大阪梅田地下街における浸水避難を考える 歩行者シミュレーションソフトSimTread活用術

大阪市立大学 編

大阪市立大学

大阪梅田地下街における浸水避難を考える
歩行者シミュレーションソフトSimTread活用術

大阪市立大学 大学院 工学研究科 都市系専攻では、従来の建築学・土木工学の枠組みを超えて、成熟都市における課題に対して計画系・環境系・構造系の3つの教育研究領域が連携体制をとって研究に取り組んでいます。大阪梅田地下街の浸水避難計画に関する研究もそのひとつで、洪水や津波による浸水被害把握のための地理情報の基礎となる3Dデータの構築や各エリアにおける避難時間のシミュレーションなど浸水避難計画策定のための基礎データとなる研究を継続的に行っています。研究の中で歩行者シミュレーションソフトSimTreadがどのように活用されているのかをご紹介します。

今回、大阪梅田地下街の浸水避難計画に関する一連の研究について、准教授の瀧澤 重志(たきざわ あつし)先生にお話をうかがいました。

3Dデータが構築されていたことが避難シミュレーションにつながる

研究に取り組んだきっかけは?

私が大阪市立大学に着任したのは2013年4月ですが、それ以前から工学研究科の谷口与史也教授は、大阪梅田地下街(東西約1.1Km、南北約1.1Km)の3Dモデル化に取り組んでいたようです。その3Dモデルを使って、さらに研究を進めたいという話が出たことがきっかけです。谷口先生の専門は構造ですが、災害時の都市部における地下空間への浸水は深刻な被害につながる危険性が高いと考えられることから、研究室で連携して、地下街の各エリアから地上に避難するシミュレーションに取り組んだのが最初の研究です(論文[1])。この内容は「浸水避難計画のための大阪梅田地下街の人・都市構造の把握」として2014年7月にプレス発表し、大阪市が2014年3月に立ち上げた「大阪市地下空間浸水対策協議会」に参加するきっかけにもなりました。

「最寄りのビルに逃げることが、必ずしも一番早く逃げられることにはなりません」と語る、瀧澤 重志先生。

避難シミュレーションは大阪市の避難計画策定や訓練で活用

研究の概要を教えてください

最初の研究では、構築した3Dモデルを元に地下街の各エリアにおいて浸水につながる災害が起こった際、歩行者が最寄りの出口から地上に避難するのにどのくらい時間がかかるかSimTreadを使ってシミュレーションしました。協議会参加後には、歩行者数の推定調査も行って、地上ではなく接続ビルへの垂直避難について基礎的なシミュレーションを行っています(論文[2])。論文[2]のシミュレーション結果は協議会で避難計画策定や図上訓練、実際の避難訓練の基礎データとして活用されました。その後は、接続ビルの収容可能人数を考慮した場合などSimTreadのシミュレーションだけでは解決できない課題があったので、手法を変えて研究を発展させています(論文[3]〜[6])。

避難開始2分後の様子(赤は避難者を表す)(論文[2]、図2より引用)。階段の歩行速度が遅いため、主な接続ビルの入り口で滞留が生じている。

SimTreadは論文で検証されているため信頼性が高かった

避難シミュレーションにSimTreadを選んだ理由は?

最初の研究で初めて使いましたが、SimTreadの存在はそれ以前から知っていました。避難行動をシミュレーションするソフトウエアはSimTreadの他にもありましたが、当時はほとんどが海外のソフトウエアで信頼性については良くわからない印象でした。その中でSimTreadは、どのような設定で人が動くのか、歩行者の行動ルールの定義方法など計算根拠も研究論文[*]として発表されていたので、信頼性が高かったことが一番の選択理由です。

地上や接続ビルへの基礎的な避難シミュレーションを行った

具体的にどのようなシミュレーションをしたのですか?

地上への避難では水平歩行速度を秒速1.0m、階段歩行速度を秒速0.45mとして、避難者数(6千、8千、1万人)と歩行速度が遅い人の割合(0〜2割)を変えて9通りのシミュレーションをしました(論文[1])。接続ビルへの避難シミュレーション(論文[2])では、論文[1]と同じ歩行速度で避難者数を歩行者が最も多い平日18時ごろの推定20,760人(地下街13,898人、駅のホームや電車から降車する乗客6,862人)として、33棟の接続ビルの避難階(GL5.5m)まで避難するシミュレーションを行いました。ここまでが、協議会での避難計画策定のための基礎的避難シミュレーションです。その後は、数理計画問題として接続ビルの収容人数を考慮して地下街全体の避難者を領域で分けて目的地に避難させる手法を検討し、定式を解くための数値の設定や定式から導き出した推定値(避難完了時間)の検証にSimTreadを活用しています(論文[3]〜[6])。

各接続ビルへの避難者の収容率(論文[2]、図4より引用)。収容可能人員を考慮していないため、二つの接続ビルで収容率を超過。

滞留などから危険が予想される場所の特定が可能に

SimTreadを活用したシミュレーションでわかったことは?

最初の研究では最短経路で地上に出る避難シミュレーションをしましたが、梅田地下街は地上出口が非常に多いため、避難時間だけを見ると安全に逃げられるという結果になっています。とはいえ、予想していなかった場所での滞留もありました。次の接続ビルへの垂直避難シミュレーションでは地上への避難に比べて歩行者は空間を複雑に動くので、滞留の状況や場所については新たな発見もありました。もともと歩行者が多い場所では滞留がかなりひどくなることもわかりましたし、可視化されることで危険な状況になりそうな場所の特定もできました。

避難完了時間を最小化する避難領域の分割を求める問題(PMECTC)による梅田地下街の垂直避難領域分割(論文[6]、図4より引用)。

避難では人を一か所に集中させず分散させることが重要

大阪梅田地下街の避難計画で重要なことは?

避難では、人を一か所に集中させず分散させることが重要です。特に梅田地下街は管理会社や鉄道会社など多数の事業者によって管理・運営されているため、災害時は接続ビルの所有者も含めて連携した対策が必要です。接続ビルへの垂直避難シミュレーションの結果は、大阪市地下空間浸水対策協議会の関係者を集めて実施された図上訓練(実働避難訓練の事前研修)で活用されました。災害の状況と経過時間ごとの地下街のシミュレーション結果をモニタに表示して、混雑の状況などを確認しながら対策を検討するという使われ方で、この図上訓練は非常に有効だったと思います。参加者は災害の際の避難状況がよりリアルに受け止められたようですし、シミュレーション結果の新しい活用方法ではないかと感じます。

分散避難のために地下街全体を避難領域で分割する必要がある

シミュレーション結果を踏まえて避難の課題は?

南海トラフ地震による大阪港への津波到達時間の想定は120分なので、接続ビルへの避難シミュレーションでも避難完了時間は問題がないように見えます。ですが、収容人数を考慮せず最短経路で逃げる想定だったため、収容率超過ビルや歩行者の滞留が発生しました。実際の避難では、ビルの収容可能人数を考慮した上で事故の原因にもなりうる滞留を軽減して最短時間で避難させる必要があります。そこで、歩行者をどの接続ビルに逃がすのか、数理計画などの視点で地下街全体を領域で分割する手法について検討を進めました(論文[3]〜[6])。ビルごとの受け入れ可能人数は大阪市の危機管理室から入手しましたが、避難可能な接続ビルの棟数や収容可能人数が当初の想定よりかなり減ってしまうなど、新たな問題も発生しています。

定式で求めた推定値とSimTread(MAS:マルチエージェントシミュレーター)による避難完了時間の比較(論文[6]、表2より引用)。PMTEDCは避難者の総避難距離を最小化した避難領域分割による避難完了時間。

収容人数を考慮した上で最適な避難経路と時間を検討

避難領域分割での取り組み内容は?

最初はネットワークボロノイ図を用いて領域を分割してみました(論文[3])。次に、一般的な数理計画の問題で最適化問題を作って、避難者の移動距離の合計を最小化する領域分割をしています(論文[4])。そして、分割された避難領域をもとにSimTreadで避難完了時間のシミュレーションも行いました。そこから検討を重ね、避難完了時間を最小化する領域の分割を求める問題として(論文[6])、定式を解くための数値設定と定式から導き出した避難時間の検証にSimTreadを使っています。数理計画を用いて領域分割を行う手法はある程度の方向性が見えてきていますが、計算時間がかかってしまうという問題はまだ残っています。

大学構内の安全についてもSimTreadで検証してみたい

今後取り組みたいことは?

避難領域分割については、リアルタイムでできることが理想です。次の段階としてはネットワークモデルをもう少し単純化することで計算時間を短くできるのではないかと考えています。今回の一連の研究でさまざまなことがわかってきたので、さらに発展させて行きたいですし、この考え方は、安全な避難計画の検討にも応用できると思います。SimTreadについては、大学構内などでも避難だけでなく、人が多く集まる際の安全に配慮した誘導計画にも活用してみたいと思います。研究では、AI(人工知能)を活用した都市のデータや空間のデータなどを解析する手法について取り組みたいと考えています。

SimTreadで大阪梅田地下街の避難シミュレーションをする工学研究科 都市系専攻 修士2年生の山本遼さん。
記事中参照した研究論文
  1. 合田祥子, 谷口与史也,吉中進,瀧澤重志:大阪駅前地下街の津波避難計画に関する研究 日本建築学会大会学術講演梗概集(近畿)2014年9月
  2. 瀧澤重志,高木尚哉,谷口与史也:梅田地下街浸水時における接続ビルへの避難シミュレーション 日本建築学会大会学術講演梗概集(関東)2015年9月
  3. 山本遼,瀧澤重志:制約考慮型ネットワークボロノイ図を用いた梅田地下街における避難計画モデルの研究 日本建築学会大会学術講演梗概集(九州)2016年8月
  4. 山本遼,瀧澤重志:避難場所の容量を考慮した梅田地下街における垂直避難計画モデルの研究 ー 混合整数計画法を利用したアプローチ ー 日本建築学会 第39回情報・システム・利用・技術シンポジウム 2016年12月
  5. 山本遼,瀧澤重志:容量制約と避難完了時間の短縮を目的とした梅田地下街における避難領域分割手法 日本建築学会大会学術講演梗概集(中国) 2017年8月
  6. 山本遼,瀧澤重志:Dynamic Tree Network による避難完了時間を最小化する梅田地下街の垂直避難領域の分割手法 日本建築学会 第40回情報・システム・利用・技術シンポジウム 2017年12月
  • [*] 木村謙,佐野友紀,林田和人,竹市尚広,峯岸良和,吉田克之,渡辺仁史:マルチエージェントモデルによる群集歩行性状の表現 —歩行者シミュレーションシステムSimTreadの構築—日本建築学会計画系論文集636号 2009年2月
取材協力
  • 大阪市立大学 大学院
  • 工学研究科 都市系専攻 准教授 瀧澤 重志 氏
(取材:2017年11月)
  • 記載されている会社名及び名称、商品名などは該当する各社の商標または登録商標です。 製品の仕様、サービス内容等は予告なく変更することがあります。

SimTread

SimTreadは、これまで困難だった"人の流れ"や"群集の波"を、Vectorworks上で簡単に「見える化」する歩行者シミュレーションソフトウエアです。

 詳細 

評価版(トライアル)

Vectorworksの新規購入やバージョンアップをご検討のお客様は、評価版を是非お試しください。使用期限以外、全ての機能をお試しいただけます。

 詳細 

イベント情報

Vectorworksなどエーアンドエー製品に関するイベント出展や、他社主催セミナーのご案内などの情報を掲載しています。

 詳細