JDNレポート Vectorworks活用事例

株式会社 モーメント
平綿久晃 ・ 渡部智宏

JDN「ジャパンデザインネット」2017年1月23日掲載

JDNレポート Vectorworks活用事例

株式会社 モーメント
平綿久晃 ・ 渡部智宏

多摩美術大学建築科の同窓だった平綿久晃さんと渡部智宏さん。2005年に設立した株式会社モーメントは、空間とグラフィックをメインに手がける少しめずらしいスタンスの会社だ。近年では日本国内だけでなく、海外の案件も多く手掛けている。

今回、バンコクに展開するロフトの店舗デザインと西武池袋本店北館1階スペースの環境デザインを例に、デザインする上で軸にしている部分とVectorworksの活用状況をうかがった。

制約の多い空間を生かし、新しいブランドの解釈で空間体験を高める

天井に張りめぐらされた巨大オブジェを生かし、ロフトのコンセプトと融合

渡部智宏さん(以下、渡部):バンコクの中心地にある大型商業施設のリニューアルに際し、ロフト Siam Discovery店のインテリアデザインを担当しました。私たちが2012年に手がけた、ロフト渋谷店の文具売り場をタイロフトの代表が気に入ってくださり、店舗を担当させていただくことになったんです。

担当するにあたり、ロフトの区画には大きな条件がありました。それは、もともと天井に環境デザインとしてしつらえたオブジェを使った上で店をデザインしてほしいというもの。建物全体の環境デザインのコンセプトが「化学反応」ということで、オブジェは八角形の化学結合をモチーフにした、造作的にもインパクトのあるものでした。ロフトブランドとの関連性も希薄だったので、コンセプトとどのように関連付けていくかが最大のポイントとなりました。

平綿久晃さん(以下、平綿):実際にロフトへ提案した内容は以下です。

  • ロフトのブランドカラーのイエローを「面」ではなく、ポールに使うことで「線」で表現
  • 従来の什器の配置を変えることで「空間体験」を高める
  • 什器に「間(ま)」という概念を持たせる
  • 歩き回ることで、探す楽しみや迷う楽しみを生ませる=「路地」を歩くワクワク感

平綿:最大のポイントとなるオブジェについては、Vectorworksであり方を探っていきました。まずすべての八角形の内側をグレーで塗り、面を作成(再構築図2)。すると、穴が開いているところが等間隔で出現しました。そこにロフトのブランドカラーであるイエローのポールを串刺しにしていくと、等ピッチのグリッドの空間ができ上がる(図3)。そしてポールとポールを結んでいき、陳列台で囲んで小部屋をつくりました(図4)。

小部屋の中と外ができたことで、出たり入ったりしながら買い物をすることになり、フラットに店内を歩くというよりは冒険的な部分に繋がっていくと考え、この構成が「楽しく迷える売場創り」に結びつくと提案をしました。

ロフトの陳列台はゴンドラ什器と呼ばれる集積感を出すためのもので、長年ロフトの歴史の中で培われてきた完成している什器です。そのゴンドラ什器を小部屋を囲う部分にそのままの形で使用し、余計なものは一切つくりませんでした。言ってしまえば、私たちはポールをつくっただけなんです(笑)。ただ、お客様に内と外を感じていただくために什器の内側は黒く、外側は明るいグレーに塗り分けてリズムを付けました。

ロフト Siam Discovery
天井のオブジェをVectorworks上で再構築した図

ブランドの解釈を再設定、店内を回るワクワク感を創出

渡部:それともう一つ、施主から「ロフトはジャパンブランドだということをタイの人々に知ってもらいたい」との注文がありました。そこで日本特有の「間(ま)」というコンセプトを提案。ゴンドラ什器で囲んだところに「間」の概念を持たせました。ほかには、外光が柔らかく入るように格子の感覚を取り入れ、昼と夜で風景が変わって見えるようにもしました。ロフトの解釈を再設定して、さらに日本の解釈を取り入れたつもりです。

また、店内がとても広いため、お客様が退屈しないように床に段差を付け、アップダウンを味わってもらうことにしました。高いところに上がった時は広い空間が見渡せ、丘から町を見下ろす感覚になります。これも、買い物をするときのワクワク感を高めてもらうための工夫です。一歩お店に足を踏み入れたら、店内中を歩きたくなってしまうような感じをつくり出したかったんです。

渡部:通常のロフトは、什器が並列に配置されています。見やすくて分かりやすく、商品にもすぐリーチしやすいという利点があります。ですが、行くたびに新しい商品が見つけられる体験ができるのかという疑問点もありました。新しい解釈のロフトのコンセプトなら、路地を歩くワクワク感で、お店への新鮮さを長持ちさせることができると考えました。

棚の高さは1500mmあり、ちょうど目線が隠れる高さ。棚越しにヒョコヒョコと動くお客様の頭だけが見える
床に段差を付け、アップダウンを施している。買い物をするときのワクワク感を演出

プレゼンシートにも相当し、すべての要望に応えてくれるVectorworks

平綿:設計にあたっては、概念図的なものも、全部Vectorworksで作成しました。海外での仕事なので、工事会社と頻繁に会って打ち合わせをすることがほとんどできません。詳細レベルの図面を細かく描くより、Vectorworksで簡単な3Dを見せる方がスピーディーで伝わりやすいメリットがありました。

渡部:Vectorworksで描いたアイソメ図(立体を斜めから見た図を表示する方法)は一目でわかりやすく、お客様に見せる際に重要です。図面で細かく指定するより、すぐに理解してもらえるので、Vectorworksでつくった画面がそのままプレゼンシートに相当するくらい。また、今回の店舗のように店内の大きなパーツだけでなく、什器の中に入る小さなパーツまで横断して使えるということもすごく便利ですね。

決まったものを清書するためにVectorworksを活用するということもありますが、アドリブというかセッションみたいにガイドラインだけ引き、スタディ模型をつくるところから活用しています。最初から最後まで、プロジェクトの中のタームに、ずっと関わりを持ってくれる心強いソフトだと思います。

昼と夜では店内の風景に差が生まれる。いつ訪れても異なった雰囲気で買い物が楽しめる
アイソメ図

これまでにない手法で、ラグジュアリーな空間演出にチャレンジ

ルイ・ヴィトン、モワナ、ロエベ、グッチといった一流店が連なる西武池袋本店北館の1階。このスペースの環境デザインも株式会社モーメントが担当している。アパレルは置かずに雑貨だけを集めたラグジュアリーなフロアにしたいという難しい要望に、驚きのプランニングで応えた。

エントランスの起点となるラグジュアリーな空間を、ほのかな光で演出

渡部:ラグジュアリーなハイブランドを集めた場所になるので、テーマを「VOYAGE(航海)」とし、船旅のような優雅な空間をつくることを提案しました。西武池袋本店のラグジュアリー化を象徴するメインエントランスとなるものです。

平綿:フロアは広いのですが、環境デザインでさわれる部分は、極端にいうと床と天井だけ。2週間ごとに売るものが変わっていく、プロモーションスペースが唯一さわることができる場所でした。この場所もラグジュアリーのブランドしか使えないという縛りがあって、グッチが入ってもルイ・ヴィトンが入っても、機能するような器をつくってほしいという要望でした。

床と天井しかデザインできないということをポジティブに捉え、光だけでデザインしようと決めました。照明器具をデザインして、ダウンライトと同等の照度を確保しながら、アイキャッチにもなる照明をつくることにしたんです。また、照度計算をもとに、各テナントから漏れる灯りで十分な空間照度が保てると判断し、照明を廊下には付けないという計画にしました。考案した照明器具は、船の帆をイメージしたもの。樹脂をゆるやかなカーブに成型して、中に1mm厚の紙のようなLEDの基盤を入れました。

フロア中央のプロモーションスペース。帆をイメージした照明がアイキャッチとなっている(モワナの展示デザインはキュリオシティによるもの)

過不足なく必要最低限にデザインする

平綿:前提として、日本の百貨店はものすごく明るいんです。明るいほうがセーフティーで、物がよく見えると思うのが普通ですよね。でも私たちのデザインのアプローチは、過不足なく必要最低限に、そこだけフォーカスできれば一店一店が際立ってくると考えました。海外では日本ほど、煌々と灯りをつけるという文化がありません。だから海外の高級ブランドともマッチングすると思いました。百貨店の1階の出入口はメインエントランスですから起点となるところ。明るさを抑えた1階から地下の食品エリアに下りたらより明るく感じ、食品が生き生きと見えたり、2階のファッションフロアへ行くとより明るくてメリハリが効いて見えるのではと考えました。光の演出でその起点となるような空間をつくれればと。

渡部:また、プロモーションスペースを囲うガラスの壁にはひとつ仕掛けを施しました。オンオフで瞬間的にパチッと曇りガラスに変わるようなフィルターが入っており、霧の中を推進する船をイメージしました。切り替えはタイマーでセットできるので、電圧を微妙に変えてブランドごとに曇りガラスに変わる時間を設定できるようにしています。

つねにオープンでいたいブランドはクリアな状態が長く続いたり、瞬間的にパシャっと目隠しのように使うなど、ブランドごとに設定を変えられます。「あれ?何か目の前に霞がかかったな」と、ほんのり気が付くような仕掛けにして、大人っぽく仕立ててみました。

平綿:上下階からのアプローチも「旅の入口」と捉えて同様のテーマでデザインしています。エスカレーターで1階に下りる際、ラグジュアリーフロアに向かう期待感を高めてもらうために、大きく弧を描いた天井につくり変え、必要最小限の光を等間隔に配置しました。下に行けば行くほど段々と暗くなるようにグラデーション状の塗装を施して、あたかもラグジュアリーフロアに吸い込まれていくような印象をつくりました。

また、エスカレーターの乗降口にプロモーションスペースで展開する商品を1点だけ置くことのできるディスプレイケースも設置しました。目に留まりやすいように光の効果を生かして、ケースを大きく見せるような工夫を施してあります。

1階プロモーションスペースを囲うガラスの壁。オンオフで印象がガラリと変わる

アイデアの検証に十分に応えてくれる、Vectorworksの確かな手応え

平綿:照明が十分かを立証するために、提案の段階からVectorworksを使ってパースを起こしてプレゼン時に見せています。自分たちでも時々見返してみるとびっくりするくらい、仕上がりと同じなんですよね。照明を廊下につけないという方針についてもVectorworksを使って照度計算し、図面に照射図も加えました。ただ、あまり前例のないことだったので誰も判断ができないという…。最終的にはクライアントから、「こういう空間って今までの百貨店の歴史では見たことがない」と、お褒めの言葉をいただきましたが、実際は完成するまで結構怖かったと言われました(苦笑)。明るいことが一般的な環境で照度を抑えた空間にチャレンジしたことは私たちも初体験でしたし、積極的にトライして良かったなと思っています。

平綿:Vectorworksで図面を描く時は「よし、図面を描かなきゃ!」っていうスタイルではなくて、スケッチをするように使っています。プランを描く時は、Vectorworksと、手描きスケッチを併用しています。ある程度手描きで描いたら肝心な大枠の線だけはVectorworksで引っ張って、その上からトレーシングペーパーをあて、また手で描く。さらにVectorworksで線を引っ張ってプリントアウトして……と繰り返していき、最終的に1枚のプランになるという方法です。

渡部:展開図以降、平面図、パースの段階で問題が起こりそうと予想できるところは前もってVectorworksで描いて検証します。手で描く作業、Vectorworksで線を引く作業、パースをつくる作業っていうのは、僕らの中では三位一体になっています。プロセスに分かれているのではなく、全部同時進行というか。もちろん雛形のデータは、Vectorworksから全部フォーマットしたものをもとにつくっているので、ソフト上も行ったり来たりしながら行っています。なので、Vectorworksはドローイングソフトでもあり、シミュレーションソフトでもあると思っています。

平綿:依頼者との関係で大切にしていることは、「良いものはしっかりと残す」ということ。たまに“今までとイメージを変えてください”という依頼もあるのですが、力を入れて全部変えすぎてしまうとパッと見たときのインパクトはあるのですが、その後使っていくなかで劣化してしまったりコントロールができない事態がしばしば起こります。ロフトの場合は什器をそのまま使うことを前提に考え、西武池袋本店の場合はこれまで手を付けられていなかったエリアをフィーチャーしました。照明の明るさの話もそうですが、必要なものが必要な分だけあるということは大事だなと思って取り組んでいますね。

2階
プロモーションスペースの展開商品を一点置きするディスプレイケース
【写真左から】平綿久晃(ひらわた・ひさあき)、渡部智宏(わたべ・ともひろ)

株式会社モーメント代表。ともに1999年に多摩美術大学デザイン学部建築科を卒業し、2005年に株式会社モーメントを設立。グラフィックと空間デザインを軸に、平面から立体に渡りシームレスなデザインワークを展開。

  • 構成・文:渡辺和夫(株式会社フレア) 撮影:木澤淳一郎
  • この事例はJDNの許可により「ジャパンデザインネット」で2017年1月23日より掲載された記事をもとに編集したものです。
  • 記載されている会社名及び名称、商品名などは該当する各社の商標または登録商標です。 製品の仕様、サービス内容等は予告なく変更することがあります。

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