダクトデザインも積極的におこなっています。店舗に置く家具の設計から、アート作品のようなオブジェなど、新しい挑戦を絶えずおこなうようになりました。ODSには、ブランドの世界観をどのように表現すればいいか悩まれているお客さまからのご依頼が多くあります。だからこそ、解決策を空間に限定せず、さまざまな方法でブランドの魅力を最大限に引き出す提案をしたいと考えています。

京都の町屋を、宝石の魅力輝くジュエリーショップへ

BIZOUX / BRILLIANCE+ KYOTO

京都に新店舗を出店することになったジュエリーショップ「BIZOUX / BRILLIANCE+ KYOTO」。場所は、重要伝統的建造物群保存地区に指定される祇園エリア。伝統的な町屋造りのリノベーションを前提とした出店だ。景観条例により、外観の改修が大きく制限されるなかで、鬼木さんはあるものにインスピレーションを受けたという。

「BIZOUX / BRILLIANCE+ KYOTO」は、2つのブランドが入ったジュエリーショップで、1階はルビーやサファイアといったカラーストーンを扱う「BIZOUX(ビズー)」、2階はダイヤモンドを扱う「BRILLIANCE+(ブリリアンス・プラス)」という構造になっています。

2ブランドの統一のテーマとして何がふさわしいかと思考を巡らせる中で思い浮かんだのが、「地層」のイメージでした。どんなジュエリーも、もともとは鉱山の中で眠っていた鉱物です。石たちの原点を想起させる空間にすることで、磨かれて唯一無二の輝きを放つ店内のジュエリーが、さらに印象深いものになっていくのではないかと考え、地層をテーマに空間を設計することにしました。

また、今回町屋をリノベーションするということで、せっかくなら日本の古き良き伝統が香るような質感にできればと思いました。

カラーストーンを扱う1階「BIZOUX」
ダイヤモンドを扱う2階「BRILLIANCE+ KYOTO」
町屋らしい窓枠を効果的に残してリノベーション
1階と違い、サービスカウンター中心にレイアウトされた2階「BRILLIANCE+」

左官材で表現した「地層」のグラデーションへのこだわり

下から上へ行くにつれて彩度が明るくなっていくよう17色の左官材をつかって調整したグラデーションの壁。壁の白く粒立っている層が、骨材が露出した部分

「BIZOUX / BRILLIANCE+ KYOTO」の空間設計で鬼木さんが最もこだわったのが、地層らしい質感だ。濃淡の異なる17色もの左官材を調合し、並べることで鮮やかなグラデーションの壁をつくり上げた。そして、一層一層のテクスチャーにも細やかなこだわりが光っている。

上にいくにつれて彩度が上がるようなグラデーションにしたのは、原石がジュエリーへと磨き上げられていく過程を壁全体で表現したかったからです。一色一色の色合いの調整には苦労しましたが、ジュエリーブランドらしいメッセージをデザインに込めることができました。地層らしいテクスチャーを出すために、壁土に砂や砂利などの骨材を混ぜて壁表面を磨き、骨材を露出させる方法を採用しました。

壁の表面を強く磨けば骨材がはっきりと浮かび上がり、優しく磨けば骨材が微かに浮かび上がります。左官職人さんの絶妙な力加減によってつくり出された繊細なグラデーションは、空間全体に自然な揺らぎを加えてくれました。

今回、「BIZOUX」と「BRILLIANCE+」の2つの空間を手がけるということで、それぞれのお客さまの目的に合わせた空間づくりも意識しました。カラーストーンを扱う「BIZOUX」で大切にしたのは、採掘場に入ったようなワクワク感です。

採掘場にいるときのようなワクワク感を演出したという1階「BIZOUX」

私自身、本案件でカラーストーンができ上がる過程や環境を聞いて「なんて奥深い世界なんだ」と心を打たれました。このお店を訪れた人に自分の足でカラーストーンの魅力を発見していくような体験をしてもらいたい。そのために、ただカラーストーンを並べるのではなく、壁に穴を開けて原石を置いたり、地層を模した壁にそわせてルースケースを並べたりなど、カラーストーンを購入するまでの体験価値をつくるよう心がけました。

一方、ダイヤモンドを扱う「BRILLIANCE+」は、「BIZOUX」とは打って変わって、ショーケースなどは置かずに個室のサービスカウンターのみというシンプルな内装にしています。ダイヤモンドはほかの石とは異なり、カラット数や不純物の比率など数値によって価値が決まる石です。お客さまは現物を見ることなく商品を決めることがほとんどのため、ダイヤモンドの条件やカットの種類、リングのデザインなどお客さまの要望を丁寧にヒアリングすることが求められます。

だからこそ、地層のテーマを踏襲しながら、スタッフとお客さまがゆったりと対話できる空間を目指しました。個室の窓からのぞく町屋らしい伝統的な窓枠も、落ち着いた空間に華を添えてくれています。

Vectorworksを使うことで、施工会社とのやり取りもスムーズに進む

設計段階から原寸の模型をつくりながら、イメージの明確化をおこなってきた鬼木さん。しかし、施工フェーズに入ると古い町屋づくりならではの課題に直面した。

図面上では直角になっている空間でも、実際に現地に行って確認してみるといたる所に歪みがありました。そのため、図面通りにいかないことも多く、そのたびに職人さんと話し合い、細かい寸法を合わせていく作業の繰り返しでした。突然の変更があっても、Vectorworksを使っているおかげで、施工会社さんとの修正データのやりとりはスムーズにできましたね。施工会社さんも同じツールを使っているので、コミュニケーションコストは少なかったです。

持続的に使い続けられる什器づくりへの挑戦

モジュール什器

続いて、ODSとしてプロダクトデザインの領域に挑戦した事例についてお話をうかがった。依頼主は、ポータブル照明器具メーカーの「Ambientec(アンビエンテック)」。横浜のオフィスを一部リノベーションし、自社製品を展示できるギャラリーにしたいという依頼のなかで、Ambientecからオーダーがあった。

ご依頼いただいたギャラリーは、2つの理由から「可変できる仕様」にしたいとのお話がありました。1つめの理由は、新商品の発表ごとに商品のコンセプトに合わせたレイアウトで展示するため。もう1つの理由は、別の場所での転用を見越し、サステナビリティに配慮した空間にするため。それらを踏まえ、ODSとして部品をモジュール化した什器を提案することにしました。

通常の店舗設計の場合、平面図から考えることが多い。しかし、今回はモジュール什器からアイデアを膨らませ、照明器具が最も魅力的に映る見せ方を模索したと鬼木さんは話す。

まず実寸サイズのサンプルをつくり、商品とのバランスを探っていく作業からはじめました。最初は1つの箱に2つの商品を陳列する形の案も考えていました。しかし、実際に並べてみると1つの箱に1つの商品を陳列したほうが、箱の内側に映し出される光と影がより綺麗に見えることがわかったんです。このように試行錯誤を繰り返し、大枠のサイズや形が決定。その後、Vectorworksで図面を作成してディテールを詰めていきました。

箱のサイズをVectorworks上で検討

最終的に、フレームパーツと白パネル、フレームパーツ同士を接合する部品、それらを固定するビスという4つの部品で構成される什器を制作することになりました。それらの部品の組み方を変えることで、展示棚の形を変化させることができる仕様です。

仕様が決定したとはいえ、問題は実制作にありました。内装施工で一般的に使用するディテールでは精度的な問題が発生する可能性が高かったので、日頃から照明器具の設計を手がけているAmbientecのプロダクトデザイナーの方々の力をお借りすることにしました。

上がってきた部品の図面が、空間設計の図面とまったく違い、非常に興味深かったですね。特にプロダクトに使われる、耐摩耗性に優れたエンジニアリング・プラスチックで製作した接合部分の設計の細かさには驚きました。わずかなズレが、やがて大きな歪みにつながってしまうため、接合部分の加工は精密機械の溶接をおこなっている業者さんに依頼し、高精度に仕上げてもらいました。

モジュール什器 組み立て図
イメージパース
スチールでできたフレームパーツ同士をつなぐ役割の接合部分の部品

サステナビリティとブランドの理想のあり方を考える

手前の独立した什器も、奥の棚も同じモジュールを使って構成されている

昨今いたる所で「サステナビリティ」というキーワードが聞かれるようになりましたが、ブランドにおいてもサステナビリティの観点は切り離すことができません。ものをつくり出す過程でいかに環境への負荷を少なくするのか。それは、ブランドの店舗づくりでも重要な視点です。

例えば、商品生産の過程で出た廃材を再利用する事例は、サステナビリティの事例としてよく見られますよね。今回のお話をいただいた際に「本当に持続可能な空間づくりってなんだろう?」と改めて考えてみたんです。

そこで思い浮かんだのが、どんな場所でも繰り返し使うことのできる今回の什器でした。スチール素材であれば100年は使うことができるし、決まった部品をストックしておけば、会場の大きさに合わせて自由に組み替えることができる。つまり、新たにものをつくり出す必要がないということです。この案件はサステナビリティとブランドのあり方に改めて向き合ういい機会だったと思っています。

頭の中のイメージを感覚的かつ正確に描き起こせるVectorworks

オフィスで見せていただいたのは、左官材の調整が難しかったというテストピース

町屋のリノベーションからプロダクトデザインまで、幅広いソリューションでブランドの魅力を引き出してきた鬼木さん。空間づくりをする上で特に大切にしていることをうかがった。

空間に足を踏み入れた人の記憶に残るものをつくりたい――だからこそ、自分が直感的に感じたことになるべく素直でありたいと考えています。ブランドから得たイメージを、できる限りストレートに空間で表現する。そう意識しているからか、私が設計した空間は「シンプルだよね」とよく言われます。自分のイメージをつくり出すために、結構泥臭いことをやっているんですけどね(笑)。

「BIZOUX / BRILLIANCE+ KYOTO」の壁なんかは、納得のいくテクスチャーになるまで何度も繰り返しサンプルをつくっていましたから。そこまでこだわれるのは、やはり自分がブランドから感じ取った魅力を、多くの人々に伝えたいという想いが強いからだと思います。

Vectorworksを使って描かれた図面

自分が感じ取ったインスピレーションをストレートに空間で表現する鬼木さんにとって、感覚的に図面をつくれるVectorworksは必要不可欠なツールだ。

空間を設計する際のスタート地点はデザイナーによってさまざまです。私の場合は頭の中のイメージを具現化するために平面図づくりからスタートします。コンセプトやラフスケッチを描いてから、図面に落とし込むという順番で進める人もいますが、実際にイメージを空間に当てはめてみると、スケールアウトしてしまうことがよくあります。

そのため、私は実際のスケール感を意識しながらもラフスケッチの感覚で、いきなりVectorworksで図面を描いていきます。Vectorworks上であれば寸法を確かめながら、感覚的に平面図を描き進められるので、自分の頭の中をすぐにアウトプットできてとても助かっていますね。スタッフにも正確にイメージを共有できるので、ディテールを詰めていきやすいです。

空間設計以外の領域へ

訪れる人々の記憶に残る空間をつくるべく、さまざまなデザイン領域に邁進し続けているODS。最後に、今後の展望についてお話をうかがった。

まだ会社を立ち上げて7年目なので、ODSとしてできることをまだまだ広げていきたいと考えています。1つの分野にとどまることなく、「新しい」「楽しそう」と思うほうに進んでいきたいですね。特にプロダクトデザインは、今後もっと知見を深めていきたい領域です。Ambientecのほかにもいくつかプロダクト開発のご依頼をいただいているので、お客さまの悩みを解決する突破口が見つけられるように試行錯誤していきたいと思います。

鬼木孝一郎

早稲田大学大学院卒業後、株式会社日建設計勤務。その後、有限会社nendo入社。10年間チーフディレクターとして国内外の空間デザインを手がける。JCD賞金賞、JID賞大賞など、受賞歴多数。2015年、鬼木デザインスタジオ設立。建築、インテリア、展示会の空間デザインを中心に多方面にて活動。

  • 文:濱田あゆみ(ランニングホームラン) 撮影:井手勇貴 取材・編集:石田織座(JDN)
  • 竣工写真 (1~9):太田拓実
  • この事例はJDNの許可により「ジャパンデザインネット」2023年8月9日より掲載された記事をもとに編集したものです。記事中の人物の所属、肩書き等は取材当時のものです。
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