JDNレポート Vectorworks活用事例

株式会社スマイルズ
齋藤 正人

JDN「ジャパンデザインネット」2019年9月11日掲載

JDNレポート Vectorworks活用事例

株式会社スマイルズ
齋藤 正人

連載シリーズ「Vectorworks活用事例」では、空間をつくる上で欠かせない設計ツール「Vectorworks」をどう工夫して使っているか、商空間やオフィス空間などの設計に携わる方にお話をうかがってきた。

今回は、全国に約70店舗を展開するスープ専門店「Soup Stock Tokyo」をはじめ、セレクトリサイクルショップ「PASS THE BATON」、ネクタイの専門ブランド「giraffe」などのユニークな自社ブランドを続々と展開している株式会社スマイルズにフォーカスをあてる。

取材したのは、同社のクリエイティブ本部デザイン部の部長であり、店舗開発グループで設計も担当する齋藤正人さん。自社ブランドだけでなく、最近は社外からも店舗設計を依頼される案件が増加しているという。既成概念にとらわれない発想でさまざまな企業のブランディングや企画プロデュースを手がけ、独自の存在感を放つスマイルズならではの店舗づくりとはどんなものだろうか?

また、取り扱い案件に応じて、時にはデザイナーとして、時には企画プロデューサーとして求められる立場が違う中でのVectorworksの活用方法はどんなものだろうか?

ブランドを体現するための「デザインのギフト」

若い女性を中心に人気を博しているスープ専門店「Soup Stock Tokyo」が、2019年4月に北海道初出店を果たした。ロケーションは、札幌市の商業施設「マルヤマ クラス」の1階。円山公園や札幌市円山動物園にほど近い、緑豊かなエリアだ。

温かい木とレンガに包まれた「Soup Stock Tokyo 円山店」

Soup Stock Tokyoのスープづくりには、北海道産の食材が欠かせません。また、以前から「素材が持つ自然な味わい」「温かいスープ」というキーワードは、北海道と親和性があると思っていました。だから、数年前からずっと出店するタイミングをうかがっていたんです。今回、マルヤマ クラスさんからお声がけいただいて念願が叶いました。

北海道初出店ということもあったので、設計にあたっては、まず「こんにちは!私たちはこんなブランドです」と明確に示すことを意識しました。我々店舗開発チームだけでなく、店舗で働くスタッフやお客様にとっても大事な場所になってほしい、という気持ちをしっかり届けようと考えました。

Soup Stock Tokyo 円山店 ファサード

同時に、Soup Stock Tokyoが大事にしている「お客様とのコミュニケーション」「居心地の良さ」も重要な要素となります。入口すぐにはスタッフが対面でお客様を迎え入れるパントリー、厨房。その奥にお客様に一杯のスープをじっくりと味わっていただけるシートエリアという動線でレイアウトを考えました。

また、スープの素材の持つ色を引き立たせるために、マテリアルによる過剰な演出をしないような設計をするのもSoup Stock Tokyoの基本姿勢です。通常よく使用するコンクリート、ステンレス、木という素材に加えて、円山店は札幌という地域性も取り入れたかったので、「赤レンガの庁舎」のイメージからレンガ素材もチョイスしました。

温かい木とレンガに包まれた開放感のある空間。今までもここにあったようでいて、これまでにない新しさを感じるSoup Stock Tokyo。これをコンセプトに据えて空間づくりを進めていきました。さらに、北海道産のニレ材で作った家具を使うことで親和性を高め、温かみのあるやわらかい光を放つ丸いランプなども取り入れることで居心地の良さを表現しています。

「Soup Stock Tokyo 円山店」。レンガで囲まれている中に厨房がある。多店舗と同様、壁にはスマイルズ代表取締役社長の遠山正道さんがつくったタイルアートが設置されている。

今回、Soup Stock Tokyoとして新しいチャレンジもあった。円山店は、ブランド初となる四方すべてに壁がないオープンな区画での出店。いわゆる「島区画」と呼ばれるサイトへの出店となった。

「見通し規制」というレギュレーションがあり、奥にあるテナントが見えなくなってしまうような壁を立てるのはNGでした。そこで、視界を遮る壁は作らず、全面を白と黒を中心としたクリーンなイメージで透過性のあるガラスサッシで構築。その中で、パントリーという舞台で働いているスタッフがお客様としっかりコミュニケーションをとっていく、というストーリーに仕立てました。

厨房部分も普通だったら壁を立てるところですが、ライブキッチンのような、オープンな印象を強調しています。レンガで囲いはしたものの、お客様の通路部分の一部に窓を設けて、働いているスタッフの顔が店の外から見えるように工夫しました。さらに、ひらけた空間なので、アイキャッチになるアイテムで締めることも考えながら設計しました。

店の外からもスタッフが働いている様子が見える

設計を進めるなかで、後に見通し規制に引っ掛かるとの指摘があったという。そのときに、空間をつくる上で欠かせない設計ツール「Vectorworks」が活躍した。

レギュレーションに則るために、図面を何パターンも引き直しました。でも、Vectorworksは、図面上のパーツを簡単に組み替える作業が圧倒的にやりやすい。応用性に富んでいるので、作業にストレスを感じないんですね。

特に、Soup Stock Tokyoの場合は、必要な設備がある程度わかっています。例えば、スープジャーの形状や数、客席のテーブルとイスのサイズなど、入れ込む要素が具体的にハッキリしているので、直感的に作業できるVectorworksだとなおさら早いし表現しやすいんですよね。もちろん、その前にスケッチを描き起こすこともありますが、どちらもアウトプットの手段の一つ。ケースバイケースで使い分けています。

齋藤さんが描き起こしたスケッチ

空間を使う人と設計者の思いを共有するために

Soup Stock Tokyoに限らず自社ブランドの店舗設計に多く携わってきた齋藤さん。店ごとのコンセプトは違えど、設計に対する思いは変わらない。

一番大事にしているのは、自分が担当する案件のデザイン設計コンセプトはきちんと言葉で表すこと。作り手の意図をきちんと示せないようでは、説得力のあるデザインはできませんからね。自分が関わっている仕事は、すべて「スマイルズの作品」だと強く意識しているので、絶対に妥協はしません。

それからもう一つ。設計して終わりじゃなくて、お客様やスタッフが入るとどんな空間になるのかも含めて関与しています。デザインの意図は、クライアントだけではなく、店舗で働くスタッフとも共有する必要がある。そのために、店舗設計がすべて終わったら、店舗で働くスタッフに向けて「デザインのギフト」というデザインの説明会をおこなっています。

「このレイアウトやデザインにはこういう意味があって、こういう思いが込められているんだよ。だから、あなたたちのお店はこういうふうに使ってほしいんだ」という設計者からのメッセージですね。これをしっかり伝えれば、スタッフの人たちも「僕の、私の大切な店なんだ」と、愛着をもって働けるんじゃないかと思って、どの案件も欠かさず渡しています。スタッフみんなが自分ごとにする一つのきっかけになっていると感じています。

Soup Stock Tokyo 円山店へ贈られた、デザインのギフト資料。最後の1ページにはスタッフに向けた温かいメッセージが込められている。

そんな齋藤さんがスマイルズに入社したのは、2016年の1月。それまでは、インテリアショップのIDEEにて店舗設計を3年間、フリーランスを3年間、大手コーヒーチェーンの店舗開発を11年間経験した。

20代のときは自分の個を重視しつつ、少し世間を斜めに見ながらの仕事の仕方でして(世間知らずだったと思います 笑)、30代ではマスに受けるような大手で仕事をしてました。そんな自分が40歳を迎えるタイミングで、「個」と「大衆」、どちらの経験も発揮できる仕事をしたいなと思って、スマイルズに転職しました。

初めて担当した案件は、Soup Stock Tokyo 表参道店の改装でした。それまでSoup Stock Tokyoは、ある種、どの店舗も方向性は同じデザインのトーン、同じ心地よさを目指していました。いわば、「大衆性」のほうが強かったんですね。でもこの頃から店舗ごとにエリアの特性や、お客様への過ごし方の提案など、「個」の方向に舵を切り始めたんです。

当初は木素材のナチュラルさをそのまま使用した店舗が多かったSoup Stock Tokyoですが、表参道店は白い色味を中心にデザインするといったチャレンジ性のある設計にしました。

Soup Stock Tokyo 表参道店 白い色味を中心にした店内。椅子の脚も一部グラデーションで白く塗られていて細やかな気遣いがうかがえる。

その後さらに、齋藤さんは自社ブランドの店舗のみならず、他社の案件も手がけるようになった。もともと齋藤さんが入社する頃から、スマイルズとしても外部の仕事を増やしたいという意向はあったという。

入社前の面接でもその意向を聞いていたので、自分としても外部の仕事に積極的に取り組んでいくつもりでした。関わると決まった場合には企画から、社内や外部とのブレストから参加します。「本当にその方法が正しいのか?あるいはこの内容で空間設計すべき案件なのか?」と突き詰めて、その結果、方向転換することもあります。いずれにしても最終的には、「こういう切り口で、ここまでやったほうが絶対に価値が上がりますよ」というところまで提案するようにしています。

「場づくり」のためにジャンルを自由に飛び越える

オーナーのオリジナリティを店舗のシンボルに。「サロン・ド・テ・ラヴォンド」

表参道にある「サロン・ド・テ・ラヴォンド」は、2018年にリオープンした紅茶専門店。ティーマイスターでもあるオーナーの伊藤孝志さんが淹れてくれる紅茶は、インド、スリランカ、中国、台湾などの農園より厳選した茶葉をつかったもので、生き生きとした香りと奥行きのある味わいが楽しめる。オーナーの伊藤さんから齋藤さんに、「新しく生まれ変わったお店をオープンしたい」と相談があったのがプロジェクトのはじまりだという。

伊藤さんとは、以前に別のプロジェクトでご一緒させていただいたのが最初のご縁です。当初は空間設計だけの相談でしたが、店舗のイメージづくり全体を企画段階から関わったほうが、サロン・ド・テ・ラヴォンドの付加価値を上げられるのではないかと思ったんです。そこで、CIやメニュー、Webサイトも含めて、全体のコンサルティングをスマイルズでやらせてもらうことを提案しました。

ブレストを重ねていく中で、伊藤さん自身が本物志向のある方だと分かりました。しかも、本質や誠実さを追求する一方で、遊び心もある。この非常にユニークなパーソナリティを、「二律背反」というキーワードに落とし込みました。

このCIは、デザイン部のグラフィックデザイナーが担当しました。相反する二つの方向に向かう直線を円形にデザインし、その一つの集合体が伊藤さん自身というイメージです。

自分が担当する空間設計も伊藤さんを中心に据え、空間のすべてを指揮する彼の立ち振る舞い自体もシンボル化したいと考え、デザインコンセプトを「シンボル」としました。紅茶専門店なので、当然「紅茶」も大事ですが、それも含めて伊藤さんがいて初めて成り立つ空間にしたいと思いました。

サロン・ド・テ・ラヴォンド CI

その一番のシンボル=象徴となるのが、正面に配置したステージです。伊藤さんが立つこのステージで、まわりには利用するお客様の姿があり、紅茶の芳香が立ち込めている。

日頃から「所作は見せないものだ」とおっしゃっていた伊藤さんに、「全部見せる必要はないけれど、手元を“ちょい見せ”して、ライブ感を表現したらどうか?カウンターは、ちょっと洞穴のような奥まった感じのつくりにしたらどうか?」など、より象徴的に見えるよう提案しました。

伊藤さんのステージであるカウンター

さらに、茶器にもこだわっているので、これらも全部見せるレイアウトに。パントリーは客席まで延ばして、お店の世界観を空間一体として表現するプランを考えました。カウンターと客席の仕切りをガラスにして、ステージ全体を「見せる空間」としてしつらえたんです。

インテリアのトーン&マナーは、誠実さと遊び心。「空間の中の余白」を意識して設計したという。

例えば、あえてむき出しの配管をガラスの柱のように見せるつくりにしたり、植栽をディスプレイするスチール棚の一部が真鍮で無駄に光っているとか、各所に遊び心をちりばめています。

それぞれのデザインについては伊藤さんに意図を聞かれましたが、「こうしたら間違いなくイケてます!」とお伝えしたら、「齋藤さんが言うならやりましょう!」とすぐに決断してくださいました。これは信頼関係というか、普段のコミュニケーションから双方の意図を理解し合えた結果だと思っています。まぁもちろん、実際には説明もしているんですが(笑)。

齋藤さんが描き起こしたスケッチ
窓際に設置された植栽

求められる内容で、思考ツールにもコミュニケーションツールにもなる「Vectorworks」

もちろん、この案件でもVectorworksは活用され、施主に対するプレゼンテーションツールとしても役立っている。

今は、自社ブランドの物件と他社ブランドの物件ではVectorworksの使い方も変えています。Soup Stock Tokyoのような自社ブランドの場合は、あらかじめ意思疎通も取れているので、あえて図面に色味を付けることもなく、むしろ図面のパターンを引き直す、パターンを組み替えるといった作業を中心にデザインや設計の精度をブラッシュアップしていきます。いわゆる思考するツールという使い方ですね。

一方、他社ブランドの場合はクライアントへ提案するところから始まるので、色味を付けたわかりやすい図面や、プレゼン資料を作成することを心がけます。こちらはいわばコミュニケーションツール。相手に理解していただき、お互いの意思疎通を図るための手段として使います。おかれた立場や求められる図面の内容によって、簡単に使い分けることができるのもVectorworksの魅力のひとつですね。

サロン・ド・テ・ラヴォンド 図面
サロン・ド・テ・ラヴォンド 図面

齋藤さんがVectorworksに初めて出会ったのは、大学時代。授業でMiniCAD(Vectorworksの旧名)に触れ、卒業後もそのまま実務で使っていたという。

当時は、Vectorworksを3Dで立ち上げて、マテリアルを貼り付けて、プレゼンもして…と、かなり使い倒していました。その後、転職して違うCADソフトを使うことになったのですが、Vectorworksほど直感的ではなかったので切り替えるのにとても苦労しましたね。何をするにもまったく違う操作になるので、まいったなと頭を抱えました。

それから11年後、スマイルズへの転職を機に再びVectorworksを使うことが決まって、「入社までに思い出さなきゃ」と、再び焦りました(笑)。でも、やってみたら意外にスルスルと使えて、体が覚えているなと。もともと使用歴が長かったこともあると思いますが、非常に操作性が良く、あらためて驚きました。そういった点でもVectorworksはとても扱いやすいCADだと思いますね。

メンバー全員で面白がって、自由に垣根を飛び越える

スマイルズのデザイン部が手がける案件は、実に多岐にわたる。中でもグラフィックデザイン、Webデザイン系が多く、店舗設計まで受注するのは相当な大案件だ。それらを現在、デザイン部のメンバー8人で担当している。

メンバー全員、常に「とことんやる」ことを目指しています。例えば、新形態の店舗を出店することになったとき、実際のオペレーションを検証するために、店内の実物大のモックアップを社内のスタジオに作ったことがありました(笑)。「オペレーションのテストをするので、食べにきてください」と他の事業部にも宣伝して、たくさんの人に試食してもらいました。誰もが楽しんでやっていましたね。

社内のスタジオにつくられた、実物大のモックアップ

つくづく、スマイルズのデザイン部は不思議な部署だなぁと思います。それぞれが空間、インテリア、グラフィック、Webといった、専門性のある分野を中心に担当していますが、決してそれだけじゃない。「これ以外はできません、興味ありません」と言う人がいたら、浮いてしまうかもしれません(笑)。分野の線引きをせず、いろんな領域を横断したいという意識を全員が持っていますね。

試食会の様子

クリエイティブ本部のメンバーには元料理人・パティシエもいて、プロジェクトマネジメントの傍らメニュー開発もこなすという。こういった自由な発想は、「思考すること」と「実行すること」に全員で取り組み、クリエイティブな視点で楽しもうとする組織の風土からくるのだろう。

例えばつい最近、十勝の首都圏プロモーションのイベントの企画・プロデュース、運営をやらせていただいたんですね。そのときチーム内で、「こういうコンセプトのキッチンカーを出店しよう」というアイデアが持ち上がり、勝手に架空のブランドを立ち上げて、ロゴを作り、Tシャツを作り……さらには、調理や販売までデザイン部のメンバー総出でやっていました(笑)。

イベント「十勝大百貨店」でスマイルズが出店した、「WORLD POTATO CLASSIC」

最初はゴールがみえなくても、面白がって行動しているうちに「次の展開が見えてきた!」とどんどん新しい発想が広がっていくんですね。そんなことが実現できるチームなんだなぁと。いろんな場所に、いろんな価値が転がっているので、まずは、新しい価値を探すためにいろんな「場づくり」を考えて、実現のために行動してみる。今後も、ジャンルを限定せずにチャレンジできる空気を大事していきたいと思っています。

今回、取材の中で印象に残ったのは「クリエイティブ本部のメンバーが分野の線引きをせず、いろんな領域を横断したいという意識を持っている」ということ。その分野を限定しないしなやかさによって、調理や販売まで自分たちでおこなうキッチンカーを出店したように、これからもスマイルズならではの自由な発想を持つプロジェクトが生まれていくのだろう。スマイルズが持つ意識の柔軟さとVectorworksのツールとしての柔軟性の相性の良さがクリエイティブな場づくりを生みだしていると感じるインタビューとなった。

齋藤 正人

IDEEにて店舗設計を担当したのち、フリーランスへ。その後、大手コーヒーチェーンの店舗開発に10年携わり、2016年にスマイルズへ入社。Soup Stock Tokyo、giraffeなど自社事業の店舗設計はもちろん、外部案件にも多数携わる。

  • 取材・文:佐藤理子(Playce) 撮影:中川良輔 編集:石田織座(JDN)
  • この事例はJDNの許可により「ジャパンデザインネット」で2019年9月11日より掲載された記事をもとに編集したものです。
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