ユーザ事例 & スペシャルレポート

金沢工業大学 環境・建築学部 建築学科は、2年生までは建築デザイン学科と共通のカリキュラムを学び、3年生で環境と構造に選択領域が分かれます。また、一定の条件を満たせばそれぞれの学科への転学科も可能です。今回、建築学科3年生の環境の授業で、Vectorworks上で動作可能な熱環境シミュレーションツールThermoRender Pro(サーモレンダー Pro)を活用する新しい取り組みを始めている准教授の円井基史(まるい もとふみ)先生にお話をうかがいました。


-熱環境シミュレーションツールを授業に取り入れた経緯を教えてください。-

ThermoRender Proの開発にかかわっていた東京工業大学 梅干野研究室の出身ということもあって、2008年の金沢工業大学着任当初から、環境に配慮した設計提案ができる人材を育成するための教育ができればと考えていました。2009年頃からはパイロット的な位置づけで研究室の4年生や3年生の後期に始まるゼミで熱環境シミュレーションツールThermoRender Proを活用した授業を始めました。試行錯誤しながら4年ほど続ける中で、ようやく正規授業で最低限必要なThermoRender Proを揃えることができ、環境と構造に分かれる3年生のカリキュラム調整がうまくいったこともあって、2013年度から正規科目「建築環境実験・演習Ⅱ」の選択テーマのひとつとして本格的に授業を開始しました。

熱環境シミュレーションツールThermoRender Proを用いたCAD室での2013年度演習風景(論文 [1] 図2(a)より引用)

-具体的な授業の内容は? -

週1回180分、4週間の授業で光環境と熱環境の改善提案(環境設計)というテーマを盛り込みました。わずか4週間の授業なので、5〜6人ずつの班に分けてチーム活動で取り組ませています。班ごとに課題建物の光環境、熱環境の問題点の指摘と改善案を提示させ、提案したアイデアの有効性を確認させています。第1週目は班分けと授業概要の説明、日影図の演習の他、太陽放射と地域性、建築と熱の講義をした後、屋内外で照度や気温、表面温度などの実測演習をしています。熱環境シミュレーションツールThermoRender Proについては、体験させることで環境設計に対する刺激が期待できると考えて、第2週目に演習を入れました。そして、第3週目が中間発表で、第4週目は個人レポートの提出と班ごとの最終発表となります。

-班ごとに課題はどのように選んでいるのですか? -

2年生の建築設計課題で設計した建物、もしくは金沢工業大学キャンパスの建物を対象としました。2年生の設計課題の場合はチーム内の誰かの作品をひとつ選んでいます。2013年度は「住宅」を選んだ班が非常に多かったです。それは、2年生の「CAD演習」で設計課題「住宅」の手描き図面をVectorworksで描いていたので、レポートに必要な平面図や断面図を改めてCADで描く手間が省けるという理由からだと思います。2014年度は「CAD演習」の対象が「カフェ」となったため、「カフェ」を選ぶ班が多くなりました。

-ThermoRender Proの演習ではどのようなことに取り組んだのですか。 -

パイロット授業では、事前に3Dモデルを用意しておいて計算結果だけを見せることをしたのですが、学生からは自分で3Dモデルもつくりたいという要望がありました。そこで、演習ではユーザガイドの中にある作図してみようから始めて、平屋住宅と樹木1本の3Dモデルを作成して計算をさせています。平屋で計算時間もかからないため、90分で表面温度とMRT(平均放射温度)まで出せます。その後、時間別に表面温度の分布にどんな特徴があるか、高いところと低いところの違いについてなど演習で取り組ませました。ただし、授業時間も限られているためチームで取り組む環境設計課題でThermoRender Proの使用有無は問わないこととしました。

2年次の住宅設計から本授業(2013年度)までの科目間連携(論文 [1] 図4より引用)

-授業を進めるにあたって難しい点は?-

2013年度は、環境分野を選択した約80名全員が2クラス(全14班)に分かれてこの授業を受講しましたが、2014年度は、いろいろな分野を幅広く体験してもらうという意図でカリキュラム変更がありました。「建築総合演習A」という授業名となり、環境分野は5つ、構造分野は3つのテーマが用意され、環境を選択した学生は環境2テーマと構造1〜2テーマを、構造の学生は構造3テーマと環境1テーマに取り組むこととなりました。そのため、この授業を選択したのは環境の学生が18名(3班)、構造の学生が13名(2班)でした。授業は教員1名とアシスタント2名(4年生)で進めているので、受講人数が少なければ授業運営はしやすくなりますが、ThermoRender Proを体験する学生の総数が減ってしまった点は残念です。また、授業時間外のチーム活動が多く、課題をまとめきれない班がでてしまうことがある点は難しいところです。

屋根形状や庇の改善を行った班(CAD図面、3Dモデリングも活用 2013年度)(論文 [1] 図3(a)より引用)

-2年間実施した感想は? -

環境設計について、光・熱・風などいろいろな角度から考えることをテーマにしていたので、ThermoRender Proについては、最終的に使用しなくても良いと考えていました。研究室のパイロット授業でも学生が苦労していたので、授業時間外での活用は難しいだろうと思っていたのですが、昨年度は14班中11班がThermoRender Proでの計算をしてきたので驚きました。2014年度も環境は全部の班で、構造は1班でThermoRender Proでの計算をしています。また、CADで2次元図面を描く「CAD演習」や3次元モデリングや光環境シミュレーションを学ぶ「空間メディア」などの授業とリンクした課題を学生が選んだこともあって、結果的には科目間連携が取れました。意匠設計から光環境や熱環境の予測評価や検証まで一連の流れとして学ぶという意味で設計系の先生方の評判も良かったですし、非常にうまく連携できたと感じます。

-授業を受けた学生の反応は? -

チーム内で作業分担をしているので、課題でThermoRender Proを担当した学生は各班1名か2名だと思いますが、授業後のアンケートではThermoRender Proの演習について、ほとんどの学生が「環境設計の課題に取り組むにあたって有効だった」と回答しています。また、環境設計や熱環境に対する意識も変化したようでした。2014年度は受講する学生は減りましたが、特に環境は非常に優秀な学生が集まっていたので、授業終了後のアンケートも前向きな意見が多く、個人レポートも想像以上の出来でした。一方、構造の学生は課題をまとめきれなかった班があって残念でしたが、この授業を受けたことで興味が沸いて円井研究室に入ることを決めた学生もいますので、概ね学生の反応も良かったと思います。とはいえ、授業時間外での負荷が高くなってしまっている点は、今後もう少し改善したいと考えています。

-今後取り組みたいことは? -

2年間実施して、「意外とおもしろい」、「達成感があった」、「ためになった」などの意見もあり感触も良いので、この授業は続けて行きたいと思っています。そして、3年生だけではなく大学院生にも取り組ませたいと思っています。今年は、環境系の4名の大学院生に前学期でThermoRender Proを体験させたので後学期に活用してくれることを期待しています。さらに、大学院の授業ではデザイン系や意匠系の学生にも環境設計的な思考を持って欲しいと思いますし、ひとつの刺激にしてもらうためにThermoRender Proを体験させたいと思っています。また、個人的な興味としては、ThermoRender Proによるシミュレーションは表面温度で環境解析をしていますが、表面温度に加えて空気や風などの気流も解いていきたいと思っています。

記事中で参照した研究論文

  • [1] 円井基史:3D-CAD 対応熱環境シミュレーションを取り入れた「環境設計」授業の実践 ―建築系学部3年生を対象に― 日本建築学会大会学術講演梗概集(近畿)2014.9

ー取材を終えてー

ThermoRender Proでの計算は困難で時間もかかるため、課題ではほとんど使われないだろうと予測していたそうです。ところが、課外で20時間から30時間かけて学生が自力で計算をしていたそうで、良い意味で予測を裏切られたということでした。環境設計的刺激という意味では大成功の授業だと思いますし、今後もより多くの学生にThermoRender Proを体験して欲しいと思います。

エーアンドエー株式会社 CR推進課 竹内 真紀子

【取材協力】

金沢工業大学 http://www.kanazawa-it.ac.jp/

環境・建築学部 建築学科 准教授 円井 基史 氏

(取材:2014年10月)

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