ユーザ事例 & スペシャルレポート

2013年8月23日(金)、東京・大手町サンケイプラザで「Vectorworks教育シンポジウム2013」が開催された。5回目となる今回はメインテーマに「デザインイノベーション」をかかげ、サポーズデザインオフィスの谷尻誠氏が「How to Think」と題する特別講演を行った。

開会に先立ち、エーアンドエーの内田和子代表取締役社長は、「めまぐるしく変化する社会の中で、CADが果たすべき役割は大きくなり、創造の原点であるデザイン教育でも、ますますイノベーションが求められている。当社もOASISを通じてVectorworksやシミュレーションソフトによる教育の革新に貢献していきたい」と、あいさつした。

このほかOASIS加盟校の教職員による講演や、今回で3年目を迎えたOASIS奨学金を受けた学生の研究成果発表、3Dプリンタで作成した建築模型や研究成果パネルの展示なども行われ、Vectorworksを活用する教育関係者や学生などで会場は活気に包まれた。


特別講演 サポーズデザインオフィス
建築家 谷尻 誠 氏

- How to Think -

Vectorworks教育シンポジウム2013のテーマは「デザインイノベーション」だが、私自身、どうすればイノベーションできるのかと、いつも考えている。

新しいものを作るのは難しい。その理由を考えた結果、世の中を「名前」というものが支配しているように感じた。つまり、名前がものの使い方や機能を拘束しているのだ。

例えば「コップ」をデザインしてほしいと頼まれると、ついついコップらしい形のものをデザインしてしまいがちだ。しかし、人々はコップという名前のものが生まれる前には両手で水をすくって飲んでいた。両手が使えないと困るので似た形のものを使うようになり、そのうち「コップ」という名前がつけられたのだろう。

そこでコップというものをデザインするよりも、どうしたら水を飲む機能を実現するものができるかと考えた方が新しいものを作れるのではないか。

コップの中に金魚を入れると「水槽」になるし、花を生けると「花びん」になる。電球をつければ「ランプシェード」になるし、植物を植えれば「植木鉢」になる。コップという名前がついているときは機能が1つに限定されるが、その名前を取り払ってみると機能が拡張されるのだ。

逆に名前をつけることも大事である。例えば引っ越し先にまだポストがないとき、段ボール箱に「ポスト」と書いておけば、郵便配達の人が郵便物を入れてくれるようになる。

建物でも「ダイニング」「リビング」「浴室」などと部屋ごとに名前がついていると、それぞれ用途が1つに限定された空間になってしまう。名前をつけたり取ったりすることで、ものの機能をコントロールできることに気がついた。

私は東京と広島を拠点に活動しているが、広島の事務所は80坪ほどあり、その半分を何もない廃虚のような空間にしてある。ここで毎月ゲストを招いて「Think」というトークショーを開いているが、行為によって毎回、空間の機能が変わるのだ。

アーティストに作品を展示してもらったときは「ギャラリー」に、もと陸上選手の為末大さんに来てもらい、メダルを取ったときの映像を流したときは「スタジアム」のような熱気に溢れた。アジアン・カンフー・ジェネレーションの後藤正文さんが歌ったときは「ライブハウス」に、フードディレクターの野村友里さんが料理をふるまえば「レストラン」に、柳家花緑さんが語れば「寄席」に、茂木正行さんが髪をきれば「美容院」に空間が変わる、といった具合だ。

私はクライアントに頼まれた仕事とは別に、国内外の設計コンペにも積極的に参加している。その際、名前というものを一度取り除き、人々がその空間でどのように活動し、どんな体験をするのかを考えることで、新しいデザインを生み出そうとしている。これが仕事のクオリティーを上げることにつながると考えているからだ。

そのきっかけとなったのが、ポーランドの博物館のコンペだ。寒い場所なので地面を掘り下げて展示室を作り、上にガラスの天井を作って太陽熱を蓄えるとともに地熱利用を行い、地表には風力発電機を設置してエネルギー全部を自然エネルギーでまかなう設計だった。

建物がほとんどない地表には公園を一緒に設計した。公園は人々が目的もなくやってきて滞在する。それによって、博物館を目的にやって来た人だけでなく、なんとなく公園にやって来た人も博物館に来てもらえるのではないかと考えたのだ。

この作品のでき映えには手応えを感じていたが、海外コンペということもあり、応募書類が主催者に届かず戻ってきてしまい “幻のコンペ”となってしまった。

広島・宮島の展望台のコンペは、「和風で風景に調和する」ということが課題だった。現地調査に出掛けると、展望台がなくても山頂から周囲の景色が展望できた。そこで考えたのは、景観を阻害しない透明な展望台だ。

メッシュ状のエキスパンドメタルを折ることで柱、梁をつくり出す提案とした。遠目からは建物がぼんやりと透けて見え、近づくと建築物が姿を現すという案だった。

このほか、レンガ造で有名な群馬県の富岡製糸場の窓口となるJR富岡駅の建て替えコンペでは、あえてレンガ壁を使わず、「壁の要素は人が作る」という発想で柱と屋根しかない建築物を提案した。滋賀県の守山中学校の改築コンペでは仮設校舎を造らない設計案を出した。また、東急ハンズの新店舗コンペでは同店のイメージカラーである「緑と白」の2色で店内全体のサイン計画を提案した。

これらのコンペでは、募集要項の内容は分かっていたものの、よりよい案を追求するあまり、それを超えた設計を提案しがちだった。その結果、最終審査に残りながら、2位で負けてしまうことも多かった。

実際のプロジェクトでは、洋服屋をつくるとき、太陽光で作品が見られるオランジェリー美術館のことを思い出し、太陽光の下で洋服を選べる設計とした。プロジェクトに一見関係ないことでも、その本質を見極めれば関係性を見つけることもできるので、常にそういうことを考えて設計活動をしている。

周囲のアスファルト舗装やマーキングを店内に延長して取り入れたカフェ、2階だけ完成させ1階を「室外」とした住宅、逆に昔の外壁を「内壁」に変えた住宅の増築などで、建物の内側と外側の区別をなくしたデザインを実現した。

また、狭い敷地に建てた住宅では、内部に巨大な階段を作り、段上に「部屋」を設けた設計も実現した。

これらのプロジェクトでは、建物各部分の名前を意識的に外したりつけたりすることで、新しいデザインを生み出したことが共通している。

このほか、分科会、OASIS奨学金 研究成果発表、展示会場などの詳細はPDFファイルをご覧ください

 

この事例は株式会社イエイリ・ラボの許可により「建設ITワールド」で2013年10月8日より掲載された記事をもとに編集したものです。

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