ユーザ事例 & スペシャルレポート

デジタル環境の変化がデザイン教育にもたらすものとは。

8月20日(金)、東京大手町のサンケイプラザにて「Vectorworks教育シンポジウム2010」が開催されました。デザイン教育の現場では、CADによるコンピューティングシミュレーションやアルゴリズミックデザインなどデジタル手法を取り入れた環境が注目され、CADの導入がますます進む中、OASIS加盟校の学校関係者に加え、教育関係者、関連企業の方々が一堂に会しました。

講演会場、分科会場共に、講師の方々のお話しを是非参考にしようと熱心に耳を傾けメモをとる参加者が多くみられ、熱気に満ち溢れていました。


建築生産と情報技術の結合がデザインを進化させる

「アルゴリズミックデザインによるデザイン教育の可能性」
慶応義塾大学大学院 政策・メディア研究科 教授 池田 靖史 氏

午前中の基調講演には、「アルゴリズミックデザインによるデザイン教育の可能性」と題して、建築家で慶応義塾大学大学院 政策・メディア研究科 教授 池田 靖史氏が壇上に立ちました。

「本日はデザインにおけるCAD教育についての話しだけではなく、もう少し大きなところまで話しを広げたいと思います。」と前置きし、「なぜならデザインにおけるCADを中心としたコンピュータの利用は、教育だけではなくもっと社会にも広がる重要な意味を持っていると考えるからです。」とCADやコンピュータが持つ大きな可能性について語りだしました。

まず、その根拠の一つとして、1枚のオブジェの写真をスクリーンに投影し、「これは四方が7.5メートルもある物なんですが、実はこれはD-shapeという3次元プリンタで出力された実物大の東屋なんです。」「3次元プリンタと言っても超大型のインクジェットプリンタのようなもので、実物大のものをコンピュータから直接出力できるという実例です。」と参加者の関心を集めました。

そして、「今まで、CADやコンピュータを使ったデザイン教育を進めていく中で、実際のモノ作りの現場から、実社会とのギャップを指摘されたり、デザイン教育の弊害のような批判を受けることがあったのではないでしょうか。」と、デザイン教育の現場にある不安要素を指摘し、「しかし、一方でこの例のようにデジタル・ファブリケーションと呼ばれるCADから一気に形を形成できる仕組みというものは、これらの意見に対して大きな意味を持つものとなりえると考えています。」と情報技術を利用するデザインの可能性の高さを説明しました。

また、この例が持つもう一つの意味として、「今まで建築教育において、床、柱、仕上げ、構造などの部品をどう組み立てるかという教育が行われてきました。これは建築の根本でもある建築術と言えます。これにより"多くの建物は四角い"と言ってもいいでしょう。」「お見せしている例は、これらの順序を全て取り払って、CAD上の自由な形状が、いきなり目の前に現れます。しかも実物大で現れる訳です。」と、従来の建築の常識さえも覆す技術が既に現実となっていることを解説、今やCADは、単にデザインだけをするツールではなく、デザインとモノ作りを繋ぐための重要なツールとなりつつあると解説いただきました。

次にアルゴリズミックデザインについては、ガウディのサグラダファミリア改修工事で、石膏模型を3次元スキャナ取り込みし、デザイン意図を汲み取りながら、施工しやすい方法を発見するためにアルゴリズムやBIMが活用されている例や、早稲田大学と慶応大学共同でアルゴリズミックデザインを体感できるプラグイン「Growing Object」を使ったワークショップを開催し、短時間ながら規則性のない形で生成されるデザインとその研究成果などの例をいくつも挙げ、「アルゴリズミックデザインは奇異な形を作るのではなく、実務的な問題を解決するためにアルゴリズムがあるのです。」と、実務におけるアルゴリズミックデザインの有効性を解説しました。

講演の中では、「昨今の多くのBIMでは、柱や梁などを直行3次元的にレイアウトするグリッド上の建物を想定しているものが多くあります。言わば" 2次元図面化の自動化 "を目指しているものをBIMと呼ぶのであれば、それは大きな間違いです。」と自由なデザイン能力を奪うBIMの方向性についても考えを述べられました。
講演は、濃い内容のものとなり、デジタルファブリケーション、アルゴリズミックデザインによって、デザインとモノ作りの現場が大きく変わる可能性と兆しが感じられる講演となりました。

産学共同研究からデザイン教育の現場へ

「デザインツールとしての歩行者シミュレーション」

株式会社竹中工務店 設計本部 竹市 尚広 氏

エーアンドエー株式会社 上席研究員 木村 謙

特別講演では、株式会社竹中工務店 設計本部 竹市 尚広氏に、2001年より産学共同研究として開発に携わり今年6月に発売開始となったSimTreadについて、実務での活用を中心にお話いただきました。まず、弊社上席研究員の木村から、Vectorworksプラグインソフトである「SimTread」の特徴と開発に至るまでの経緯を説明。

「このソフトは、ひとり一人の動きを最適化することで建物や空間の避難計算や行動シミュレーションができるソフトで、シミュレーションの" Sim "と、歩くという意味のトレッド" Tread "から名付けられました。」「そして、開発の経緯は竹中工務店と早稲田大学の共同研究にエーアンドエーが加わり、約10年をかけ製品化され、その歴史は1970年代から早稲田大学の渡辺先生によって研究されていた事まで遡ります。」と解説。
また、2000年に建築法規の性能規定化があったことや、2001年に起こったニューヨークのテロ事件によって避難シミュレーションの重要性が高まってきた背景についても説明しました。

続いて、株式会社竹中工務店 竹市氏から防災計画の難しさについて、「建築の防災計画は、避難計算手法をもとにした計算値や経験値から設計していましたが、計算値は、意匠、構造、設備の設計者、事業主さんに説明しても何が良いか伝えきれない、実務上の問題があり、特に海外の建築家とのやりとりでは大変苦労しました。」と体験談を交え、これらの経験から、"避難シミュレーションを可視化したい"と考え、早稲田大学の渡辺研究室と共同で取り組まれたことをお話しいただきました。

次いで、事務所やショッピングモールなどの避難シミュレーションの実例をムービーを使いながら詳しく解説され、「防災計画では出口と階段の位置など非常に重要になりますが、誰にでもわかりやすく説明できることが良い所です。」と可視化の利点を解説いただきました。

また、国際会議で発表したケーススタディでは、避難シミュレーションをすることで、人の渋滞がどこに起因するかなどの問題点が見え、数例のシミュレーションの統計値をとった結果、一部の階段を使用禁止にするという一見危険とも思われるケースが、人の流れを変え、避難時間の短縮につながった例を挙げ、「これは、今までの避難計算ではできないことです。建物自体の出口は増やしていないのに建物の中の人の流れをスムーズにしただけで、全体的な避難が早くなっています。SimTreadを使うと分かります。」とマルチエージェント型の歩行者シミュレーションの重要性について強調されました。

さらに、スタジアムの例を示し、避難だけでなく野球やサッカー観戦の試合終了後の人の流れについて、あらかじめシミュレーションができ、出口の配置などが適切にされることは非常に意味があることも説明されました。

最後に、教育サポートとしての事例を弊社木村より「避難だけでなく一般的な動きをシミュレーションできる試みもある程度活用できるところまで来ています。今後、学校教育においても、より使っていただけるようなものも提供していきたいと思っています。」と教育の場での利用を支援していくことが紹介され、今後の活用の広がりに期待が高まる中、講演を終了しました。

>> SimTreadの製品情報についてはこちらをご覧ください。

分科会(建築/インテリア・プロダクト/CADリテラシー)

基調講演後に開催された分科会では、「建築」「インテリア・プロダクト」「CADリテラシー」に別れ、教育の現場で活躍する講師がそれぞれの教育の現場を踏まえ、"デジタル環境を使ったデザイン教育事例"や、"現場での新たな試み"、"試行錯誤している体験談"などを発表、参加者の興味をそそる分科会となりました。

<建築分科会>

「建築分科会」では、様々な試みやそれらから得られた成果、デザイン教育における問題点など、多くの内容が発表されました。下川氏(金沢工業大学)は、校内でのリノベーションに学生を参加させた事例や、点群データを町並み保存の設計に利用された例を披露し、参加者から先進的なビジュアライズ方法についての質問を受ける場面も見られました。また、五十嵐氏(女子美術大学)による3Dモデルと写真をコラージュし心理分野にまで至るデザイン教育実例の発表や、武田氏(豊田工業高等専門学校)による様々な取り組みを踏まえ、現在新たなオープンキャンパスを模索されている現状などが発表され、建築のみならず広い分野を視野に入れた充実した分科会となりました。

金沢工業大学 環境・建築学部
准教授 下川 雄一 氏

女子美術大学 短期大学部
空間インターフェース系
非常勤講師 五十嵐 進 氏

豊田工業高等専門学校 建築学科
助教 武田 紀子 氏

<インテリア・プロダクト分科会>

「インテリア・プロダクト分科会」では、デザイン性が強く求められる分野での試みや体験談が披露されました。
戸國氏(ICSカレッジオブアーツ)の講演では、実社会で必要な能力を意識し、個別授業やグループ授業などの実施例も交え、実社会で活躍できる人材育成の取り組みなどが紹介されました。柴田氏(バンタンデザイン研究所)は、実際にVectorworksを使ったデモや、3Dプリンタで制作した3Dモデルを披露しながら、想像の具現化についての指導方法などを発表。宮腰氏(八戸工業大学)は、同校でCADを使ったデザイン教育を始めていく中での苦労された環境づくりや様々な課題の中、いかに学生がデザインする喜びやデザインスキルの向上に繋いでいったかなどを発表、参加者の笑いや驚きを誘う分科会となりました。

ICSカレッジオブアーツ
インテリアアーキテクチュア&デザイン科
講師 戸國 義直 氏

バンタンデザイン研究所
講師 柴田 映司 氏

八戸工業大学 感性デザイン学部
講師 宮腰 直幸 氏

<CADリテラシー分科会>

「CADリテラシー分科会」では、「定量的設計テクニック」と「力のスケッチ」の講演とワークショップが行われました。
青山氏(東海大学)の講演は、和やかな雰囲気で行われながらも、" 定性的な設計課題で時代を担う設計者は育つのか? "と設計の本質を見失わない基本に沿った教育の重要性を強調し、その例として分かりやすいテキスト作りの例などが披露され、メモを取る熱心な参加者の姿が多く見られました。弊社大河内による講演では、コンピュータによる仮想空間教育が広がる中、身体感覚で見積もる事のできる能力や、知識ばかりではなく知恵をつける、" 落ちこぼれ者を出さない総合学習 "の必要性を訴え、いくつかの発想ツールを紹介、講演後には参加者にプレゼントされました。

東海大学 旭川キャンパス
非常勤講師 青山 哲夫 氏

エーアンドエー株式会社
首席研究員 大河内 勝司

 

OASIS加盟パネル展示/Vectorworks関連書籍展示

講演会場前には、A&A.Vectorworks教育支援プログラム- OASIS -加盟校のさまざまな学科・コースの学生による優秀作品が多数展示されました。今年は3D立体視の作品も登場し、休憩時間にはひとつ一つの作品の前で足を止める姿や、作品写真を撮る参加者で展示会場は盛り上がりました。
加えて、会場の一角にはVectorworks関連書籍出版各社による書籍展示も行われ、授業のサポートツールとしての1冊を求め、説明員にさまざまな質問をぶつける参加者の姿も多くみられました。

弊社では、今後ともOASISをはじめ、さまざまな活動を通して、デザイン教育の現場を支援して参ります。
多くの皆様のご参加、ありがとうございました。

(2010年8月)

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