ユーザ事例 & スペシャルレポート

住宅の建築設計から、展覧会場構成、店舗設計、家具、テーブルウェアや生活に関わる身の回りのプロダクトまで、小泉誠氏が手がけるデザインは多岐にわたります。常に人を中心とした心地よい空間のための構想が生まれるのは、小泉氏のスタジオであり、デザインを伝えるショップ「こいずみ道具店」(JCDアワード2013金賞受賞)。工房が併設された“ものづくりの現場”で、デザインとVectorworksについて話を伺いました。


VOL.1 南部鉄鍋のデザイン

製造現場を見て、工程を知る

ちょうどいま、岩手県の鋳造工房と南部鉄鍋の開発を進めています。鉄器といえば鉄瓶が定番ですが、そこから脱却した鉄器をデザインしたい、と取り組み始めたのは7年ほど前のことでした。鉄の特徴である“重さ”を機能に活かした商品を作ろう、と考えた「tetu」シリーズ。テープカッターやブックエンド、ペーパーウェイトなどが商品化されています。その後、改めて鉄瓶の文化に立ち戻り、現代の生活空間にふさわしい鉄瓶を発売しました。そして今回は新しいラインナップとして、3サイズの鉄鍋をデザインしています。

新しいデザイン、特にプロダクトデザインに取りかかる時には、必ず製造現場を見学し、製造工程をきちんと知ることから始めます。ただ単にきれいな形を作るのは、デザイナーなら誰でもできること。不合理な形になってしまえばコストが上がるので、そこで無理してもしょうがありません。製造工程をきちんと知り、良いところと不要なところを見極めていくことが、かなり重要ですね。そこから必然的な形も見えてくるし、ルールができてくる。逃げることなく、仕事がしやすい形を目指しています。

磨きの工程を活かすことが機能性にも結び付く

鉄鍋は多くの鋳物と同様、砂型に溶かした鉄を流し込んで固めて製造します。鉄を流し込む部分を湯口と呼び、その湯口からあふれた鉄を削り落として、滑らかに研磨するわけです。この工程を無駄なく、しかも見た目良く仕上げられるようにデザインしたのが、現在検討中の鉄鍋3種類です。

これらの鉄鍋では、鍋の縁を折り曲げて、そこを湯口にしました。グラインダーを縁にぐるりとあてるだけで、バリの削り落としと研磨ができます。また、折り曲げた縁と取っ手を同じ面にすることで、取っ手部もこの一つの工程で仕上げることができます。鍋の外周と取っ手の境目は、グラインダーが入りやすいRにデザインしてあります。この折り曲げは、料理を皿へ移すときの液だれを防ぐ役割も担っています。鋳物は厚いと重くなり取り扱いが難しくなりますし、原料も多く必要になります。今回は、湯が通って(注:液体の鉄が流し込めて)強度が保てる3.5ミリに設計しました。こうした工夫の積み重ねで「デザインしたから高くなった」と言われることも防げますし、鉄器ならではの磨き仕上げを活かす形を見つけることができたのではないかと考えています。

空間の仕事も多いので、Vectorworksは日常的に使っています。今回のようなプロダクトでも同じようにVectorworksで仕事を進めます。試行錯誤の過程で、ラフな図面を書く段階から登場することが多いですね。当たり前かもしれませんが、Vectorworksで作図することで寸法が明らかになります。アバウトだった数字が正確になることで、図面を見て頭に描く完成形の精度も上がるように思います。

VOL.2 3Dプリンタによる実寸モデル

コンマ単位はコミュニケーションのきっかけ

この鉄鍋ではペーパーモデルやスチレンモデル以外に、3Dプリンタでも実寸モデルを制作しました。樹脂なので実際に持った感覚は軽いけれど、ディテールがかなり再現できているので、確認できる部分がたくさんありますね。製造の現場との意思疎通もしやすくなりますし、質感や手の馴染み具合などもわかってきます。

3Dプリンタで出力した後も、Vectorworksでさらに修正を加えていきます。その時は必ずプリントアウトした図面にどこを修正したのかを赤で強調しておきます。データだけ送って、どこを修正したのか気づいてもらえないと危険ですから、いつも少し気を使いますね。付き合いが古い職人さんとは、阿吽の呼吸で言葉だけで通じることも多いのですが、だからこそ、あえて0.5ミリ単位で図面を修正することもあります。実は、そう書き込むと嫌な顔をされますし、「なぜ?」って聞かれたりします。でも、そこでようやく話がはじまるんですよね。

たとえば角に3Rを取るという指示は一般的なので、現場はスムーズに進みます。でも、木工だとサンドペーパーをあてるだけ、建築だと鉋をあてるだけなんてことも多いんです。つまり、実際にはRになっていない。そこで2.5Rという指示を出すことで「すっきり見えるけれども、指をかけたときに気持ち良いRにしたい」という信念を伝えたいのです。

「鉋でただ削っただけのRが欲しいんじゃないんですよ」と分かってもらいたい。だから、実際に2.5Rになってなくてもかまわない。 デザイナーによって、こだわりのある箇所は違うと思うので、自分がどこにこだわるのか、それを伝えてコミュニケーションをとることが大切です。

Vectorworksは正確な情報を伝える大切なツール

事務所では1990年代後半くらいからMiniCAD(Vectorworksの前身ソフト)を導入していました。Vectorworksを使い始めた当時は、WindowsのCADと比較して、Macで十分使いやすいものとして選んだ記憶があります。手描きの頃から立体感を出すために図面に色の濃淡をつけたりしていましたが、Vectorworksを使うことで手描きの感覚が制限されたことはありませんね。僕にとっては、描いている表現に影響しない最適な存在。メーカーの担当者や職人さんに対して正確な情報を渡すという意味で、大切なツールです。

最初のデザインイメージを伝えるには絵の方がわかりやすい場合もあるので、設計図の数字だけに頼らないで、できるだけ分かりやすく、製造現場で勘違いが起きないように配慮しながら線を引いていきます。もちろん、“図面ありき”ではありません。まず形を作り、それを計って図面に落とし込んでいく。立体を手で触って、目で見て、ボリューム感を体感しながら形を導き出すプロセスが、プロダクトデザインには不可欠です。

鉄鍋は年内の発売を見込でいます。僕らもメーカーも、良いデザインは良い状態まで到達してから発表する、という心づもりで進めてきました。製造方法だけでなく、期日にも無理をすると、完成度に影響しますからね。最善なデザインを完成させたら、改めて発表させていただきます。

【取材協力】

koizumi Studio http://www.koizumi-studio.jp/

小泉 誠 氏

この事例はJDNの許可により「 ジャパンデザインネット」で2014年4月16日より掲載された記事をもとに編集したものです。

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