ユーザ事例 & スペシャルレポート

東京・大手町サンケイプラザで2015年8月28日(金)、第7回を迎えた「Vectorworks教育シンポジウム2015」が開催された。「デジタルデザインのすすめ」がテーマとなった今回は、SUEP.の末光弘和氏とナカムラデザイン事務所の中村隆秋氏が特別講演を行ったほか、2つの分科会でOASIS加盟校の教職員がVectorworksなどを活用した授業や課外活動について講演した。

開会に先立ち、あいさつしたエーアンドエーの川瀬英一代表取締役社長は、「最近の建築、空間、都市デザインには意匠性だけでなく、機能性や実現性、経済性、そして環境性など多くの要素が求められる。必然的にデジタルデザインの手法が求められる時代になったことを踏まえて今回のテーマを決定した」と、あいさつした。

会場では今年で5年目を迎えたOASIS研究・調査支援奨学金制度の授与者発表や、昨年の授与者による研究成果発表、Vectorworksによるハンズオン「BIM実践講座」のほか、学生の研究成果の展示コーナーも設けられ、Vectorworksを教育の場で活用する教職員や学生が交流を深めた。


特別講演
株式会社 SUEP. 末光 弘和 氏

「デザインとエンジニアリングの横断」

建築家の仕事は、単にデザインをするだけではない。人と情報を共有したり、人を説得したりすることにも努力しなければならず、そこにはコンピューターのテクノロジーは欠かせない。今日はデザインとエンジニアリングを横断しながら進める建築設計についてお話ししたい。

建築設計の世界で、環境シミュレーションは新しいテクノロジーだ。私が2001年から2006年まで籍を置いていた伊東豊雄氏の事務所時代は、環境シミュレーションはあまり使われていなかった。

その理由の一つはコストにあった。ソフトは300万円、500万円というものが多く、建築設計者自身が使うのに適したソフトも少なかった。一方、環境シミュレーションは外注すると1回で100万円単位のお金がかかった。

最近は廉価版のソフトも登場している。これらのソフトを使うと、誰にでも、これまで目に見えなかった風や熱などの情報がよくわかる。

これは設計において、身体のスケールを拡張してくれるものだ。その一つは「空間スケール」だ。普段、われわれが扱っていたスケールは建てようとする建物の周辺くらいがターゲットだった。その空間がデジタルツールを使うと、10キロメートル四方とか、都市全体といった具合にもっと広がる。

マクロな世界では街全体にどのように風が流れているのか、逆にミクロな世界では建物周辺にどのような微気候が存在するのかといったことを考えられるようになる。

もう一つは「時間スケール」の拡張だ。設計作業では写真を撮ったり、図面を描いたりと、ある瞬間で建物を表現することが多い。しかし、実際の建物は長い年月の間、使われるものだ。設計の時間は限られているが、デジタルツールによって、長い年月をシミュレーションしながら「春だとこうなる、夏だとこうなる」、といったことを踏まえて設計できるのだ。

こうした設計を行うため、われわれの事務所ではスマートフォンに取り付けられる携帯型サーモカメラや、太陽軌跡をシミュレーションするスマートフォン用のアプリ、風や熱、温度の解析シミュレーションソフトなどを使っている。

今日はこうした環境シミュレーションやデジタルツールを使って、われわれが建築における環境デザインをどのように実践しているかを、作品を通じて紹介しよう。

まずは、千葉県我孫子市に建設した地下水のシミュレーションをしたエコハウスだ。この地域では縄文時代から豊かな地下水を暮らしに生かしてきた。そこで温度が年間16℃くらいで一定している地下水をくみ上げ、壁裏に取り付けた輻射パネル内を循環させることにより輻射冷房を行った。設計の際に意識する空間を地下深くまで広げることで、自然エネルギーを使った住宅が実現した。

次に紹介するのは福岡市の中心部に建設した住宅だ。この建物の敷地は傾斜地で、地すべりなどの災害も多い。そこで住宅の基礎を地下の岩盤層に接地させるため、半分傾斜地に埋め込んだ構造を採用した。

この住宅では地下3mの地熱を利用した。その温度は年間を通じて温度差5℃と安定している。同時に斜面を吹き上げる風を住宅内に取り入れ、各部屋にうまく循環させるために通風シミュレーションを利用して間取りや部屋、通路の配置を検討した。

ある都市部に建つ木造の住宅では、オーナーからは大きなテラスがほしい、周辺に建つマンションからのプライバシーも守りたいという二つの要望を受けた。

まず、周囲の街並みの3Dモデルを作り、日射シミュレーションを行い、この住宅周辺にどのような熱が分布するのかを調べた。そして前面のテラスには、周囲のマンションからの視線を遮り、日射を和らげるために前面と上部には多孔質のセラミックパネルをランダムに配置した。

そして、パネルに水を噴霧して、水の気化熱でテラス周辺の気温を下げる仕組みを考えた。パネルに均等に日光が当たるようにするためには、上のパネルの影が下のパネルにできるだけかからないような有機的な配列が必要だ。

そこでパネルの配置を少しずつ変えながら100回以上、日射シミュレーションを繰り返した結果、エネルギー効率の高いパネル配置が得られた。パネルの表面温度は水を噴霧した後、10分ほどで約7℃、空気温度は2~3℃も下がった。デザイン的にも有機的で自然なものとなった。

山口県に建てた住宅では、日影シミュレーションを使って住宅全体を覆う吊り屋根の設計を行った。夏はできるだけ直射日光をカットしたいが、冬はできるだけ日射が入ってきてほしい。そのためには住宅の天窓と吊り屋根の穴の位置を調整する必要があった。

そこで日影シミュレーションソフトを使って、季節ごとに太陽光の軌跡に基づいて屋根の穴からの日光がどのように住宅に差し込むのかを解析した。

日影シミュレーションは、九州芸文館アネックス1という小さな市民ギャラリーの設計で落葉樹によって夏冬の日射制御を検討したり、地方のリサイクル会社のオフィスで使われた木製ルーバーの最適化に活用したりした。

このほかシミュレーションは山間部の住宅における太陽光を効率的な集熱、学校での雨水利用に向いた屋根形状のデザイン、文化ホールの音響効果を最適化する屋根デザイン、洪水時の避難を考えた学校の設計などにも活用している。

われわれSUEP.は、これからもデザインとエンジニアリングを組み合わせた環境設計をさまざまな建物や施設に生かしていきたい。


特別講演
ナカムラデザイン事務所 中村 隆秋 氏

「今、なぜ作るのか?」

私がかかわったプロジェクトを通じて、デザインと社会の関係について話したい。プロジェクトが「なぜその目的を持ったのか」、「なぜその形にしたのか」、「どのように社会に受け入れられたのか」という話だ。

まずは2015年に手がけた墓石店の二上家の事例だ。最近は散骨や樹木葬など、メディアでは「お墓離れ」がよく言われている。

その背景には、人口都市部集中・核家族化・後継者不在や、墓石の品質と価格の問題等がある。これは、今の時代にお墓というものを改めて見つめ直す場を作ろうというプロジェクトだ。

大正14年に創業した二上家は、「お客さまの心を大切にする」という理念を持っており、今回のプロジェクトでは「静かで厳かな空間の創出」という依頼を受けた。そこで展示スペースと接客スペースを兼ねた展示場を作ることになった。

お客さまが墓石に関するモノ、ヒト、コトに向き合うのにふさわしい空間として導き出したのが「墓石の庭」というコンセプトだった。

まず墓石を石庭の石に見立てた。また庭に面した客間を構成する和風建築の要素を現代的にシンボリックに表現しようと思った。

その結果、展示場は、窓際に墓石を並べ、その反対側に客間に見立てた接客スペースを設け、間に縁側に見立てた通路を配置するというレイアウトにした。

接客スペースの奥には床の間、間仕切りには禅画の〇、△、▢をモチーフにした開口部を設け、仏具などを展示するスペースは違い棚を現代的にデザインした。また、仕切りを外すと2つの接客スペースがつながり、セミナーを行えるようにした。

この展示場が墓石に対する知識を深めたり、その価値を理解してもらう場となることを願っている。

2014年には、別のクライアントから現代にふさわしい墓石をデザインしてほしいという依頼があった。そこでデザインしたのが「角の丸いお墓」だ。

伝統的な和風の墓石は、上から天を表す「竿(さお)石」、人を表す「上台」、地を表す「中台」という順で重なっている。その様な古来からの意味を大切にしたいと考えた。

墓石の素材、色、形、機能について現代的な表現とは何かを考えて、石の種類と色の組み合わせ、角の丸い形、機能の一体化という要素で多様な展開ができるデザインにした。

この墓石が新しいスタンダードになっていくことを願っている。

現代のクリニックは、従来からの単なる診察や治療だけでなく、差別化が求められている。ホテルのようなクリニックが登場するなど、多様な付加価値が求められる時代になった。

2014年に手がけた東京・銀座の婦人科のクリニック、キシクリニカフェミナは、女性の社会進出に伴い、これまで重要視されなかったことを見直してデザインに取り組んだ。

婦人科に求められるデリケートな対応、総合病院との連携を行う上でのプライバシー確保、そして質の高い診療を実現するために求められる患者と向き合う姿勢、銀座並木通りに立地する街としてのステータスといった要素から、パーソナルとハイグレードという2つのテーマを設定し、それを実現する「個室」というコンセプトを導き出した。

個室は特別なものという意味もある。そこで空間構成としてはクリニックの待合室や診療室などの機能を個室化し、医療行為の流れに合わせて個室を連続させる「Room to Room」という考えを導き出した。そして、仕切られた空間の入り口には、個室というコンセプトをシンボル化したフレームを取り付けた。

区切られた個室から個室へと移動する過程で、患者はプライバシーを守られながら、自分のために特別な医療を提供されているという感覚を持つことができる。これが質の高いクリニックの表現として、相応しいデザインになったと思う。

潜在的な社会ニーズから求められるものを分析し、デザインとして結実させていくことは他のプロジェクトでも実践している。

2009年に京都にできた9h(ナインアワーズ)というカプセルホテルは、ホテルやビジネスホテルとのヒエラルキーを超えて「道具として使うホテル」というテーマを追求した。ホテルで過ごす9時間の中身を1時間のシャワー、7時間の睡眠、1時間の休息と身支度と考え、これらの機能をシンプルにデザインした。

クリエイティブディレクションとプロダクトデザインに柴田文江氏、サイン・グラフィックデザインに廣村正彰氏、そしてインテリアデザインを手がけた私の3人からなるデザインチームは、それぞれの領域を超えて取り組んだ。レイアウト、デザイン、マテリアル、カラースキーム、ライティングのすべてをシームレスというコンセプトに基づいてデザインした。また、2014年に成田空港にできた2号店と合わせて宿泊の新しい選択肢が提示できたと思う。

2004年に東京駅前に開店した丸善丸の内本店は、本が売れず、電子書籍の出現などで書店がなくなるのではないかと心配されていた時代に、新しい書店を追求するデザインを依頼された。目指したのは本好きの人だけではなく、本屋好きの人もターゲットにした店舗だ。

ブックミュージアムというコンセプトに基づいて各フロアの通路部分に、旬の本等を並べるミュージアムゾーンを設け、そこから奥の売り場に誘導するレイアウトにした。この店舗で大型書店の在り方に刺激を与えることができたと思う。

今、デザインの意義や価値が問われているが、デザインが時代や社会に対してできることはたくさんあると思う。

このほかの特別講演、分科会、OASIS研究・調査支援奨学金制度成果発表、展示会場などの詳細はPDFファイルをご覧ください。

 

この事例は株式会社イエイリ・ラボの許可により「建設ITワールド」で2015年11月5日より掲載された記事をもとに編集したものです。

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