ユーザ事例 & スペシャルレポート

窪田茂氏は、建築設計以外にもカフェをはじめとする飲食、インテリア、アパレルなど幅広いインテリア設計で実績を持つ建築家。特に店舗設計では、いまの時代を映し出し、さらに一歩先の未来を予感させるデザインで常に話題を集めてきました。

今回は、「メルセデス・ベンツ コネクション」と「今治タオル 南青山店」を具体例に、Vectorworksでの仕事術を探ります。


VOL.1「メルセデス・ベンツ コネクション」

ドイツ本社を納得させた設計プラン

六本木に期間限定でオープンした「メルセデス・ベンツ コネクション」では、コンペを経て、建物の設計から内装まですべてを担当しました。テーマは「興味を創造する」。メルセデス・ベンツという車の素晴らしさを改めて若い世代に伝えるための空間であること、つまり、メルセデス・ベンツに興味のない人たちが、抵抗なくこの空間に足を踏み入れてくれるきっかけにしたいと考えました。光る柱やギャラリースペースでの迫力ある映像など、すべてが「興味を創造する」ためにあります。

中でも、最初の受け口はカフェにしたかったんですね。クライアントの意向でもありますが、通りに面したカフェを利用してもらえれば、まずは第一段階がクリア。その向こうに実車が置いてあるのですが、普通のショールームだとちょっとでも車を見ていると話しかけられて買わされてしまうんじゃないか、と誰もが少なからず警戒心を持っていますよね。でも、ここではそういったことはしない。『人がいても声をかけられなさそう』と思ってもらえればそれでいいんです。

映像の流れているスクリーンもあるので、何となく近づいて車を見始める、そこで第二段階がクリア。あとは自然に車を見ることになるので、メルセデス・ベンツの格好良さに気づいてくれるだろう、と考えました。

全体的に、コンペ案がほぼそのまま採用されています。それまでのショールームは、ドイツ本社が定めた基準内での計画が要求されていましたが、今回はクライアント自身が、日本独自の空間で運営したいと強く希望されていたので、ドイツ本社側をデザインで説得しなければなりませんでした。日本のメルセデス・ベンツがドイツの本社を口説いて、日本独自で始めたプロジェクトだったんですよ。だから、カフェ等を中心としたメルセデス・ベンツブランドの情報発信拠点は世界中で、ここが初となります。最初のプレゼンテーションから模型は作っていたので、ドイツ本社を説得するために、その模型を持って行ってもらい、許諾を得ることができました。

複雑な柱のデザインが個性になる

当初から、カフェの他にレストラン、ラウンジ、テラスの空間を設けるアイデアを提案していました。僕の事務所ではスタッフも全員、Vectorworksを使っているので、最初から全てVectorworksの図面で提出します。家具の配置など細かい点は修正していきましたが、当初のイメージは大きく変更せずに進める事ができました。

著名な照明デザイナーである、ワークテクトの金田篤士さんに照明のデザインを依頼しオリジナルの照明を製作しました。光る柱は、柱で1日の陽の動きに合わせて色を変えるイメージだったので、朝は白っぽく、昼はオレンジ、夜は赤。夜空が赤くなる訳ではないけれど、街の灯りで妖艶になる印象の赤さです。

1階の壁面に映し出される映像はWOWに、2階のレストランとバーエリアの椅子はドリルデザインに依頼し、それぞれプロフェッショナルな力作でメルセデス・ベンツの世界を作り上げてくれました。すべてにおいて、“いかにもメルセデス”ではなくて、どこかに“メルセデスっぽさ”が感じられるようなさりげなさを残した、居心地の良い場所を目指しました。

六本木の店舗は、2013年1月14日までの期間限定ですが、1月18日からはすぐ近くで移転・新装オープンします。そちらはデザイン監修を担当しています。

VOL.2「今治タオル 南青山店」

タオルが主役になる空間

2012年6月、表参道のFrom 1stにオープンした「今治タオル 南青山店」は、今治タオルプロジェクトのクリエイティブディレクターを務める佐藤可士和さんから、直接声をかけていただいてスタートしました。

ここで取り扱われるのは、今治タオルとして一定の基準を満たしている証のオリジナルタグがついているタオル。もちろんタオルが主役になるわけですが、四国タオル工業組合の23社が手がける600種類以上ものタオルをどう見せればいいのか。可士和さんと話をしながら、まず格子のような棚をつくろうというアイデアが生まれました。

シンプルで繊細な日本らしさと、格子パターンの組み合わせです。つまり、ミニマムな材料でミニマムなデザインにしよう、と。どこまで部材を繊細にできるか、探りながら進めていきました。最初は、20ミリ幅の柱と板で構成し、自分たちでサンプルを作ってみたところ、ちょっと太い感じだったので、もっと細く、18ミリ角にしてほしいと依頼しました。加えて、組子のように18ミリの柱と棚板の両方に切り欠きをいれて、組み合わせるようにしたい、と。

さらに7メートルの壁面全体を1体にしたいから、その精度で作ってくれと依頼したら、『それは到底できない』と木工所に断られてしまって(苦笑)。実際、人の手で作るものなので、一番上と下の組み合わせ部分が1ミリずれただけで全体が傾いてしまいますからね。遊びが作れないので、相当な精度で仕上げなければならない。断られるのも当然なんです。

でもあきらめきれずに、設計変更や調整を重ねながら、なんとか作ってもらうことができました。しかも、釘を1本も使わずに、ホゾを作って組み合わせる、理想的な形です。繊細で、作り方も見た目にも日本的な棚は、タオルのための完璧なしつらえになりました。途中で何度もスチールや他の素材にしようかと考えましたが、木の枠がベストです。何カ所か継ぎが入っていますが、たわみが全く出ず、白いタオルを最高に引き立てる壁面が完成しました。

0.1ミリ単位のデザインを

18ミリ幅の柱と板で作った棚でも苦労しましたが、もうひとつ大変だったのが店内中央に設置したテーブルです。長さが5メートルあるのですが、実はひと続きで作っているんですよ。機能としては、真ん中のテーブルでタオルを大きく広げ、寸法や柄を確認しながら買物するための場所です。タオルの洗い方などのセミナーをすることも計画していると聞いたので、テーブルを囲めるよう、下にベンチ状の台を作って、引き出して使ってもらえる工夫をしました。既存の内部空間には手を入れず、無駄な設備を取り払っただけで、ほとんどそのまま白く塗装しました。サッシなど見せたくないところは壁で隠していますが、良い意味での緊張感が出ていると思います。とにかくミニマムな仕上がりです。

特に棚のピッチやテーブルは、製作できる高さが決まっていたので、図面上で0.1ミリ単位のシミュレーションを繰り返しましたね。強度の問題や、使い勝手や動線の検討も加え、スタッフがタオルをパッキングするスペースを確保したり、包材をしまっておく場所を細かく設定したり、人が座ることを考慮したり…。図面では、棚数やトレイの数、椅子になる場所の設定、商品名や価格を掲示するPOPまで地味に細かく何度も描き直しながら検討しました。僕らの図面は意外と細かいですよ(笑)。

VOL.3「Vectorworksの便利な機能」

複雑な形状を描き込む

六本木の「メルセデス・ベンツ コネクション」の設計時を振り返ると、図面を描く上で大変だったのはやっぱり柱ですね。1本1本が全て異なる形で、カットも不規則。空間に合わせた計算から導いたサイズを基に、面で展開して作り込んでいきました。それがとにかく大変で(笑)。

柱に限らず、図面上だけで複雑な仕組みを描こうとすると相当苦労するので、3Dと2Dを行き来できるVectorworksの操作性は良いです。3Dをそのまま図面にできたり、3Dの見たいところを切り取ると断面図としても使える点は非常に優れていますね。

「今治タオル」の設計時には、VectorworksでCGも立ち上げましたし、レンダリングにも使っています。パースで面にグラデーションをかける機能を相当使いましたね。

同じく、佐藤可士和さんのディレクションで僕らがデザイン設計した「SUIT SELECT」の旗艦店が、2012年10月に恵比寿にオープンしたのですが、それらもすべてVectorworksだけで進めてきました。外部を全面ステンレス張りで、3階までバキッとした存在感のある建物に完成しています。

3Dのイメージにも近づく使い勝手

僕が就職した頃はまだ、図面は手描きの時代。当時、務めていた事務所で少しずつコンピュータが使われるようになってからは、AutoCADを使っていました。でも自分でパソコンを買って、CADをやろうと思ったときはMiniCADですね。その後、1999年に独立した時から現在までずっと、Vectorworksです。最初に買ったパソコンが、Mac。だから必然的にMiniCADだったとも言えますが、当時からクリエイティブ系の事務所はMacが主流だったので、自然にMacを選んだような気がします。もちろん、Macはプロダクトとしても最高ですから。

今は事務所でもスタッフ全員が、MacでVectorworksを使っています。僕はアイデアを出すときは手描きですし、スタッフも手描きスケッチをすることもありますが、図面を描き、ボリューム出すのも、レンダリングもVectorworksです。直感的に使えるし、面の情報を広く使えることや、色づけがしやすいのがいいですね。家具や人物などのパーツはスタッフ全員で共有して、新しく作ったらそれも共有しています。

10人ほどスタッフがいるので、僕がCADを使うことは少なくなりましたが、現場や海外出張で、スタッフから図面を送ってもらったり、そのチェックを伝えたり…。メインマシンのMacBook Airでも、Vectorworksのデータはストレスなく動かせます。

いつも同時進行で、20から30の案件を抱えていますが、施工業者とのデータのやり取りにも問題なく、安心して使い続けているソフトがVectorworksですね。

この事例はJDNの許可により「 ジャパンデザインネット」で2012年12月5日より掲載された記事をもとに編集したものです。

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