ユーザ事例 & スペシャルレポート

東京・渋谷で建築+デザイン事務所イッスンとして活動を続けるデザイナー、田中行氏。建築、空間からプロダクトまで、氏がデザインするフィールドは実に広く、そのさまざまなスケールのイメージを具現化するための道具として、氏は長年Vectorworksを愛用している。ここでは作品紹介とともに、デザインツールとしてのVectorworksの魅力を語っていただいた。


インテリアもプロダクトも

--まずこれまでの活動内容を簡単に振り返っていただけますか。

田中:武蔵野美術大学を卒業後、内田繁、西岡徹、三橋いく代の3トップ時代のスタジオ80に5年間在籍しました。すでにバブル崩壊後でしたが、インテリアを中心に、バブル時に計画された大きなホテルなどの案件を手掛けていました。その当時はまだAutoCADがMS-DOS上で動いていた時代で、私が入社したばかりの頃に会社として初めて導入しました。新入社員がまず覚えさせられたのですが、誰もわけも分からず大変でした(笑)。2Dと3D、両方ありましたが、当時の3Dはまだ開発途上といった感じで、本当に難しくて手探りでした。

内田さんの下で5年間、家具やプロダクト、商品開発にも携わって、オールラウンドにやらせていただきました。退職後は、1年間充電しつつ、海外に行きたかったので、内田さんにフランスにあるマルチーヌ・ブダン事務所を紹介していただき半年ほどそこで働きました。そこで初めてフランス語版のMiniCAD(現Vectorworks)を使いました。あの当時のMiniCADは本当に簡単で、フランス語は分かりませんが、操作も単純だったし、ツールも少なかったので、サクサクと使いこなせました。

その後、建築士の資格をとるために関西の実家に戻って、建築事務所でアルバイトをしました。そのときに、JW-CADと、AutoCADを触って、その後Vectorworksを初めて触りました。その頃はもうWindows主流の時代でしたね。そして東京で独立して、デベロッパーさんの住宅の仕事をメインにデザイン活動を再開しました。その頃、桐山登士樹さんに富山デザインウェーブのワークショップのお誘いをいただき、独立後初めてプロダクトデザインを行いました。ガラスがテーマでしたので、3日間で「ぴー、ぽー」を作ったんです。

「ぴー、ぽー」は吹きガラスしかできない、作為的じゃないカタチを念頭においてデザインしました。吹きガラスの造形は、息を吹きかけて遠心力と重力によるものなんですね。人の手だけではできない形、その美を求めました。

--デザインは、吹きガラスでこういう形状が作ることができるという想定の上でイメージしたのですか。

田中:そうですね。富山のワークショップに参加する前に、夏休みの3日間、東京国際ガラス学院の講座に参加して、まず自分でやってみました。そこで「コントロールするのがこんなに難しいんだ」って実感しました(笑)。スタジオ80時代にガラスの照明器具の開発もしていたので、おおよその工程は分かっていたんですけど。

--武蔵野美術大学を卒業後、内田繁氏のスタジオに入られたのは、そもそも建築やインテリアデザイナーを目指していたのですか?

田中:その当時の建築は、磯崎新さんなど、ポストモダン全盛でスケールアウトしていて、とても身近な感じじゃなかったんですね。私はより身近なスケールのものをしたかった。例えば、窓の寸法や間隔などを詰めたかったのですが、あの当時は夢のような建築が多く、まだまだバブルでした。私はもっと小さいことや細かいことをやりたいなって思っていて、それでスタジオ80が新卒を募集していたので、飛び込んだって感じです。

--当時は具体的にはどのようなデザインをされましたか?

田中:商業施設のインテリアデザインもやりましたし、建築学科を出ていたので、長崎県の釣り公園の公園計画とかも任せられ、島まるごと公園みたいなのを手掛けさせていただきました。

--DOS時代からCADツールを使っていると、後々楽ですよね。

田中:最初のコンピュータはNECのPC-9801でした。当時はコマンドラインから××.exeと打ち込んで実行、といった使い方でしたから今とはまったく違いますよね。

「SOLARIS」から「曲げわっぱ」まで

--ガラスの作品「ぴー、ぽー」の後、プロダクト関連では現在に至るまでどのような活動をされて
きましたか。

田中:「ぴー、ぽー」の評判がよく、その後にプロダクトデザイナーの梶本博司さんから、Lampas(貝印)さんのデザインプロジェクト「Kai House商品開発プロジェクト」があるから参加しないかと誘っていただいて、そこで初めて企業の方と商品開発を行いました。それが「SOLARIS」ですね。

--建築やインテリア、空間を主に手掛けられてきて、プロダクトデザインに違和感などはなかったですか?

田中:むしろ同時に両方手掛ける時の方が、どちらもはかどります。片方だけだと煮詰まる場合もありますし。空間を考えてCADを描いていくなかで、そこに相応しいプロダクトがふと浮かぶこともあります。建築系もプロダクトも、両方動いている方が自分のモチベーションを高く維持できますし、スムーズにアイデアが出ます。

--プロダクトに関しても空間ありきでイメージされているんですか?

田中:「SOLARIS」の場合は、それを意識してくださいって言われました。素材そのものが一番きれいに美しく見せれるかっていうのをやりたいなっていうところがあって、アクリルやガラスをすごく研究しました。

--SOLARISのデザインはどのように進められたのでしょうか?

田中:SOLARISは、スケッチを描かなかったんですけど、頭の中で3軸で9つの輪を回転させて、バスケットツールにできるのではと思いついて、すぐにバッーっとVectorworksで描きました。これはCADにしかできないなと思って。自分の考えていたことがとりあえず形になるかを確認して、太さのバリエーションなどを検討し、レンダリングしない状態で構造をクライアントにプレゼンテーションして、即決でした(笑)。

--アイデアの段階からVectorworksを使って?

田中:はい。このデザインは当初、アクリルとABSでモックアップを作ってもらって発表しました。「SOLARIS」という名前のように、元々はクリアでスペースチックなイメージのモノにしたかったんです。その後に、この形状は樹脂だと金型が9つ必要で、コスト的に無理となって。クライアントに言われるまで木で作ることは全然想定していなかったんです(笑)。ただ、木で輪っかを作るとなったら、曲げわっぱが浮かび、秋田大館の曲げわっぱメーカーに電話して制作を依頼しました。

--なるほど、SOLARISは当初アクリルのイメージだったとは意外でした。現在はインテリア系とプロダクト系両面でご活躍ですが、たしかに田中さんのプロダクトは機能を形にという面だけではなく、空間に置かれたときの存在感を常に大切にされているような印象があります。

田中:現在はインテリアがメインですが、SOLARISつながりで、5年計画の曲げわっぱプロジェクトで現在、お弁当箱「軌/MICHI」「花/HANA」「軌々/KIKI」など1年に数アイテム開発しています。

Vectorworksを選んだ理由

--話は前後しますが、CADツールにVectorworksを選ばれた経緯をお話ください。

田中:東京に戻る前に、手伝っていた関西の建築設計事務所がVectorworksを使っていて、プレゼンテーションの時、面に色を塗れるのがいいなと思いました。モデリングも比較的簡単ですし、私はアイデア、検証などデザインの初期の段階から3 Dを使いたいので、それならVectorworksだなと思いました。

--インテリアもプロダクトもCADはVectorworksですか?

田中:はい、そうですね。先ほども述べましたが、Vectorworksはモデリングも簡単に作成できます。2Dで作成した図面を元に3Dでモデリングしたり、また逆に3Dでモデリングしたものを2Dの図面に落としたりと2Dと3Dを行き来できるのがいいですね。インテリアだと空間のボリュームの確認ができますし、プロダクトだとディテールの確認をしたりと重宝しています。

--田中さんのデザインのワークフローですが、最初は手描きのスケッチから始まるんですか?

田中:モノによりますね。手描きのときもありますし。空間デザインの場合は、たいてい最初からVectorworksをスケッチレベルで使っています。すごく便利なのは、平面の壁ツールを使うとすぐ立体を起こせるので、早いですよね。模型を作らなくてもスタディレベルで様子が分かるのも便利です。最近はプロダクト以外は模型を作らなくなりました。

--ではプレゼンテーションはレンダリング画像中心ですか。

田中:そうですね。私の場合はリアルなレンダリングは作らず、ラフの段階で見ていただきます。照明の具合と色の確認がメインですので。レイアウトに関しては平面図で見ていただきます。

--フォトリアルなレンダリングは行わないのですか。

田中:そうですね。リアリティよりは色を重視しています。Renderworksも入れてますけど、照明の確認用です。照明デザイナーさんから上がってきたプロットをもう1回入れてみて、画面上で調整します。最終的なプレゼンテーション資料はPhotoshopで仕上げています。その方が早いですね。ライティングやレンダリングのセッティングにこだわるより、お絵かきの方が得意なので(笑)。
あと、空間デザインにはグラフィックの要素が入ってくるので、サインなどにはIllustratorを用いたりもします。

モデリングツールとしてのVectorworks

--例えば店舗デザインの場合など、椅子1つひとつまでモデリングされるのですか。

田中:はい、すべてVectorworksで作っています。特に椅子は、人間工学的とまではいいませんが、背もたれの角度まで全部詰めています。施工業者やメーカーにデータを渡し、試作ができたらウレタンやバランスの確認など工場で行います。

--モデリングツールとしてのVectorworksのメリットはどういう点ですか?

田中:最近は便利な機能が増えてきて、私も覚え切れていないのですけど、なにより操作が分かりやすい点ではないでしょうか。あと、特に色にこだわる方なので、素材や質感などの表現も比較的楽な点が助かります。実は個人的には3Dの操作がまだVectorworksや他の3Dソフトでやり切れてなくて。

--思い通りの形状制作は可能ですか?

田中:昨年バージョンアップしたばかりで、いまだにオペレーションも遠回りしているのかもしれません。常にコンピュータにしかできないものにチャレンジしたいなって思っているんですけどね(笑)。あと「壁ツール」はすごく便利です。2010年度まで、インテリアデザイン・コーディネーター専門学校ICSでインテリアデザインを教えていたのですが、「壁ツールを使いなさい」と言っても意外に生徒の大半が知らなくて。平面を描きながら立体化でき、スタディに使えると教えていました。

自在なスケール表現がVectorworksならではのメリット

--現在までさまざまなCAD関連ツールをお使いだと思いますが、Vectorworksならではのメリットとか、これが一番いいなと思うポイントはありますか?

田中:やはりインテリアなどで、正しい寸法できっちり描けることです。スケールを全部変える、スケールをまたげる、それで1枚の風景にできるっていうのが重要なので。クラスやレイヤを細かく設定し、椅子にしても10分の1と部分詳細の原寸などを、A3サイズ内に入るように図面化できるので、形状を説明しやすいです。それとVectorworksはレイヤごとに3Dにできるので、例えばお弁当箱「曲げわっぱ」の仕組みを検討、説明するときなどにすごく便利ですね。それと色に関してですね。Vectorworksは色が豊富だし、カスタムカラーも作れます。それはすごくいいですね。Photoshopに持っていっても違和感ない感じになってきています。これまでのバージョンではそこが物足りなかったのですが。

--Vectorworksで質感表現も行いますか?

田中:テクスチャはフラットですね。どんなに凝っても違和感は残るので、だったらお絵かきした方がいいと思っています。Vectorworksの負荷をかけずに、一番早くあがる状態にして、Photoshopで加工します。私の場合はその方が時間を掛けずに済みますので(笑)。そういう意味ではCADにそんなに多くの機能を望んでいるわけではないんですよね。むしろ適材適所にソフトを使い分けたいほうです。照明も入れ過ぎちゃうと、レンダリングに時間が掛かるので、見えないところを間引いたりする工夫はしています。仕事ではできるだけ早くアウトプットすることが大切です。

--ちなみに実際の下流工程へのデータ渡しというのは、図面ですか? CADデータですか?

田中:クライアントによって変わります。施工業者さんにはデータと図面と両方渡すことが多いです。

--機能的にはもう十分?

田中:あえて言えば、照明の設定をもう少し簡単に行いたいです。けっこう難しいですね。モデリングよりも、照明に時間が掛かってしまうこともあります。自分の思い描く照明がなかなかうまくいかない場合があります。内観などは白いのに黒くなったり。ちょっと困っています。

--そういった照明設定にはTipsがあるようです。

田中:そうですよね、私はプロダクトデザインでも凝ったレンダリングは行わないので、知らないだけなんですね(笑)。

--最後に、今後作ってみたいモノはありますか?

田中:型生産の工業製品はやってみたいです。樹脂やアルミ製品、携帯電話などですね。例えばこの時計は銅で作りました。発表はしましたが商品化にはなっていません。3種類の銅を組み合わせて、当初は組み手で考え、製作側との打ち合わせ後にダボ継ぎの仕組みをVectorworksで描いて、クリアランス寸法の微調整まで行いました。

--銅は溶接しているわけではないのですね。

田中:違います。ダボ継ぎしています。

--量産できそうですけどね。高くなってしまうんですか?

田中:そうですね。これは細かい形状ができるロウ(ワックス)を利用した消失型鋳造法の一種のロストワックスで作っています。ですから、ここまで高い精度が出せるんですけど。

--銅の微妙な色の違いがいいですよね。

田中:亜鉛や錫の含有量などが異なる3種類の銅合金の素材を用いました。素材フェチみたいなこだわりですね(笑)。

【取材協力】

建築+デザイン事務所イッスン http://www.yukitanaka.biz/

田中 行 氏

 

この事例はカラーズ有限会社の許可により「pdWEB」で2011年6月29日より掲載された記事をもとに編集したものです。

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