ユーザ事例 & スペシャルレポート

東京工芸大学 工学部 建築学科は、高度な専門性と多様な社会的要求に応えられる人材を養成することを目標として、1、2年次で建築の基礎を学び、3年次からは「建築デザイン」「構造デザイン」「環境デザイン」の3つのコースに分かれて専門性を深めるカリキュラムとなっています。

今回、建築学科3年生の「建築情報処理Ⅱ」の授業に、Vectorworks上で動作可能な熱環境シミュレーションツールThermoRender Pro(サーモレンダー Pro)を活用した演習を取り入れた非常勤講師の森谷 靖彦(もりや やすひこ)先生にお話をうかがいました。


-建築学科での製図やCADのカリキュラムについて教えてください。-

建築学科の設計製図は、1年生の前期から建築設計製図基礎が始まり、2年生後期の建築設計製図Ⅲまでが必修科目です。3年生からはコースに分かれますので、3年生の建築設計製図Ⅳ、Ⅴは選択になります。1年生の製図は手描きですが、2年生前期の建築設計製図Ⅱは手描きに加え、CADを利用した設計手法も20年ほど前から教えています。CADは1年生後期の建築情報処理Ⅰと建築情報処理Ⅰ演習で初めて操作します。この授業ではCADシステムの基本概念や情報処理技術全般について学び、その中でVectorworksの基本操作も身につけます。3年生前期の建築情報処理Ⅱでは、CADやBIMなどの最新事情に加えてシミュレーションソフトウエアの先進的な使い方も学びます。

-デザイン教育で建築情報処理I、Ⅱの位置付けは?-

1年生後期の建築情報処理Ⅰは選択授業ですが、2年生前期の建築設計製図Ⅱの履修条件となっているため、ほぼ全員が履修します。演習では、Vectorworksの他、SketchUpやAutoCADなど一通りのソフトウエアの基本操作を学びます。3年生前期の建築情報処理Ⅱでは、建築業務におけるデジタル化やネットワーク化、CADやBIM(Building Information Modeling)などの基礎を理解して積極的に活用していくことを目指しています。そして、建築物の環境性能などにも注目してシミュレーションソフトウエアを使った分析や検証に基づいた設計をすることも重要だと考えています。ですから、建物をデザインするにあたって必要になる情報処理を理解させ、必然性のあるデザインを生み出すための手がかりになる授業と捉えています。

-熱環境シミュレーションツールを授業に取り入れた経緯は?-

建築情報処理Ⅱでは、建築業務における情報活用からCADとBIMの概念の理解や環境設計の手法、建設業界のFM(ファシリティマネジメント)まで幅広く教えていますが、基本的には座学でBIMやシミュレーションの事例を見せながら説明するだけでした。ですから、学生はBIMやシミュレーションの有用性を感じ取ることが難しかったと思います。そこで、CADやBIM、シミュレーションや環境設計の理解をより深めるために、授業の一部で操作を交えた演習ができないかと考えたのがきっかけです。そして、今年度からOASISに加盟したこともあって、熱環境シミュレーションツールThermoRender Proを活用した取り組みが実現しました。

-演習の目的と具体的な内容は?-

演習ではThermoRender Proのシミュレーション結果をもとに、空間をデザインすることでBIMやシミュレーションの有用性をより深く理解させることを目的としています。環境設計の教育手法として放送大学の梅干野先生が提唱している「Bioclimatic Design(バイオクライマティックデザイン)のすすめ」の概念を用いて、具体的には東京の代官山に対象とする敷地を指定し、班ごとに心地の良い複合商業施設の提案をさせました。対象敷地とデザインした建物、周辺環境について、班ごとに表面温度、MRT(平均放射温度)、HIP(ヒートアイランドポテンシャル)を計算し建物配置や材料設定を変更しながら最適なデザインを導き出しています。

-授業を進めるにあたって難しかった点は?-

ThermoRender Proのシミュレーション結果は、3次元モデルで温度分布が色で可視化されます。学生はヒートアイランド現象の問題についても理解していますし、他の班の結果も気になります。そうなると、快適な空間をつくることよりも表面温度を下げることばかりに気を取られてしまいます。すべての班でその傾向が見られました。本来の目的は、心地のよい、快適な空間をつくるための熱環境シミュレーションですから、学生を本来目指すべき方向にどうやって向かせるかは指導が難しい点でもあります。そして、シミュレーション結果を考察させる中で、心地よく快適ということを数値に置き換えて表現させる手法についても、しっかり指導していくことが必要です。これらの点については、今年度の結果を踏まえて指導方法をさらに工夫していきたいと思っています。

-実施した感想は?-

建築情報処理の授業では、以前からVectorworksはさまざまなシミュレーションができるので実務でも幅広く使われていることを説明しています。ですが、座学ではなく演習の中で実際に手を動かして体験することが重要で、学生の理解も早くなると感じます。今回は、最初にThermoRender Proでできることを見せたことによって、表面温度を下げることに目が行ってしまう学生が多く、本来の目的である快適な空間をつくるためのツールとしてThermoRender Proを活用しきれていない面もありました。ですから、自分で設計したデザインの根拠や裏付けとしてシミュレーションツールがあるということを明確に教えていかなければいけないと感じています。今後は、設計製図の授業でもデザインの根拠として数値的な裏付けとなるものが必要だと考えています。情報処理の視点からではなく、建築設計の主要な手段として、シミュレーションツールを使った空間のデザインを考えさせることが大切になってくると感じています。

-授業を受けた学生の反応は?-

学生は楽しそうに取り組んでいましたし、反応も良かったので実際に手を動かしてシミュレーションするのは楽しかったのではないかと思います。今回は初めての試みですから、学生のできる範囲で自由に挑戦させようと考えていました。その中で、予想した以上に徹底的に調査する班がでてきたので驚きました。また、自分たちなりに結果を考察する中で「建物の並べ方や隣棟間隔でクールスポットができるのではないか」という仮説を立て、そこに特化してデザインを検討する班もありました。このようなアプローチは非常におもしろいと思いましたし、新たな視座で建築デザインを考えることができるようになったのは、大きな前進です。学生にはこれを機に、環境についても意識して興味を持ってくれることを期待しています。

-今後取り組みたいことは?-

時代がCADからBIMに変わりつつある中で、設計段階で使うBIMについては見通しがついたのではないかと思います。一方で、教育現場でのCADやBIMに対する認識はまだまだ狭い範囲にとどまっています。ですから、学生の視野を広げるためにもCADやBIMが単に設計の効率化や省力化を図るためだけのものではないということを実感させたいと考えています。そのために、今回のようなThermoRender Proやその他のシミュレーションツールなども、授業の中に取り入れ、実際に体験しながら学ぶ機会を増やしていけたらと考えています。そして、今後は建物の維持管理や解体まで含めた建物のライフサイクル全体を通して使えるBIMについて、VectorworksなどのCADが情報管理ツールとなるということも学ばせたいと考えています。


ー取材を終えてー

建築を取り巻く環境がこの20年ほどで大きく変化している中で、CADも授業にいち早く取り入れ、まさに時代に合わせた教育を行っている印象を受けました。建築情報処理の授業についても実務に即した内容で年々アップデートされ、今回の演習ではThermoRender Pro を操作することで学生にどんな気づきが生まれるのか、今後の展開がとても気になる取材となりました。

エーアンドエー株式会社 カスタマー・リレーション課 竹内 真紀子

【取材協力】

東京工芸大学 http://www.t-kougei.ac.jp/

工学部 建築学科 非常勤講師 森谷 靖彦 氏

(取材:2016年6月)

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