ユーザ事例 & スペシャルレポート

Vectorworksは全国の建築系教育機関で、教育用のCADとして採用され、様々なカリキュラムで学生や教育者に使われている。同ソフトの発売元であるエーアンドエーは、8月21日、東京で「Vectorworks教育シンポジウム2009」を開催。全国から集まった150名を超えるデザイン教育関係者は、3次元設計やビルディング・インフォメーション・モデリング(BIM)の普及しつつある建築設計業界の実情や、建築系教育機関におけるデザイン教育の最先端事例に熱心に耳を傾けていた。


特別基調講演1

建築界が教育機関にもとめるデザイン教育

株式会社日建設計
設計部門副代表 山梨 知彦 氏

建築設計の現場は、以前に比べて専門の分化が進んでいる。例えば、意匠、構造、設備という単純な職能だけでなく、デザイン面では外装やランドスケープ、インテリアなど、技術面では
環境解析やシミュレーション、プロジェクト管理面では積算、プロジェクト・マネジメント、コンストラクション・マネジメントといった具合だ。プレゼンテーシンだけでも専門家が存在する時代になっている。

こうした時代には、管理すべきパラメータも増えている。建築基準法や条例は複雑化し、建築確認申請では構造や日影解析や天空率の解析が必要だ。また、環境の観点からは屋外表面温度解析や建物内外の空気の流れ、気温を解析する熱流体解析(CFD)も求められるようになりつつある。建築設計事務所の仕事には、建物の環境性能などを向上させることによって自治体の補助金を獲得するコンサルティングも重要な仕事になっているのだ。

当然、ひとつのプロジェクトには、施主、設計者、施工者のほかデベロッパーやプロジェクト・マネジャーなども参加する。プロジェクトの中核として、設計・監理を担う建築設計事務所には、これまで以上にコミュニケーションと調整能力が要求されるのだ。

建築設計事務所が新卒者に求めるものは、即戦力ではない。建築設計の現場である「ワークプレイス」に、最新の時代の息吹を吹き込み、刺激を与えてくれる人材だ。意匠だけでなく設備や構造に対する体系立った知識や図面による表現能力、日本ならではの文化や繊細さなどを幅広く理解できる素養、そしてITの専門家ともコミュニケーションがとれるITリテラシーを持った人材だ。

建築設計業界もグローバル化が進んでいる。海外の建築家に対する日本人建築家のアイデンティティは、日本人ならではの繊細さにあると思う。その技術やデザインの強みを海外で発揮するには、ITによる可視化が欠かせない。教育も純粋なデザイン教育だけでなく、日本特有の工学部に建築学科が所属しているメリットを生かして、プログラミングや環境工学なども取り入れた教育が有効なのかもしれない。

特別基調講演2

ICTがつなぐ建築ものづくり技術とデザイン教育

豊橋技術科学大学
准教授 松島 史朗 氏

マサチューセッツ工科大学(MIT)やハーバード大学、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)など、建築コースをもつ米国の大学では、3次元CADで作った建物のモデルなどをそのまま模型で出力する3次元プリンタや、CADで描いた展開図通りに木材やアクリル板などを切断するレーザーカッター、そして複雑な3次元形状を切削するCNCルーターなどの工作機械が活躍している。

製造業では10年少し前から「ラピッド・プロトタイピング」という手法が導入され、クルマや家電などの開発や設計の生産性が驚異的に向上したが、米国では建築分野でも同様の取り組みが行われていた。

現地で合計6年間、学生としてまた、教壇に立った経験から、これらの機械は建築デザイン教育に欠かせない建築模型やオブジェの製作を行って、3次元空間上でのデザイン感覚を養うのに非常に効果的であることを経験した。そこで、日本の大学でもこのような建築教育の場を作ろうと、昨年8月、豊橋技術科学大学の建設工学系に「Data2Form」という建築ものづくり工房を開設した。

この工房には3次元プリンタ1台、大小のレーザーカッター計3台、そして触感を伴った操作で自由な3次元曲面をデザインできる入力装置などがあり、学生は自由に模型製作に使うことができる。さらに、機械工学や情報システム工学等の先生方と共同で「ロボットセンター(仮称)」を立ち上げ、3m×1.5m程度のものが切断できる3軸CNCルーターを導入できることになった。

日本の大学は、1人の教員による徒弟制度的な指導が行われてきたが、今日のように技術革新が急激に進む時代には、学外から専任教員や実務家を招いて最新の技術を常に学内に持ち込み、教員自身も変化に対応できるようにFD(Faculty Development)教育が必要だ。「Data2Form」が作られた目的もそこにある。

地元の豊川稲荷商店街にも研究室の活動拠点を設け、商店街の活性化のための改装プロジェクトに学生が主体的に参加するなど、学校で学んだ知識を実社会で生かす体験をしながら「らせん型教育」を実施している。

その教育理念は、高度専門家による体系的な教育の実践だ。ビジネスの世界を担う教育と訓練の場こそ、私自身が若いころに必要だったものなのだ。

分科会-大学

教育の三種の神器(良いCAD、良い授業、良いテキスト)

岡山理科大学 総合情報学部建築学科
非常勤講師 高原 健一郎 氏(有限会社 アーキテクトニクス 代表)

学校でのCAD教育を成功させるポイントは「良いCAD」「良い授業」「良いテキスト」だ。教育にとって「良いCAD」の条件は4つある。1つ目に使うツールが絞り込まれていること、2つ目に部材ひとつひとつをオブジェクトとして扱えること、3つ目に光や照明、構造、環境などのシミュレーションが行えること、そして4つ目が操作に工夫が要求されることだ。Vectorworksはこれらの条件を満たしているため、以前から岡山理科大学や同専門学校などのCADの授業で活用している。

「良い授業」とは、CADを鉛筆と消しゴムの代わりに使うための基本的な「CADリテラシー」としてのスキルを身につけた後、製図やCGなどによって設計内容を表現するためのスキルをマスターし、さらには建築設計に情報マネジメントを応用して問題解決を行えるスキルを身につけられるようなカリキュラムだ。

そして「良いテキスト」とは、学生がモチベーションを保ちつつ、CADをマスターできる内容のものが望ましい。学生が自分自身で考え、作図のプロセスを味わえ、裏技的なCAD活用術がマスターできるようなテキストなら、学生も楽しみながら学習できるだろう。

学校でのデザイン教育の時間は限られている。CADリテラシー習得の時間を減らし、本来のデザイン教育の時間をできるだけとれるテキストを目指して、今回、「CADリテラシー演習-Vectorworks Design Drill-」という本をエーアンドエー会長の新庄宗昭氏とともに著した。OASIS加盟校を対象に今秋から販売される予定だ。

分科会-工業高等専門学校

工業高等専門学校におけるVectorworksの活用事例

明石工業高等専門学校 建築学科
准教授 工藤 和美 氏

5年間におよぶ工業高等専門学校(高専)での学校生活の中でも、CADの授業は少ない。半年間の14回の講義で基礎操作からアニメーションまで習得できるようにしている。3年生の前半までは製図の基礎や鉄筋コンクリート構造の施設や住宅などの設計を学ぶことに注力し、3年生後期の図学の授業でようやく2次元CADの基本を習得するための授業を行う。

4年生の前期では、Vectorworksを利用して3次元モデリング、レンダリング、テクスチャマッピングなどの3Dの基本操作とアニメーションを習得する。2次元図面ベースの設計や平面図作成、立面図、パースの作成の実習も行う。この間、学生たちの表現力は目覚ましく上達する。全国高専デザインコンペ(デザコン)にも応募し、これまで数多く入賞している。そして後期では建築設計の実務家が非常勤講師となって様々な設計課題をこなし、実務力を付けていく。

情報センターでは、パソコン60台にVectorworksを導入しており、教員と専攻科学生からなる「ティーチング・アシスタント」で学生の個別質問に答えたり、個々のレベルに合わせたペースでの実習を行ったりしている。

CADの基礎教育をやりながら、CADで身につけた力を実際に設計で生かすような、連携したカリキュラムを作ったおかげで、目標が見えやすくなった。各クラスで切磋琢磨するようになり、より成果がでてきている。卒業設計でよくコンクールにも入賞。学科でCADを取り入れたことは大きな成果であった。

分科会-キャリアアップ校

キャリアアップ校におけるVectorworksの活用事例

スペースデザインカレッジ
非常勤講師 水谷 真裕 氏

スペースデザインカレッジは、インテリアデザイナー・空間デザイナーを養成する2年制の職業訓練校だ。20歳から入学が可能で、4年生大学の卒業生や転職を目指す社会人などが一緒に学んでいるため、普通の専門学校と比べ生徒の年齢層が高く、バラエティに富んでいる。

1年目の後期からCAD演習がある。演習に使っているVectorworksは、10年前にバージョン8のころに導入した。その理由は、3次元まで簡単にできて、自分のひとつの道具として鉛筆のような感じで使えるCADだったからだ。

CAD導入初期段階の授業では、1年生にCADの基本操作を教えた後、「池袋の街並みの再構成」という制作課題をいきなり与えた。柱状体や回転体、多段柱状体など単純な3Dのみを用いて街並みを再構成するというものだ。

また、2年生には「有名建築の3D化」という課題を与えた。有名建築は、写真や図面では見られるが、なかなかその中に入っていくのは難しい。そこで3Dで立ち上げて、その内部の様子や、空間のバランスなどを3次元空間の中で探求する授業だった。

紆余曲折しながら生徒に出す課題を模索、取り組んでいる。デザイン教育で重要なのは「楽しい授業」であるとともに、職業訓練校として社会の即戦力としての人材を育てるために「仕事に役立つ授業」と思う。卒業課題やコンペ作品づくりなどにもCADを活用しているのは、こうした目的があるからだ。

分科会-専門学校

Vectorworksの授業:入門からデザインの道具としての活用まで

日本工学院専門学校・日本工学院八王子専門学校
カレッジ長 山野 大星 氏

日本最大の総合専門学校である日本工学院専門学校では、建築設計科やインテリアデザイン科、その卒業生が学ぶ建築デザイン研究科の授業にVectorworksをメインのCADとして導入している。建築設計科とインテリアデザイン科では、2年間のカリキュラムのうち、1年の前・後期と2年の前・後期に、Vectorworksを使って週に3時間のCAD演習を行っている。

大学と違って専門学校には幅広い層の学生が集まる。これまでCADを使ったことのない学生に、CADへの興味を持たせながら、CADを便利な道具として使ってもらえるようにするために、「VectorWorks学習帳」というテキストを著した。クマの顔やサッカーボール、CDジャケットや名刺など、興味の持てる題材を通じてCADの基本操作をマスターできるようになっている。

その後、Vectorworksの3次元機能を使って、実在する家具や若者に人気のある建築家が設計した建築物などを題材に3次元モデルを作成するなど、高度な課題にチャレンジしていく。2年の後期に行う卒業制作でも、グラフィック機能に優れるVectorworksは、図面やパースのほか、様々なソフトで作成した制作物を一つにまとめて仕上げるために活躍している。

新入生のほとんどはCADソフトがどんなものなのかさえ知らないが、CADの授業を通じてスキルが上達し、便利さがわかってくるとCADのスキルは将来役立つと考えるようになってくる。卒業後に進む建築デザイン研究科では、学生自らがコンペに応募したり、企業とタイアップして3次元CAD部品集の作成に協力したりと、実務を意識した取り組みを行っている。

ハンズオン

実践「オープンキャンパス」

新潟工科大学 工学部 建築学科
教授 飯野 秋成 氏

新潟工科大学のオープンキャンパスでは、参加した高校生と保護者にVectorworksの操作体験をしてもらっている。CADはもちろん、パソコン自体をあまり触ったことがない人でもパソコンの前に座ると、ほんの1時間ほどでオリジナルの住宅を立体的に作ることができ、喜んでもらっている。

CADの難しさや奥深さは入学後に知るわけだが、まずはコンピュータ造形の楽しさを手軽に味わっていただくのが目的だ。オープンキャンパスのため、使用する機能を極力限定した操作説明手順も用意した。これは、入学後のCAD授業の導入教材としても大いに活用している。

OASIS加盟校パネル展示

エーアンドエーでは教育機関に対して、「OASIS(オアシス)」という教育支援プログラムを提供している。

Vectorworksを授業に使う際の優待価格制度や教員に対するサポート、情報交換会の開催などの支援をおこなっているが、まさに今回の「Vectorworks教育シンポジウム2009」の開催もそのひとつだ。

会場ではOASIS加盟校による生徒の作品展も開かれ、他校の生徒の作品に見入る教育関係者の姿が印象的であった。

Vectorworksの国内総販売元であるエーアンドエーが教育関係者とコミュニケーションをとりながら、このようなシンポジウムを開催し、デザイン教育の場を提供するという企業姿勢が教育機関においてVectorworksの人気を支えている理由なのであろう。

この事例は日経BP社の許可により「建設・不動産の総合サイト ケンプラッツ」で
2009年9月15日より掲載された記事をもとに一部修正、編集したものです。

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