ユーザ事例 & スペシャルレポート

空間システム研究所を主催する笹敦氏は、90年代英国の、デジタル技術と建築の実験的な研究の先駆に学び、同時代にリチャード・ロジャースの事務所で、高度に構築されたCADシステムに触れた。それから20年。今、笹氏が考えるPCの未来。


Vectorworks Design Pick Up 07

やがて、PCはツールを超えて ひとりの良きパートナーとなる。

1990年代の始め、ロンドンAAスクールに進んだ私は、当時は非常に高価だったPCが各研究室に配備されているのに驚きました。日本ではまだPCは身近なツールでなく、鉛筆で繊細に描かれ、陰影で真っ黒になる図面が良いとされていた時代です。当時の私は、PCは自分からいちばん縁遠いツールだと思っていました。だからこそ逆に、AAでは、コンピュータをメインとしたユニットを選択しようと考えたのです。コンセプトが本当にロジカルなら、ロジックサーキットに条件を入れると解答は整然と引き出される。建築をそういう形でつくることはできないか。担当テューターのジョン・フレイザーは、当時まだ存命だったセドリック・プライスといっしょに図面を描かず、PCモニタと対話するように、生物の筋肉のシステムや脳内の神経ネットワークの研究に没頭し、ネットワークで結ばれた透明ボックスに光が走るモデルを製作して、これこそが建築なのだと語っていました。CADや3Dレンダリングを、鉛筆や絵筆の代替として使うのではなく、PCがシリコンチップの中でロジカルに建築を構築していくという考え方。正直、当時の私には違和感があったことは否めません。

私が本格的にCADに触れたのは、AAの後、入所したリチャード・ロジャースの事務所です。驚いたことに、当時のロジャースの事務所では、すべてのデスクにPCが設置され、既に所内のネットワークも構築されており、設計チームとは別にCADをオーガナイズするチームが独立していて、そこがファイリングやプロジェクトごとのCADデータの整合性を検証していました。当時、事務所でよく言われたのは、PCを設計に利用して結果的に手に戻すということ。だから3Dレンダリングを出力した紙を、トレペにトレースし直したり、出力に着色してプレゼンテーションに使っていました。そうしたルールがどのように生まれたのかはわかりません。でも、実は今も当時のやりかたを踏襲して設計を進めています。改めて考えてみると、人間の本質は人間自身にあり、最終的にはどうしても一度自分の感覚で検証してみたいのだと思います。何のために建築をつくっているのかということを体で確かめて、その建築の存在意義を再確認するのが一番間違いないですから。

PCを作図やアルゴリズミックデザインの手段としてだけ使っても、天才的に作図が上手な人間がいたら意味はなくなる。今、思うと、20年前のAAでは「それ」を超えようとしていた。その後、CADの技術はどんどん進化しているけれど、未だCADと設計の本質は20年前と大きく変わっていない。ジョン・フレイザーが夢みたように、PCでしかできないような建築が創造できるなら、状況は大きく変わるでしょう。間違いなく、PCは人間の手の代替ツールから、人工知能の方向に向かい、その本質はロボティクスの進化とともに生命に近づいていくと考えている。PCが優秀なスタッフになる日が、近い将来やってくるかもしれません。

 

(新建築:2011年11月号掲載)

この事例のPDFファイルをダウンロードする

 

記載されている会社名及び商品名などは該当する各社の商標または登録商標です。 製品の仕様は予告なく変更することがあります。