ユーザ事例 & スペシャルレポート

文田昭仁氏は、店舗デザイン業界大手であるリックデザインを経て1995年に独立。以来、数多くのアパレルブティックやショールームを手がけてきた。代表作である「日産銀座ギャラリー」や「東京モーターショー日産ブース(2002年)」などの革新性は今なお語られる。店舗デザインの現場におけるVectorworksの文田昭仁流活用術を、近年手がけた事例を通して紹介する。


イメージ、スケッチ、CAD図面の一体感

理想を現実に落とし込む

店舗デザインの仕事のスタートは、区画図面を受け取るところから始まります。定期的に手がけているアパレルの物件などでしたら、百貨店や商業施設に出店が決まったタイミングで売場の図面を渡されます。まったく新規に手がける物件も同じように、場所が確定した段階から参加していきます。

僕は基本的に、クライアントの要望や理想はすべて聞いて、それがどうやったら実現できるかどうかを考えるタイプです。僕自身も常に成長していきたいと考えているので、自分のキャパシティを越える要望だったとしても、それは僕にとってもチャレンジになると思っています。もしクライアントの理想があまりにも膨らみ過ぎていたら、それを現実に落とし込むように、徐々に具体化していきます。

最初からCAD図面でデザインを提案しますね。僕自身のデザインがおおよそ整ってきたら、スケッチをスタッフに渡します。スタッフは僕のスケッチを解釈しながらCAD図面にしていきます。スタッフが単なる“図面描き屋”にならないように、彼ら自身が思考しながら描くプロセスがあることが、成長のプロセスに欠かせないと考えています。描いたCAD図面の出力に、僕がペンで指示や再検討してほしい部分を実際に描き加えて戻す、といったことを繰り返しながら、デ ザインの精度を上げていきます。

通常は模型を作りません。理由としては、2次元で進めていれば修正も臨機応変にできるというCADのメリットが大きいのですが、模型を作ったというリアルな作業の充実感やスタッフの苦労を思うと、ダメ出しの決意が鈍るというか(苦笑)。もちろん、僕自身が手描きの世代なので2次元の図面から3次元をイメージすることに問題はありませんし、若いスタッフにも図面の読解力、実際の空間を想像する力は必要だと思っています。こうした考えのベースがあってのことです。とはいえ、特殊な立体形を提案する場合には、ラフな3Dデータを作ったり模型を作ることはあります。イメージした形を確かめ、実際に作れる形なのかど うか検証するためです。

Vectorworksの線で色を意識的に使い分ける

図面を描く上では、“どうしたら伝わるか”ということを、最も重視しています。VectorworksのCAD図面は自分の手のスケッチの延長線上にあって、より高い精度で自分のイメージを確かめられるものです。

図面上で意識的に使い分けているのは、色です。同じ細さの線でも黒と赤と黄色で色分けして、それをモノクロでプリントすると、色によって線に強弱が出ますよね。そのニュアンスで奥行き感や強調したい部分を示しています。

最近はデータで図面の提出を求められることも多いのですが、相手方がモノクロでコピーすることまで想定すると、色がついている図面データが、そのままモノクロになっても同じように分かってもらえるようでなければいけませんよね。スタッフにも『色がなくなった途端に分かりづらくなる図面はダメだよ』と常に言っています。この色分けも、階調を少しでも増やすためにスタッフが考案した手法です。

自分のことを振り返ると、ドラフターからMacに乗り換えた当時、CADに変えたときは感覚が慣れないせいもあって、なんだか気持ち悪かったんですね。やけにペタっとした図面に感じられてしまって…図面は3次元のものをいかに2次元でイメージさせるかが大事だと思っていたので、多少の違和感はありました。

いまは、図面のルールをガチガチに管理しているわけではないのですが、事務所内ではこうした色使いは共通ルールとして運用しています。新しく入ってきたスタッフにもすぐに理解してもらえますよ。みなさんにも、どんどん真似してほしい手法です(笑)

「CORE JEWELS」の場合

初のショールームに期待する想いを具現化する

よくクライアントから出されるキーワードに、<クラシックと未来的なスタイルの融合>があります。僕のデザインは未来的なイメージを抱かれることが多く、そこにクラシックなセンスを掛け合わせるとどうなるんだろう、と期待してくださる方が多いのだと思います。「COREJEWELS」のケースもそうでした。

初めてお引き受けするクライアントでしたので、いきなりデザインに取りかかる前にいろいろな話をしました。「CORE JEWELS」にとって初めての直営店なので、クライアントは迷いや不安もお持ちでした。

こうした場合は特に、細かく話を聞きながら、どのような空間を目指すのか、あらゆる方向からアイデアを出し、相手の意見に耳を傾ける時間が大切です。かなり具体的な希望を持っていらっしゃるクライアントもいれば、まったく白紙の状態で依頼される場合もあります。「COREJEWELS」はモノを作っている集団で、若い人たちの集まりでもあったので、デザインに強い思い入れをお持ちでした。

最終的に白っぽい空間に仕上がっていますが、「CORE JEWELS」の主力商品がブラックダイヤモンドを使ったジュエリーなので、当初は真っ黒くするアイデアもありました。店舗がある建物のエントランス部分は、地下1階からの吹き抜け構造になっていて、その中央にブリッジがかかり、お客さまはそこから入店してきます。吹き抜けとは言っても階層の間はガラスブロックで仕切られていて、雨風を防ぎ人の気配も中和しつつ、上下階に光だけ拡散する仕上げです。この建物の1Fが物件でした。ブリッジを中心にしたシンメトリーな配置となっており、左右2つに分かれた両方の区画を使うことが条件でした。そこで、水回りを含めて「コ」の字型の区画と考えて、3方の壁を生かす方向でデザインを検討していきました。

什器の細部まで、Vectorworksで描き込む

ある段階までデザインが固まってきたら、具体的な家具や什器を含めて平面図と展開図の両方を描いていきます。このときは、蓋が回転して開閉するドラム状のショーケースや、クラシックな要素を肥大化させてシンボリックにしたケースを特別に作る、などの提案をしました。

提案とはいえ、図面になったらそれは実現可能という意味です。後から『実はできませんでした』は許されません。ですから、どうやったら作ることができるのか、特殊な素材を用いるのだったらどこまでが現実的なのか、あらかじめ工務店や施工業者に相談しておきます。

最終的に、菱形のモチーフをデザインのポイントにすることに決めました。それをカウンターの腰の部分に入れたり、照明の演出で表現したり、といった具体案を加えていきました。

今回の物件は、天井がとても低くて(編注:スラブ高2470mm)、設備を仕込むことができず、空調機器は家庭用の壁掛けエアコンを設置するしか選択肢がありませんでした。でも、ブラックダイヤモンドを扱う店舗に、壁掛けエアコンはふさわしくありません。

そこで、壁面の隆起しているデザインをそのまま天井にも反映させ、部分的に天井をわざと下げて、その斜めのラインとカウンターの側面に施したデザインや壁面のでっぱり部分が呼応するような形に設計しました。そのでっぱりに、照明や空調設備等を収め、結果的に壁面と什器の多面体が表現するシンボリックなデザ インになったと思います。

「CORE JEWELS」は、受注から竣工までは約4カ月(2010年7月から10月)でした。平均的には受注から3カ月程度で竣工を迎えることが多いです。

「DCMX SITE + SMBC」の場合

3Dと図面で複雑な立体を作り上げる

「DCMX SITE + SMBC」の特徴は、複雑な形状の天井でしょう。DCMXは当時のNTTドコモが始めた新しいカードビジネスで、Xは“未知なるもの”、これから拡大して成長していく期待を込めたXでもある、とオリエンテーション時にうかがったので、空間も固定されすぎず、こじんまりと収まらない感覚を大事にしました。

アイデアはすぐに浮かびましたが、本当に作れるかどうか…スケッチしたものがそのまま具現化できれば問題ありませんが、実現性を最初から考えなくてはなりません。最終的にうまくいきましたが、振り返ると、手描きの時代には断念したかもしれないな、と思うデザインですね。

ラフなスケッチをベースに、まず物件全体の3Dを作ってもらってアイデアが成立するかどうか確かめる、という普段とは少し違ったアプローチで進めました。図面にあたり線を入れながらバランスを見極め、また修正する。複雑な天井の形を実現するために、通常であれば手描きスケッチで検討する段階から3D化して、成立する根拠を持ちながら形のバランスを考えつつ、変更していく方法です。

施工業者へ伝える方法も工夫しました。より具体的に伝えるために用意したのは、CTスキャンのような、90センチごとの断面図です。直感的に分かりやすいようにパーツごとに色分けして確認しながら作成していきました。それら約83枚の断面図を、天井伏図と対応するように作成し、斜めのパーツが重なり合っている状態を表現しました。今見ても、普通はこれ、作りたいと思いませんね(笑)。

施工時には、あらかじめ軽量鉄骨を溶接して組み上げた骨組みを搬入し、現場でさらに組み立てていきました。天井から吊るのですが、現場に入ってみると(まあ、これもよくあることなのですが)図面には描かれていない部材や設備があり、場所を調整したりしました。

僕が金物に対して厳しいことは施工業者の方々も良く知ってくれているので、それに応えるべく、細かい部分までチェックします。そうした現場には、どれだけマニアックな注文をうるさく言っても、難しい注文にこそ応えてくれる職人さんがいるもので、そういう人と出会えると僕もノリノリになりますね(笑)。このときは、複雑な天井のデザインということもありましたし、スケッチを描いて検証する時間もあったので、CAD図面の描き直しも多かった方だと思います。施工図面は施工業者さんに改めて引いてもらいます。施工を担当する立場の方が描くことによって、設計意図の理解も深まり、施工上の疑問点が明らかにな ることもありますので、必要な役割分担だと思います。

手描きと併用してこそ活きるVectorworks

ツールとしてVectorworksを選んだのは、1997年にMacを導入した当時、仕事仲間やインテリア関係の人たちの間ではすでにVectorworksが定着していたから自然な流れでした。

正直、僕自身ではなくてスタッフのほうが使いこなしてくれています(笑)。僕の事務所に入ってくるスタッフは、学校でもVectorworksの基本を学んでいるからすぐに使いこなしてくれていますね。他にはIllustratorとPhotoshop、3DソフトはformZを使っています。

スタッフにも手を動かすのは大切だと常々言っています。たとえば、『ここの部分どうしましょう?』と質問されたら、『どこを聞きたいのか手描きで説明してみて』と言います。『ここをどう収めたらいいかわからない』という場合には、『何が問題だと思っているのか、絵に描いて僕に伝えて』と。そうすることで描く力や説明する力がつきますし、もっとリアルに理解することもできるはずです。

僕も新人のときは、先輩に言われた図面を描いて、間違いを指摘されて直すことを繰り返していました。単に正確な図面を早く仕上げるだけなら外部ブレーンに発注すればいい。CAD図面を描くのは成果物を作ることだけが目的ではないと考えています。

基本のデザインはFUMITA DESIGN OFFICEとして僕自身が手がけますが、それをブラッシュアップするプロセスはスタッフに委ねる面もあります。最初からVectorworksで描いて進めた方がよいものと、いちど手を通して立体的に把握してから進めた方がよいものがあると思うんです。いまの時代には、その両方を使いこなすのが理想形ではないでしょうか。

 

この事例はJDNの許可により「 ジャパンデザインネット」で2012年7月25日より掲載された記事をもとに編集したものです。

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