ユーザ事例 & スペシャルレポート

「毘沙門の家」「豊前の家」などの作品で国内外から注目されてきた建築家、谷尻誠さん。2000年の独立以来、Vectorworksとの付き合いは14年にも及びます。ここではVectorworksを使い続ける理由、Vectorworksを使って設計した代表作「沼袋の集合住宅」の誕生エピソード、常に新しいものを追い求める氏の考え方などにフォーカスします。


VOL.1 短期間で慣れた絵筆になるCADソフト

Vectorworksは、驚くほど短時間で習得できる

僕がふたつの設計事務所を経て独立したとき、自宅兼オフィスにある仕事道具はVectorworksがインストールされたMac一台だけでした。以前は別のCADソフトを使っていたのですが、そうこうしているうちに図面を描く仕事を依頼されてしまって……。つまるところ仕事道具に慣れる前に、締切が決まったわけです(笑)。

たしか締切は一週間後でした。悩んでいる暇はありません。以前の職場にあったCADソフトがあれば楽に終えられそうな仕事でしたが、独立したてで資金面の問題もあり、手元にあるVectorworksに慣れてしまおうと思ったわけです。そう割り切れば早いもので、驚いたことに2~3日で大体のことを覚えました。なんとなくAdobe Illustratorで図面を引いているような感覚でしたね。いずれにしても、大きな苦労がなかったことを覚えています。

僕はやっぱりMacがある空間が好き。自分の仕事場ではMacを使いたかったのです。するとCADソフトは、Vectorworks以外に選択肢がなくなります。使いやすい、使いにくい、ということも大事だと思いますが、自分自身が何を使いたいのか、というフィーリングも大事にしたい。今となっては、こんな風に偉そうに語っていますけど、当時はVectorworksがすぐに覚えられるソフトであったことに救われました(笑)。

図面を売りものにするなら、図面を見栄え良くできるソフトを

現在、うちのオフィスにはスタッフが27人いて、ほぼ全員がVectorworksを使えます。学校で習ってくるからなのか、前職で身につけてくるからなのか。理由はわかりませんが、みんなVectorworksは普通に使えます。もっとも、過去には使えずに入社してきた人もいましたが、それは問題ではありませんでした。自分がそうだったように、彼らも短期間で習得してくれることは間違いありませんでしたからね。

僕らのように図面が売りものの人たちにとっては、図面を見栄え良く作れることも、Vectorworksを選ぶ理由のひとつになります。この部分はほかのCADソフトの追随を許さないところでしょう。ご存知の通り、図面を作った後で、お施主さんに見ていただくプレゼンテーション仕様にすることもできますから。こういったところもVectorworksの魅力です。

やっぱり気持ちのいいビジュアルで提案したい

そう考えると「プレゼンに勝つならVectorworksだ」と言い切ってもいいぐらいです。やっぱり優れた図面を描いても、その魅力をきちんとプレゼンできなかったら意味がありません。ごくたまに違うソフトを使いますが、そうであってもプレゼンをするときには必ずVectorworksに落とし込んでレイアウトを組みます。シンプルな話、どうせ提案するなら美しいビジュアルを見ていただきたい。見せられる側だって美しいものを見れたほうが嬉しいはず。そのあたりは常に意識しています。

もっと言ってしまうと最終的にはソフトウエアのパフォーマンスではなく「絵心」だと思っています。風景の中に、どれくらいの大きさで建物を置くのか。どんな空だと絵として気持ちがいいか。雪が降る地方の建物だったら、シーンの中に雪を降らせることもあります。むしろ、定番的な青空はあまり使いません。CGとしてのクオリティも大事ですが、狙うのはCGらしいCGではなく、ふさわしい臨場感。やっぱり最終的には、これが大事になるんですよね。

VOL.2 僕らの思考をすばやく清書してくれるツール

身近な絵筆で、図面を描き、プレゼンをする

2012年に「沼袋の集合住宅」を設計した際もVectorworksを使いました。例によって特別な機能を駆使したという話ではなく、「身近な絵筆」で図面を描きプレゼンをしたという話です。

このプロジェクトでお施主さんに求められたことは「個性的で特徴がある集合住宅」にすることでした。そこで想像したことは事務所としても使えて、ひとりで贅沢に住むのにも魅力的で、子どものいないご夫婦が住むのにも楽しそうな空間です。入居者が想像力をふくらませて、いろんな形で使える住宅。いろんな可能性を担保できる空間です。

「沼袋の集合住宅」配置図・1F平面図

たとえば空間がふたつあるうちの、窓に面した縁側のようなところに、グリーンをたくさん並べたとします。もうひとつの部屋から、そこを眺めると庭があるように映りますよね。けれども自転車好きな人が愛車を持ち込めば、そこは庭ではなくガレージに。「バルコニー」のような、「庭」のような、「部屋」のような空間です。これを持つことは住人にとっての豊かさになるはずです。

許容力を、建築物に

「沼袋の集合住宅」断面図、上階になるほど外壁が
薄くなっていることがよくわかる

世の中には「こういう風に使う」が定められた部屋はたくさんあります。だから僕らは常にテーマとして「余白がある」を掲げています。「どこかに抜けがある」と言ってもいいでしょうか。建築家の作る住宅にはすばらしいものも多い反面、ときとして抑圧的で、ある種の使い方が示唆されています。それは僕らが目指す仕事ではありません。むしろ「住人が使うことで完成する建築」にしたい。それがどうすればできるのか、いつも考えています。

それに建築家が作った住宅って、ものが散乱していたら絵にならなそうですよね。整理整頓されていないと怒られそう。極端な話、パンツ一丁で歩くことが許されないような建築と、それさえも許容できる建築があるとしたら、どちらが魅力的でしょうか。僕は「使い方」に左右されない建築のほうがずっと魅力的だと思います。

いずれにしても部屋に名前をつけると「使い方」が定まってしまうから、一旦名前は取り除いて考えます。ある種、玄関であり、廊下であり、部屋でもある空間があるとして、そこで仕事をすればオフィスになるし、ベッドを置けば寝室にもなる。これが「沼袋の集合住宅」でやりたかったことです。こうして名前を外して“もの”と向き合うのは、世の中をフラットに見るための僕の習慣でもあります。

僕らの思考の先に、完成形がある

構造の成り立ちを、そのままデザインとして成立させたことも、沼袋の集合住宅の特徴です。普通は下層のほうが柱は太く、上層ほど細くなりますが、それをそのまま外観にしたのがあの搭状のデザイン。しかも時間とともに外観ができあがっていくように、コンクリート製の外観には段差を設けて、そこに溜まったホコリが雨に流される中で、自然が汚れを施します。これは僕らが考えたデザインではありますが、僕らの力だけでは完成しません。もっと先に完成型がある建物です。

みんな「コンクリートは汚れるから嫌だ」と言いますよね。言われれば言われるほど「いかに汚れで美しさを生むか」に挑戦したくなる。性格悪いですね(笑)。でも、それっていいことなんです。ある意味、性格は悪いほうがいい。性格がいい人って、みんなが正しいと思うことを素直に信じてしまうから新しさを見つける観点に乏しい。新しさは、みんなが見ていない方向を見た人が見つけます。だから物事は性格悪く見るべきです。

……といっても意地悪するほど性格悪くはありませんからね(笑)。いずれにしましても、これら僕らの思考を図面として清書してくれるツールが、Vectorworksです。料理人にとっての鍋やフライパン。そんなところでしょうかね。

VOL.3 分野を横断し、全国を飛び回り、まだ名前のない場所を狙う

広島と東京、二拠点での活動に欠かせないVectorworks

現在は、依頼の多くが広島県外からのものですので、僕やスタッフたちは、東京と広島のオフィスを拠点に全国を飛び回っています。特に僕は事務所にいる時間が限られるため、スタッフがVectorworksで作ったものは、PDFにしてSkypeなどで送ってもらい出先でもチェックします。外でVectorworksを使うこともあるので、MacBookにはネットワーク版のVectorworksが欠かせません。これならライセンス認証をするサーバーがある広島のオフィスに戻れなくても、「ライセンス持ち出し機能」によって30日間はVectorworksを使い続けられます。

優れた体験を身近にすることで、優れたクリエイションを

広島のオフィスには40坪くらいの空き部屋があります。この空間に行為が名前をつけるというコンセプトで、毎月ゲストを迎えて続けてきたイベントが「THINK」です。たとえばミュージシャンを招いた日は「ライブハウス」、料理家を招いた日は「レストラン」になります。東京に比べると広島は家賃が安いから、いろいろなアイデアが広がりますが、今一番やりたいことは社員食堂です。食べたものが人間の細胞になり、細胞が思考を形成する。そう思ったらスタッフの健康管理をきちんとやっている事務所のほうが優れた仕事ができそうだと思うからです。

もっと言うと、広島オフィスの土地を買い取って、1階は食事をする場所、2~3階はゲストハウス、4~5階あたりをオフィスとして建て替えたいですね。遠方から打ち合わせにいらしたお客さんに泊まってもらっても楽しいし、THINKを催した夜には、みんなで食事やお酒を楽しんで、やっぱりゲストには滞在してもらいたい。遊ばない人が楽しい提案をできるはずがありませんから、スタッフが楽しく過ごせる職場を作りたいのです。そうやって未来型の提案ができる集団になりたいですよね。

みんなにとって建築をもっと身近なものにしたい

建築の世界には、大学の建築学科で学び、アトリエ事務所を経てデビューというストーリーがありますが、どちらも経験していない僕は長らくコンプレックスを抱えてきました。そしてそれを新しいものを生みだす原動力に変えてきたつもりです。結局のところサラブレッドになれなかった人がサラブレッドの背を追っていても勝ち目はありません。だったら「自分なら何ができるか」を考えて、道を切り拓くべきです。

世の中には、建築を難しく伝える建築家が多いですよね。建築家と一般の人との間に距離があるのはそのためです。けれども、もう少し異なる建築家がいてもいいはず。僕はナイキの「スポーツ人口を取り合うより、スポーツ人口を増やそう」という思想が好きで、建築の世界にもそれを持ち込みたい。つまり限られた需要を取りあうのではなく、建築のことを知らない人たちにもっと働きかけて需要を増やすのです。そのほうが健全ですよね。新しい東京事務所のエントランスにキッチンを設けたのもそのためです。ここは日によってカフェになったり、バーになったりします。僕だって設計事務所に依頼するのであれば、まずは依頼先を下見したい(笑)。カフェやバーに行くつもりで足を運んでもらい、雰囲気を知ってもらった上で、気軽に相談されたいですね。

最終的には、すべてはセンスだと思う

よく設計事務所って、アトリエ事務所か大手組織に二分されますが、僕らはその中間の事務所を目指したいのです。まだ名前がついていない「グレーゾーン」が一番面白いと思いますからね。だから建築事務所だと謳いながらも、インテリアの仕事もやるし、プロダクトの仕事も、グラフィックの仕事もやる。実際、世の中にはイームズのように家具も、建築も、映像も、という存在がいて、僕もそういう存在に憧れます。同じくセンスのいいファッションデザイナーを見ていると、洋服以外の分野でもセンスを発揮していますけど、結局すべてはセンスなのでしょう。そんな気がします。

いずれにしても、そういったスタイルのほうが性に合っています。世の中が便利になると、いろんな物事が細分化されていきがちですが、僕は領域にとらわれず、いろんな分野を横断し続けたい。そんな風に活動し続けるにはどうすればいいのか。いつも考え続けているんですよね。

【取材協力】

SUPPOSE DESIGN OFFICE http://www.suppose.jp/

谷尻 誠 氏

この事例はJDNの許可により「 ジャパンデザインネット」で2014年12月3日より掲載された記事をもとに編集したものです。

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