ユーザ事例 & スペシャルレポート

2000年代に入り、インテリアやファサードデザインで注目され、昨年の「フラワーショップH」のグッドデザイン金賞受賞、「共愛学園前橋国際大学4号館設計プロポーザル」最優秀賞、「延岡駅周辺整備デザイン監修者プロポーザル」最優秀賞者選出などで、さらなる飛躍が期待される建築家・乾久美子氏にCADについての話をうかがった。


Vectorworks Design Pick Up 05

優秀な製図ツールを超え環境を捉えるためのツールへ。

私がイエール大の大学院に進んだ1993年頃、アメリカではPC版の建築用CADが普及し始め、私も大学院のCADのクラスに参加したことが、私とCADとの最初の出合いでした。でも、建築意匠を学ぶことに関心があった私は、設計のための先端技術とはいえ、当時、CADにはあまり興味は持てなかった。しかし、新技術が登場すると、それにのめり込むタイプがいるように、大学院にもPCを使った表現にひたすら傾倒する学生が現れました。クラスで目立たない平凡な学生だったのに、CADという新しい手法にしたとたん、生まれ変わったように生き生きとし始め、その様子を目の当たりにして、このCADの世界には未知の可能性が潜んでいることを感じ取っていました。

大学院を修了して入所した青木淳氏の事務所では、既にスタッフ個々にCADが完備されて、製図板を水平に倒してPCテーブルとして使っていました。製図板からモニタへの過渡期、実務でCADに触れたことが、本格的なCADとの出合いと重なりました。

私は3Dの複雑な造形には興味はなかったし、CADには製図ツールとしてのみの洗練を求めていたので、今日の製図や描画能力には十分満足しています。さまざまなスタディが気軽にできて、手描きの頃に比べると、新しいことに挑む心理的バリアもはるかに小さくなったことは特筆すべきことでしょう。また、模型もCADの下描きから製作しているし、PCとCADは、私たちの創造的な生産性の向上に貢献してきたのは間違いありません。

しかし現在のCADが、20年前の黎明期に感じた可能性以上の能力を発揮しているかと聞かれると、便利さやスピードを除けば、印象的には当時からあまり変わっていないかもしれません。これから私たちが建築CADの未来に求めるものは、演算が得意なPCの特性をフル活用し、空気力学や熱力学などの複雑な解析と建築デザインの関係を、デザインしながらリアルタイムに検証できるようなシステムでしょう。建築と環境の関係が重視される今日、多くの建築家たちは、太陽光発電や燃料電池のような設備ではなく、建築の形態と環境の関係の中で解を見出したいと考えている。その想いにフィットするデザインツールを、私たちは求めています。

一方で私が懸念するのは、日々進化するCADの製図スピードが人の思考速度を凌駕して、特に学生たちは、考えが未消化なままカタチになりえてしまうことです。私たちは製図板に向かい手を動かしながら思索し、デザインを身体化させてきた経験がありました。日本の高度なデザイン教育の伝統が、何によって培われたのかを改めて見つめ直し、教育の現場でのCAD活用を考えていく必要があるのかもしれません。

 

(新建築:2011年7月号掲載)

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