ユーザ事例 & スペシャルレポート

24時間、365日、片時も休まず気象情報を提供し続ける株式会社ウェザーニューズ。同社が始めた社内保育園「WNI RAIN KIDS HOUSE(呼称 WNIレインキッズハウス)」は、オフィスがあるビル内で運営される、異なる年齢を対象とした保育施設です。
このプロジェクトの企画・設計を担当した乃村工藝社の3名に制作コンセプトや、Vectorworksを活用した効率的な仕事術について語っていただきました。


VOL.1 ワーキングマザーの気づきを散りばめた保育園

ウェザーニューズらしく、ポジティブに「雨」を扱う

磯﨑隆司氏(以下、磯﨑):雨を楽しもう。これが「WNIレインキッズハウス」の制作コンセプトです。風雨・雲・雪といった気象を引き起こす元となる「雨」をシンボルに据えたのは、天気に関わるウェザーニューズだからこそ。

今回の施設の企画・設計に際してはウェザーニューズより「WNIレインキッズハウス」の名称とともに、雨をネガティブなものと捉えるのではなく「雨の日に傘を差し出すような優しい子どもが育ってほしい」というポジティブな願いが込められていることも伺いました。ほかにもWNIレインキッズハウスの「RAIN」のアルファベットには、「Respectful(感謝の気持ち)」「Adventurous(冒険心)」「INdependent(たくましさ)」という意味も含まれています。

金子睦氏(以下、金子):このコンセプトから生まれたのが「傘」をシンボルに用いたロゴマークです。同じく保育園の広場の真ん中にはシンボルとなる「傘」を配しました。子どもたちにとって傘は雨を受けとめる楽しいアイテム。ウェザーニューズの傘の下、つまり園児もこの会社の一員であるというメッセージでもあります。「傘の下に集まって」と呼びかける際の目印にもなるし、何より子どもたちが「僕たちの保育園には背丈よりも高い傘があった」と思い出せるような楽しいシンボルを用意したかったんです。

ウェザーニューズの仕事への理解を促す、というミッション

磯﨑:今回は「ウェザーニューズにある保育園」を体現することも大切なミッションでした。「社内にある」ということは保護者にとっては送り迎えがしやすいという利便性につながります。「近くにいるから安心」という意味でも圧倒的なアドバンテージ。しかしそれ以外で、いかに社内にある意義を示せるか。そこで、両親が天気に関する仕事に携わっていることを感じられる保育園にすることにしました。床に天気図のデザインを採り入れたのは、そのためです。内装のモチーフには雨や傘も使っています。子どもが親の仕事を理解し、親の仕事に対する憧れを感じてくれたら、親も子どもを保育園に預けるときにあまり後ろめたさを感じずに済むかもしれません。そこまで達成できたら、企業内に保育園を設ける意味はグッと高まりますよね。

限られたスペースを、什器をつかって有効活用する

金子:ウェザーニューズのあるビル内に作られる保育園とあって、「園庭を設けられない」という制約があったことが今回の課題でした。同じく課題になったのは、0歳児の保育から、小学校6年生の学童保育にまで対応すること。ここまで幅広い年齢をひとつの施設でケアするのは珍しく、これだけの異なる年齢が一緒になるからには子どもたちの衝突を避け、それぞれの生活リズムが乱されないように空間を仕切る必要があります。そこで時間帯によってエリアのパーティションとなる什器を動かせるよう、ほとんどの什器はしっかり固定されていますが、必要な時には簡単に移動できるよう工夫しました。

金子:こうして異なる年齢の子ども、異なる遊びをする子どもが安全に同居できるように設計したわけですが、これならパーティションとなっている什器を移動すれば、ビル内であっても広い空間がとれます。園庭がなくても少しくらいは運動もできます。

安全のためには区切ることも大事ですが、「等圧線の丘」(写真参照)には異なる高さの段差を設けることで、自然と行動にブレーキがかかるようにしました。最初の段が45センチ、次が35センチ、次が30センチ。段差と奥行きが一定ではないため、普通の階段とは違い、のぼっていてリズムが生まれず、勢いが抑制される仕掛けです。単に「場を区切る」「角を丸める」「怖いものをなくす」といった安全策だけではなく、こういった工夫もしたかったんです。

ワーキングマザーたちの知見を、隅々に散りばめる

松本麻里氏(以下、松本):乃村工藝社には、育休を経て復職したワーキングマザーからなる「チームM」という組織があります。このチームのミッションのひとつは子どもにとって安心・安全・快適な空間を作ること。今回のようなプロジェクトでは、メンバーの知見を集めて提供しました。チームメンバーはいろいろな地域の保育園を利用しています。そのため、いろいろな保育園で多くの良い事例、悪い事例を見ています。メンバーの子どもには、さまざまな年齢の子どもがいることも強みです。

WNIレインキッズハウスは普通の保育園とは違い、幅広い年齢の子どもが集いますが、そこではどんな問題が生じる可能性があるのか。保護者は何を不安に思い、何に抵抗を感じるのか。そういったことをさまざまな角度から探求することができました。ちなみに異なる年齢を離ればなれにするばかりではなく、交流させることにも大いに意義を感じています。いずれのケースでも、異なる年齢の子どもたちが快適に同居できる場にすることが第一です。そうして保護者にとっての「目には見えないホスピタリティ」を生み出すことに注力しました。

VOL.2 時間的なロスを省き、仕事をスピーディに運ぶために

作業効率アップのために、Vectorworksだけで完結する

金子:もちろん、このWNIレインキッズハウスのプロジェクトにも、使い慣れたVectorworksを手に臨みました。図面だけではなく、パースや企画書に添えたビジュアルすべてを内製しました。図面を描くと、それをそのままプレゼン用データに生かせるのがVectorworksです。だからこそ大幅な効率化をはかることができます。

金子:もしパースを外注するとしたら、自分ですべてを仕上げるよりも早めに図面を完成させて、外注先に渡さなければいけません。その段階では十分に図面を煮詰め切れていない場合もあるかもしれないし、納品されたパースへの修正がかさんで時間をロスする可能性だってあります。だとしたらギリギリまで自分の手元で図面をアップデートし、自分でパースをレンダリングしながら最短で進めたい。

もっと言うと、かつてはパースが上がった後に他のグラフィックソフト上で影を付けたり、文字要素を添えるといった作業を経てプレゼン資料を完成させていましたが、今ではこれもVectorworksだけでカバーできます。色んなソフトを行き来せず、ひとつで完結できるからスピーディ。そのあたりも私がVectorworksを好んで手にする理由です。

思いのままに描けて、他のソフトからの乗り換えも簡単

松本:以前は異なるCADソフトを使っていたのですが、社内の標準CADソフトがVectorworksに変わったときに初めて触れて「何て描きやすいんだ!」と感動したことを覚えています。この「思いのままに描ける」という感覚は、意匠を突き詰めていく私のようなデザイナーにはぴったり。曲線だろうと壁だろうと何でもスラスラ描けます。おそらく他のCADソフトでCADをある程度知っていれば正味1カ月くらいで使いこなせるでしょう。金子の話にも通じますが、クライアントに「どんな空間なのか」を説明する資料を容易に作れるのも強みですよね。この「クライアントにわかりやすい」というプレゼンテーションの考え方は昔から一貫しているのですが、Vectorworksによってさらに加速された感じがします。

デザイン主担当でも家族のために残業はしない。Vectorworksのおかげです

金子:前述の通り、私がVectorworksを手にひとつの図面であらゆる提出物をまかなうワークスタイルにシフトしたのは、育休より復帰後、働き方の効率をあげて残業をしないようになってからです。限られた時間で、いかにデザインの主担当を任せてもらうか。この目標を達成するにはVectorworksをフル活用しながら、ギリギリまで生産性を高めるしか手はありませんでした。

シンボルとなった傘の図面

金子氏の作業画面(キャプチャー画像)

レイアウト後

私のVectorworksの作業画面を見ると、多くのデザイナーは驚きます。いつも平面図の四方に、東西南北4つの立面図を配置している他、古いバージョンの図面もその周囲にズラリ。一見すごく描き散らされているように映ります。しかし図面はシートレイヤ(※1)でまとめているので、しっかり整理されている。いうなれば「複雑に整理」されている状態ですので(笑)、引き継ぎも問題なく行えます。そもそも小さな子どもがいる私のようなデザイナーにとっては、いざというときに引き継ぎしやすいことは絶対条件です。常に「自分にしかできない仕事をなくす」を心がけていなければ、急遽休まざるを得ないピンチのときに同僚の手を借りられませんからね。

※1…各レイヤに描いた平面図や立面図、断面図、詳細図などの図面情報を、一枚のシートにレイアウトするためのレイヤ。写真やロゴ、文章と組み合わせて、Vectorworks上でプレゼンボードを容易に作成可能。また、ビューポートの機能により、図面を修正した場合には変更内容が反映されるため、作業効率の向上がはかれる。

保育園づくりは、すてきな未来を創る仕事

磯﨑:世の中では、まだまだ待機児童の問題すら解決しておらず、多くの保護者は保育園に入れられたら御の字。気に入った保育園を選ぶというレベルには達していません。「この保育園の教育理念が好きだから、ここに通わせたい」という話には至っていないわけです。しかし今回のプロジェクトでは、私たちなりに「こういう保育園があったらいいのに」を生み出すことに携わることができました。また、クライアントから「社内でさまざまなテーマやコンセプトを議論したが、その過程を含めうまく形にしてくれた」と、言っていただけたことは嬉しかったですね。

金子:世の中としても保育園を整備していく方向に向かっている現在は変革に向けたチャンスです。魅力あふれる保育園が増えることで、豊かな子どもたちがもっと増えてくれたら素敵ですよね。保育園を選べる社会が次なるステップだとしたら、今回のプロジェクトはそれに向けたファーストステップ。私たちとしてもかけがえのない経験になりました。

 

磯﨑 隆司(いそざき・たかし)

株式会社乃村工藝社 CC第二事業本部 アカウント第二事業部企画開発2部 企画プロデュースルーム、プランナー。子供や家族を対象としたコミュニケーション課題に対して、施設づくりやイベント、ワークショップなど、手段に囚われないニュートラルなスタンスで企画、提案を行っている。

金子 睦(かねこ・むつみ)

株式会社乃村工藝社 CC第一事業本部 クリエイティブ局 デザイン1部 第2ルーム、デザイナー。エンターテインメント業界やIT企業の展示会ブース、イベントの空間デザインをおよそ10年間担当。育休より復帰後、暮らしや子供に関わる案件の企画とデザインを多数手掛けている。

松本 麻里(まつもと・まり)

株式会社乃村工藝社 営業開発本部 企画開発部 開発ルーム、デザイナー。「チームM」のリーダーとして育児経験を活かした「子どものための安心安全快適」など、空間づくりをミッションに、施設ジャンルを問わず「子どものための空間プランニング」を担当。

※ 所属は取材当時

【取材協力】

株式会社 乃村工藝社 http://www.nomurakougei.co.jp

磯﨑 隆司 氏

金子 睦 氏

松本 麻里 氏

この事例はJDNの許可により「 ジャパンデザインネット」で2015年12月24日より掲載された記事をもとに編集したものです。

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