ユーザ事例 & スペシャルレポート

渋谷ヒカリエの商業施設「ShinQs(シンクス)」に登場した「Switch Room」は、大人の女性が気持ちをリフレッシュするための空間。レストルームの新たなスタンダードが生み出されたこのプロジェクトに活用されたツールがVectorworksです。Switch Roomの誕生にまつわるエピソードと、Vectorworksを活用したデザイナーたちの仕事術に迫ります。


VOL.1 無駄のないワークフローと、効率的なレイアウトのために

渋谷に大人の女性を呼び戻す、という命題を受けて

クライアントである東急百貨店様から命題として上がってきたこと。それは「これまでにない女性のためのサービス空間をつくり、渋谷に大人の女性を呼び戻す」ということでした。そのときにまず感じたのは、多くの女性は「新宿ならあそこ、銀座ならここ」と普段から利用するレストルームを決めているものですが、渋谷には女性が落ち着けるレストルームが不足しているという現実です。同時に世の中のレストルームの質が向上しはじめている動向にも気がついていました。

買いものをしなくとも立ち寄りたくなるレストルームがあれば来店のきっかけになります。レストルームがきれいで充実していることは「お客さまを大切にしている」というメッセージにもなるでしょう。それに「あそこのレストルームは良かった」「使いやすかった」という女性の口コミには強い伝播力がありますよね。そして、ショッピングをすることは結構疲れるので、どこかで一休みして気分を切り替えることができると、お店に長く滞在してもらえます。すると売り上げにつながることもありますよね。


(撮影/ピップス)

これら四つの理由から「いかにレストルームが商業施設にとって大切か」をクライアントに説くにあたり、私たちは「Switch Room」というコンセプトを掲げました。オンとオフのスイッチ、日常と非日常のスイッチ。単なるレストルームにとどまらず、いろんな気持ちをスイッチできる場所をつくる。このアイデアはクライアントにも受け入れられました。当初は1フロアだけを手がける予定でしたが、最終的にはShinQs内にある、六つすべてのレストルームを担当させてもらえることになりました(プランナー、東中川華子氏)。

プレゼンするのに最適なアングルを、Vectorworksで探る

実際にデザインを進めるにあたり、各方面から「面白い」と言っていただいたのが、それぞれのSwitch Roomを利用するキャラクターを定めたこと。また、それによってバラバラに存在する六つのSwitch Roomを、一つのストーリーで束ねたことです。各フロアのマーチャンダイジングから導いたキャラクターなので各Switch Roomの機能やデザインは、彼女たちに一番ふさわしいシーンを想像しながら固めていきました。36歳のヨガインストラクター、31歳のグラフィックデザイナー、27歳のスタイリスト、34歳の料理教室を開く育児ママ、29歳のフランス語翻訳家。彼女たち「toocute(トーキュート)」と名づけられたキャラの個性をクライアントとともにしっかり固めておいたおかげで、デザイン検討は最後までブレることがなかったですね。「あの子のフロアだから、こうだな」という指針になるというか。そこをスタートラインに家具やサイン、装飾品はもちろん、アロマの香りやBGMまで選んでいきました。

初期段階では、参考写真とスケッチを使って空間のイメージを提案したのですが、このスケッチはVectorworksのワイヤーフレームをベースにして描きました。レストルームは閉じた狭い空間ですので、やっぱり何となくの感覚だけで描いてしまうと、実際よりも広く見えてしまうこともあります。それを避けるためにもVectorworksを活用し、正確な広さを表現できて一番よく見える角度を探すべきだと思うのです。パース画についてもどんなアングルが最適か、Vectorworksでシミュレーションを徹底して探りました(デザイナー、町田怜子氏)。

Vectorworksのシンボル集で、レイアウト検証をペースアップ

このプロジェクトでは、すでに決まっていた配管計画をベースにレイアウトすることになりました。どう配置すれば効果的なのかを、Vectorworks上で何カ月にも渡って検証することになり、その際に活用したのがVectorworksのシンボル集です。

レストルームで使用する衛生機器のパーツは基本的に同じですので、一つを変更すると同一のパーツすべてが自動変更されると効率的ですよね。「器具を違うものに替えたら、もう少し広く空間を使えるかもしれない」と、一つひとつ手で替えて検証していたら、どれだけ時間があっても足りません。実際のところ「替えてみたら、こっちは良くなったけど、こっちはダメ」といったことが頻発しました。「よし、うまく並べ替えられた!」と思っていても、クライアントをはじめ各方面からNGをもらうこともあり、最終的なOKが出るまでに6カ月かかりました。それでもVectorworksがあって良かった。シンボル集を使っていなければ、間違いなく6カ月では終わってなかったでしょうからね(デザイナー、吉田麻紀氏)。

VOL.2 クライアントとの協業を円滑化するソフト

作りたいのはクライアントにわかりやすい図面です

私たちデザイナーにとって図面はあくまで手段。図面自体は最終目的ではありません。したがってVectorworksに求めることも、クライアントにわかりやすい図面を描けることです。その点、Vectorworksが優れているのは図面と絵を一緒に表現できること。展開図であっても色をつければクライアントにもわかりやすくなり、打ち合わせがスムーズです。結果的にプロジェクトがスムーズに進んで、私たちの作業時間も短縮できます。

クライアントが建築のエキスパートとは限りませんので、プロジェクトを円滑に進めるには図面から空間を容易にイメージできることが大切です。ここでVectorworksが便利なのは、一つのファイルで二つの対象とのやりとりができること。クライアントには色つきのファイルでわかりやすくプレゼンをしますが、一方で同じファイルから色を抜き、レイヤを重ねながら詳細に描いていけば施工図にもできる。そんな使い分けが可能です(町田氏)。

いろんなユーザーの、いろんな使い方を許容する

日々の打合せのたびに、パース画を用意している余裕はありませんから、色やハッチングでわかりやすく見せて、手軽に意思疎通できることはVectorworksの強みといっていいでしょう。むしろプレゼンよりも日々の打ち合わせでこそVectorworksは便利かもしれません。かつては他のソフトを併用しながら、見え方を補完することもありましたが、今ではVectorworksだけで間接照明の表現もできますし、グレーと白のグラデーションで鏡だって表現できます。Vectorworksで出力した図面も十分にカラフルで、理解してもらいやすくなりました。

ちなみに私は、クライアントにとってわかりやすいことを第一にしつつ、図面自体をきれいに描くことも大切にしています。うまく線を使い分けながら一枚の絵として美しく仕上げる。これは自己満足かもしれませんが、やっぱり「あの人の図面はきれい」と言われたい。同じVectorworksを使っていても、描く人によって図面はまったく異なります。私も社会人になりたての頃、先輩の図面を見て「この人の図面は見やすくて美しい」と感動したことがありました。だから私もそうありたいと願っています。

きっといろんなユーザーの、いろんな使い方を許容できることもVectorworksらしさなのでしょう。私自身はシートレイヤをうまく活用して情報を整理整頓するのが好き。このときにレイヤをたくさん重ねたとしてもデータが軽いままなことも、私にとってはVectorworksを愛用する理由のひとつです(吉田氏)。

Vectorworksを学生時代に手にするのは、もはや常識です

Vectorworksとの付き合いは学生時代からですので、すでに15年くらいになります。最初、学校ではドラフターを使って手描きしていたのですが、同級生たちが続々とVectorworksを使いだして、私も当たり前のように手にしました。1年が経たないうちに周囲のほぼ全員が使っていたような気がします。私も使いだして1~2カ月の間には大体使えるようになっていました。誰に背を押されたわけでもないし、学校の授業で習ったわけでもありませんが、手描きよりも美しく表現できるので、みんなが使うのは必然だったのでしょうね(町田氏)。

私は大学1年のときに学校の授業でVectorworksを手にしました。その後、学生時代にアルバイトをしていた設計事務所でもVectorworksを使っていたので、その流れで当たり前のように習得しました。やっぱり実務を前にすると、あっという間に操作は覚えられます。それに仕事だと効率を求めるのが当然ですから、ショートカットを使うのはもちろん、便利そうな新機能は積極的に試すようになりますよね(吉田氏)。

これまで日の目を見なかったレストルームは可能性に満ちている

ShinQsのプロジェクトのおかげで、レストルーム関係のお仕事の引き合いは一気に増えました。ShinQsを手がけて早3年、商業施設を建てるときに「レストルームは渋谷ヒカリエのようなものにしたい」という声をいただくことが増えたと聞きます。たしかに雑誌やテレビで露出して少なからず話題になり、来店されるお客様にも喜んでいただいているようです。私たち自身もここにきて「一つのスタンダードは作れたのかな」と感じつつあります(東中川氏)。

昨今、クライアントの意識も変わってきて「レストルームをつくる」ではなく「お客様に喜ばれる、何かシンボリックで話題性のある仕掛けをつくりたい」という発注が増えました。これまでデザインの手があまり入っていなかったスペースということもあって、まだまだいろんなことが試せます。ここは文字どおり大きな可能性を秘めた空間。私たちはそう信じています(吉田氏)。


5F/日常から切り替え、極上のリラックスを提供するフロア

4F/「いつも」に大人の遊び心、驚き、刺激など、ちょっとしたアクセントをプラスしたフロア

3F/自己演出の向上をサポートし、感性を刺激するようなフロア

B1F/キレイに敏感な方へ、「美」をサポートし、スタイルアップを目指すフロア

B2F/親子で安心して買い物を楽しめるリフレッシュ&ママコミュニティーのフロア

B3F/デザイン・機能に気を配り、幅広い層への優しさを意識したフロア

(撮影/ピップス)

東中川 華子(ひがしなかがわ・はなこ)

株式会社丹青社クリエイティブマネジメント室プランナー。1983年佐賀県生まれ。東京大学文学部歴史文化学科卒業後、丹青社に入社。イベントや展示会の営業を経験後、プランナーに転向し、商業空間のアメニティをはじめ、展示空間、エンターテイメント空間などの企画を手掛ける。代表作は「渋谷ヒカリエ ShinQs Switch Room」企画、「宇宙ミュージアムTeNQ(テンキュー)」展示企画など

町田 怜子(まちだ・さとこ)

株式会社丹青社CS事業部デザイン統括部チーフデザイナー。1981年東京都生まれ。明治大学大学院理工学研究科建築学専攻修了後、丹青社に入社。物販店や飲食店などの専門店の他 class="no-textwrap"、企業ショールームや女性ターゲットのホスピタリティ空間を手掛ける。代表作は「銀座文明堂東銀座店」「有楽町献血ルーム」「渋谷ヒカリエ ShinQs Switch Room」「Konica MINOLTA浜松町ショールーム」など

吉田 麻紀(よしだ・まき)

株式会社丹青社CS事業部デザイン統括部デザイナー。1982年神奈川県生まれ。多摩美術大学環境デザイン学科卒業後、丹青社に入社。百貨店やショッピングセンターなどの大型店から物販店などの商業空間の他、ショールームや、レストルームなどのパブリック空間を手掛ける。代表作は「銀座東急ハンズ」「渋谷ヒカリエ ShinQs Switch Room」「CERA TRADINGショールーム」「渋谷ちかみちラウンジ」「ルピシア各店」など

【取材協力】

株式会社丹青社 http://www.tanseisha.co.jp

東中川 華子 氏

町田 怜子 氏

吉田 麻紀 氏

この事例はJDNの許可により「 ジャパンデザインネット」で2015年7月1日より掲載された記事をもとに編集したものです。

この事例のPDFファイルをダウンロードする

 

記載されている会社名及び商品名などは該当する各社の商標または登録商標です。 製品の仕様は予告なく変更することがあります。