ユーザ事例 & スペシャルレポート

2010年の国内外のデザイン賞を総なめにした「ナインアワーズ京都寺町(=9h)」。クリエイティブディレクション・プロダクトデザインに柴田文江氏、サイン&グラフィックデザインに廣村正彰氏、そしてインテリアデザインを手がけたのがナカムラデザイン事務所・中村隆秋氏です。中村氏にとって、Vectorworksはデザインワークのすべてのプロセスを担うツール。

「コラボレーションではなくフォーメーション」と廣村氏が表現したデザインチームが、カプセルホテルという空間をどのように構築していったのか。デジタルに頼りきるのではなく、身体感覚を大切にしながらデジタルとアナログをバランスよく使いこなすセンスに迫ります。


導かれたキーワードがシームレス

「インテリアデザインのコンセプトは “シームレス" です。先行していたホテル全体のコンセプトやカプセルのデザインからインスパイアされました。

たとえば、ジョイントの見えない加工ができるマテリアルや、象嵌やプリント等のフラットな仕上がりになる工法や、合理的で整合性のとれたシンプルなデザインによって、什器やサインや空間と一体化させました。

お客様のアクティビティーをスムーズに誘導するために、各階の通路片側にホテルのオペレーションの流れに合わせ機能を配置するレイアウトとしています。

色彩計画は、パブリックスペースからプライベートスペースにかけて、ホワイト→グレー→ブラックへと、その場の機能とオープン度に合わせてグラデーションさせました。カプセルには、光で目覚めをサポートする寝室環境システムが搭載してあります。

そのコンセプトを応用して、各階、各室ごとに間接光で時間の経過に合わせた光環境を作れるように調光をプログラムしました」「完成後、実際に訪れてみると、プロダクト製品のような質の高さが凝縮できたと実感しました。インテリアデザインがまるで既製品のような完成度の佇まいと言うか‥‥‥それが9hが目指していたクオリティだと思います。

各所の素材や細部への配慮が徹底していて、その集積が作る統一感ある空間。まさに、プロダクトとインテリアの融合でした。柴田さんが目指す方向を全員が見つめ、各自がそこに向かって進んで行く体勢だったからこそ、成し得たプロジェクトです」

3者のフォーメーションをつなぐVectorworks

「今回の9hではプロダクトデザイナーの柴田さんやサインを担当した廣村さんとお互いの領域を超えて、フォーメーションを組んで進めていったわけですが、異分野という感覚はありません。廣村さんをはじめサインデザインは隣接領域なので他の仕事でもご一緒しますが、私自身はプロダクトデザイナーと仕事をすることが普段はないので、とても新鮮でした。私が図面化して、柴田さんに渡して検討してもらい、手が加えられて戻ってくる、というやりとりです」

「平面プランが決まって、基本的なデザインの方向性がまとまっていく中で、私がラフスケッチを進めます。この段階では、トレペで原寸の手描きスケッチを重ねていくということを大切にしています。事務所では寸法関係などのディテールを手描きでおさえてから、Vectorworksを使って図面化しています。

もちろんVectorworksで原寸を出力することもできるのですが、まず手で描く感覚が大事だと思っています。その場で原寸で感じ取れるということ、細部を思考しながらトレペを数枚重ねていくというデザインのプロセスを大切にしています。

あとはリアリティ。目の前で原寸で見るということ。モニタ画面ではなくて、ドラフターの前で実感するリアリティが重要だと思っています。そのためにトレペに直接、手で描いて原寸を確認していきます」

「スケッチを描いて、事務所のスタッフがVectorworksで詳細図を起こします。この詳細図については、柴田さんや廣村さんに詳しく説明することはしません。それぞれがプロなので、細かい領域の説明は必要ありません。打ち合わせは、素材そのものについて検討したり、Vectorworksで制作したパースを広げたりしながら、進めていきました」

ワイヤーフレームの方がドライで良い

「パースによる表現方法は、ワイヤーフレームモデルからレンダリングされたリアルなモデルまで、プロジェクトに合わせて使い分けています。9hはプレスリリースの作成を予定していたので、プレスリリース用に外部へ発注してリアルな完成予想図を制作しましょうか、と話していたこともありました。が、柴田さんも廣村さんも、まったく必要ない、という考えでした。

通常はワイヤーフレームのパースではなく、レンダリングもしています。9hは白が多いのでレンダリング後のデータだと分かりづらい、と思っていました。そうしたら、ワイヤーフレームの方がドライで良いんじゃないかという意見に落ち着いたんです。空間の中での形や存在感を見せるためには、むしろリアルなパースよりもワイヤーフレームでコンセプトが十分、伝わることもありますから」

人間の身体から空間へ、
“入隅(いりすみ)の15R" というディテールがつなぐプロダクトとインテリア

「柴田さんは、パースを見て修正点を指示されたり、こちらで作成した図面をもとに、柴田さんが新たな図面を引いて検討することもありました。それを受ける形で、私がディテールを咀嚼して描き直しながら形を詰めていくやりとりの中で、柴田さんから『カウンターの入隅(いりすみ)をピン角にすると影ができてしまうので、連続感を出すためにRをつけましょう(角をとりましょう)』という提案があり、その視点がとても印象的でした」

「その提案をもとに、デザインの基準として “入隅の15Rと出隅(ですみ)の1R" を設定して、貫きました。柴田さんのプロダクトに共通して感じられる柔らかい印象。プロダクトデザインで重視する人間の身体に近いところを大切にし、手で触ったときのRの感じとか、見た目のやわらかさを重視しました。

このRのルールは、インテリアに限らず、サインにも反映されています。プロダクトの延長線上にインテリアがあって、インテリアの延長線上に建築があって、9hがトータルでプロダクトとして成立しているという着地点に集約されていくものです」

「大学の授業で学生にはよく、『ディテールが空間を作り、空間が建築を作っているんだからね』と言っていますが、今回のRのルールがこれほど印象的なまでに、このニュアンスを示したことで、自分自身が再認識しました(笑)」

着地点が定まっているので、ブレはない

「スケッチ段階で、自分の中で何度も行き来をしながら設計するので、Vectorworksでデータを作り始めてから手描きに戻ることは、ほぼありません。この洗面カウンターについては、基準となるRが一番大きな変更点だったかもしれません。他の細部は、柴田さんや廣村さんとの打ち合わせで大きく方向性を変えたことはありませんでした。

最初にデザインチームとしての着地点を定めているので、そこにたどり着くまでのブレはないんです。今回、素材としてデュポン・コーリアンやゴムタイルを使っていますが、そういった素材についても選択肢があるというよりは、デザイン的にふさわしい条件やメンテナンス、コスト、工法など、望む形の仕上がりを求めると、自然に絞られました」

「コンセプトがしっかりしていると、やりとりがスムーズです。最終判断はクリエイティブディレクターである柴田さんがジャッジしているので、 “行き届いている感" が実現できたと思っています」

Vectorworksで “清書" する

「9hでは、建築の図面とは別に、インテリアの詳細図は130枚ほど描きました。基本的には『施工図不要ですね』と言われるほど、細部まで描き込むことが多いです。美しいものは下地も美しくなければなりません。『下地はこうしたい』という意思表示のために必要な図面も描いています。私たちにできるのは、ある意味そこまでなので、設計として意思が伝わる図面を仕上げるようにしています」「場合によっては設計図面の上に再度トレペを重ねて詳細を再検討するというようなステップを繰り返すこともあります。下地にも意味があるので、レイヤのように分類しながら色分けし、そのままスタッフに渡せば、素材の指定も含めてスムーズに伝わるので、そこから再びVectorworksでの作業がはじまります。最終的に、Vectorworksで “清書" して仕上げます」「Vectorworksは、独立した翌年に導入してから、ずっと使い続けています。独立直後は、パソコンもなかったし、ソフトも手探り状態でした。当時から、その評判は定着していたので、迷うことなく選びました」

仕事を進める共通言語がVectorworks

「今までにデザインで表現したかったことが、9hでできたと思っています。それは、物事の本質から導き出したコンセプトを相応しいカタチにしていく。そのデザインによって世の中に新しい概念や新しい価値観を提示していくということです。その意味で、9hでは空間化された機能を通してそこで体験したことだけが印象に残るような、ある意味、アノニマスな空間にしたいと考えていました。『3人の誰がどこからどこまでデザインしたのか境界がわからない』といった内容の感想は、最高の褒め言葉かもしれません」

「Vectorworksユーザーはインテリアデザイナーが多いのかと思っていたら、建築家も使っているようですね。広告にもセンスを感じます(笑)。単純に図面を引くだけでいいなら、どのソフトを選んでも変わりないのかもしれませんが、そんな中で、なぜみんなVectorworksを選ぶのかと言えば、センスなんだと思います。ユーザーがデザイナーですから、センスを感じさせる存在感は大切です。バージョンアップするたびにできることが増えていくので、スタッフ共々、覚えるのが大変になっていますが(笑)」

事務所のスタッフにもVectorworksについての意見を求めてみました。

『まず手描きのスケッチがあり、その次の段階としてVectorworksを使うという基本的な流れの中では、データの精度を追求でき、ひとつのファイルで複数の役割を果たせる面で、作業時間の短縮、仕事の効率化にも役立っています。

図面としての見やすさ、美しさ、整合性を基盤にしながら、それをプレゼンテーションの素材として使用できるなど、様々な共有データもVectorworksで制作できます。リアリティのあるパースが欲しいときは、その元となる資料制作にも活用できます。

手から生み出した形を、プロジェクト関係者、クライアント、ディレクター、デザイナー、施工会社など全員と共有するものへと変換するためのオペレーションツール、でしょうか』

「外部のパース制作会社に発注するときは、まずVectorworksでデータを起こし、アングルや見え方のスタディを行った上で依頼しないと納得いくパースになりません。そんな時にもVectorworksは欠かせないツールです」

「Vectorworksはツールとして日々、使っているので、改めて意識することは少ないのですが...。パースと図面の連携といった部分だけではなく、プレゼン資料などの図面以外の資料から、最終的な実施図面まで、活用範囲はデザインワークのすべてで、不可欠なツールです。その中でアナログとデジタルが高い相乗効果を生むデザインのプロセスを作っていけたらいいなと思っています」

中村氏にとっても、事務所のスタッフにとっても、Vectorworksはデザインワークと切り離せない存在です。感性をダイレクトに表現できるツールはさらに、これからも進化しつづけていきます。

この事例はJDNの許可により「ジャパンデザインネット」で2011年6月29日より掲載された記事をもとに編集したものです。

 

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