ユーザ事例 & スペシャルレポート

都城工業高等専門学校は、第一線の技術者を養成するため、1964年に創立されました。2004年度には日本技術者教育認定機構によるJABEE審査を申請し、学科4、5年生および専攻科が学ぶ「生産デザイン工学」プログラムが世界基準のプログラムと認められています。1969年に設置された建築学科は、建築の企画、設計、施工において責任能力を有し、環境への影響にも配慮できると共に、伝統を発展的に継承し、最新技術を応用できる人材の養成を目的としています。

今回、建築学科と建築学専攻科で、さまざまな取り組みにVectorworksを活用している、准教授の中村裕文(なかむら ひろふみ)先生にお話をうかがいました。


-製図やCADの授業はどのようなカリキュラムになっていますか? -

1、2年生は、手描き図面や手作業での模型制作が中心になります。CADはVectorworksを3年生で初めて教えます。その授業では、2次元で基本的な図面の描き方を教え、1年間かけてシートレイヤの使い方まで修得します。4年生ではVectorworksでモデリングとレンダリングに取り組み、前期の設計課題を後期の4分の1を使って、3次元モデルで仕上げます。そして、5年生の設計課題は、最初からVectorworksを使って作品を仕上げます。高等専門学校は、教育期間が5年間ありますので、基礎的な設計製図とCAD修得のどちらにもじっくり時間をかけることができます。

-設計課題以外でVectorworksを活用していますか? -

専攻科では立体的な把握をしやすくするという意味で、自由に選んだ建物の3次元モデルをVectorworksで作成し、それを3Dプリンタで出力する授業を行っています。さらに、専攻科では、Vectorworksでアニメーションを作成することにも取り組んでいます。その他、学生と取り組んでいる研究では、3次元CADのレンダリングの手法であるレイトレーシング(光線追跡法)を活用して、都市景観のシミュレーションを行っています。学生はどんどん高度なことを要求してきますが、VectorworksはCADソフトであり、グラフィック関連のプリプロセッサであり、ポストプロセッサとして働いていると感じます。

-都市景観シミュレーションに光線追跡法を用いたきっかけは? -

25年前になりますが大学院に在籍中、CADに関する研究で、遺跡の3次元モデルをどのようにつくるか、ですとか、3次元設計で2次元図面が簡単にできないかといったBIM(Building Information Modeling)の基礎になるようなものに取り組んでいました。それに関係して、同じ研究室の先輩が容積制限の緩和で熊本城周辺にどのような影響が及ぶかのシミュレーションの研究を進めていました。当時は景観核を中心に、半球上あるいは円筒上に投影される影を立体演算で求めることで、可視領域をボリュームで示せると考え、ワークステーションでプログラムを組むことから始め、専用ソフトを活用して都市の空間的可視(眺望)領域について分析が行われていました。ワークステーションでの計算は時間もかかり大変な分析であったことを憶えています。その後、就職した都城工業高等専門学校で導入したVectorworksの授業を行っていたとき、Renderworksのレイトレーシングで視線ベクトルを光線ベクトルに置き換えることで、地上レベルでの可視不可視が簡単に調べられるのではと考えました。

-具体的にはどのようにシミュレーションするのですか? -

点光源を置いて、影が落ちるところは見えない(不可視)、影が落ちないところは光が通るので見える(可視)ということを確認するツールにRenderworksを使えば、シミュレーションが可能だろうと考えました。その当時、保存運動で問題になっていた都城市民会館を対象建物として、熊本城では上に注視点をひとつ置いたのに対して、建物の端に点光源を並べて影になるところを出していきました。そして市内でどのくらい見えるか、可視領域と不可視領域の面積を算出して検証しました。このように、建物が景観に及ぼす影響を定量的に分析する研究が始められたのはRenderworksで手軽にレイトレーシングができるようになったからです。

-光線追跡法を用いた研究の指導方法は? -

5年生のCADでの設計課題が終わる頃には、3次元的な思考力やVectorworksの操作は身についていますので、3次元モデル作成は問題ありません。あとはCADをどう活用するかということで、レイトレーシングの点光源の置き方、考え方を、影が落ちるか落ちないかで2値化する見方に導くだけで、特別な指導はしていません。そこが理解できれば手法は実践で覚えます。ただ、2値化するにあたっては、授業ではやっていない画像処理のところで、Adobeのフォトショップの使い方などは少し手間取りました。

-研究を進める上で苦労した点は? -

最初に専攻科の学生が取り組んだのは2006年ですが、その時の学生はよくわからないけれどやってみるということでした。都市の3次元モデルは、いかに現実に近づけるかということで取り組みましたが、3次元モデル作成後、現地で確認する作業を繰り返し行う中で、屋根のかたちまではそれほど影響がないことがわかってきました。ですが、街路樹は可視不可視に大きな影響を与えていることがわかりました。地形モデルも、等高線を用いると段差で影ができてしまうので、面を貼ったかたちにしないと20パーセントほどの誤差が生じる可能性があることもわかりました。都市の3次元モデルはある程度省略できますが、地形モデルは影響が大きく、研究を進める中で地形データをつくる作業がほとんどを占め苦労した点でもあります。

-研究に取り組んだ学生の反応は? -

最初に取り組んだ学生は、可視不可視領域について陰影図を持って現地調査から戻って来た時は興奮していました。次の年からはすでに前年に取り組んでいる学生がいたので、説明もしやすく理解もできていました。とはいえ、3次元モデルを作成するのはやはり大変な作業で、可視不可視領域についても、半信半疑のところはあったようです。ただ、取り組んでいくうちに分析にも慣れ、卒業する頃にはこの分野では誰にも負けないという自信が生まれたようです。また、研究に対する学生の達成感をより高めるために、研究で使っている「OAL(The Objects Affecting Landscape:環境影響物)」という言葉は学生に考えてもらいました。

-この研究をどのように発展させたいですか? -

2005年に「景観法」が全面施行された後、自治体ごとに景観計画区域が定められ、さまざまな地域で景観保護活動が行われるようになっています。ですが、それは計画区域内だけの景観保護です。例えば、計画区域から1km離れた場所に超高層マンションなどが建設された場合、景観計画区域にはどんな影響が及ぶかを定量的に出せないかと当初考えました。その建物が、良いものか悪いものかは別にして、景観に影響を与える「景観影響物(OAL)」と定義し、地域に与える影響が数値的に提示できれば、その数値に応じた規制をかけることも可能でしょうし、そのような発展も考えています。そして、3次元で地形や都市モデルが簡単に作成できれば、設計する際にも、手軽な景観シミュレーションの手法として使えるだろうと感じます。

-授業では今後どのようなことに取り組みたいですか? -

当初2次元のCADということで着任しましたが、当初から3次元もカリキュラムに取り入れてきたことで、評価も良く、就職先も広がったという経緯があります。中学生向けにVectorworksで3次元モデルをつくる公開講座も3年前から行っていて、できた3次元データを3Dプリンタで印刷して持ち帰ってもらっています。立体的な空間を把握しやすくするという意味で、3Dプリンタは専攻科だけでなく、建築学科の5年間の中でも活用したいと考えています。ですから、3次元モデルのその先の取り組みとして、3Dスキャナや3Dプリンタを活用して、デザインの基礎となるような、新しい取り組みや提案ができないかと考えています。


ー取材を終えてー

取材時、先生から「デジタル技術の進化で、デザインのとっかかりはすごく楽になった代わりに、到達点があまりに上にいってしまった」という話がでました。それはデザインの世界に限らないのだろうと感じます。とはいえ、CADなどのデザインの道具は、開発者の予想を超え使い手の応用力と発想力で使い方の幅がどんどん広がっていくのかもしれません。

エーアンドエー株式会社 CR推進課 竹内 真紀子

【取材協力】

都城工業高等専門学校 http://www.miyakonojo-nct.ac.jp/

建築学科 准教授 中村 裕文 氏

(取材:2013年5月)

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