ユーザ事例 & スペシャルレポート

OASIS加盟校でもある、佐賀大学 理工学部 都市工学科では、人々が暮らし活動する「都市」の諸問題について、多岐にわたる各専門領域が連携し、一体となって教育・研究活動を展開しています。その中でアーバンデザインを専門とする三島研究室では、「真実は現地にあり」をモットーとして、重要伝統的建造物群保存地区に指定されている佐賀県鹿島市肥前浜宿の災害時避難に関する研究に取り組んでいます。研究の中で歩行者シミュレーションソフトSimTread(シムトレッド)がどのように活用されたのかを紹介します。

今回、江戸時代には鹿島藩最大の商工業の町として栄え、細い路地と茅葺きや桟瓦葺きの町家が密集した町並みが特徴の、肥前浜宿「浜庄津町浜金屋町」の避難計画に関する研究について、教授の三島伸雄(みしま のぶお)先生にお話をうかがいました。


重要伝統的建造物群保存地区に選定されるためには防災計画が必須に

-研究に取り組んだきっかけは?-

鹿島市の肥前浜地区には、重要伝統的建造物群保存地区の選定段階にあった15年ほど前からかかわっています。茅葺き屋根が瓦葺きに変わったものや鉄板で葺かれた建物もありましたが、市街地に茅葺きの建物が多く残っているところはほとんどないこともあって、文化庁も国の文化財にしたいと考えた地域でした。とはいえ、茅葺き屋根は火災に弱く、ほとんどの道路は幅員4m未満で中には1.7m未満のものもあり、地区の選定にあたって国からの条件は、まず防災計画を立案することでした。これまで、重要伝統的建造物群保存地区指定の前に防災計画をつくっているケースはありませんでした。ですが、条件とされた防災計画をつくらないと選定は進まないだろうと考え、調査を始めたことが研究に取り組むきっかけになりました。

防災計画はハードの対応から始めて避難計画立案へ

-どのように計画をしていったのですか? -

防災計画をつくる目的は2つありました。ひとつは準防火地域をはずすことで、これは都市計画上の問題です。もうひとつは建築基準法の緩和条例をつくることでした。市からも委託を受けて、地区のどういうところに問題があるかという調査から始めました。何もかもが初めての上、この地区の伝統的建造物は建築基準法の現行法規で不適格となる項目が緩和できる項目のほとんどに該当してしまうこともあって、非常に大変でした。住民の命を守るという観点では避難計画も重要だと考えましたが、まずは消火栓や防火水槽の設置などハード面での設備対応から始めました。避難計画については、大学の研究室で地区の住民の避難意識を調査し、調査を通じて避難計画を進めるということで緩和条例も承認されました。

避難は最終避難地まで無事に逃げられることが重要

-避難計画はどのように進めているのですか?-

緩和条例では、建物から2方向の避難経路を確保することとして、延焼のおそれのある茅葺き屋根には、スプリンクラー設備を設置すると同時に、もし燃えてしまっても建物内部が延焼しないように屋根の裏に耐火ボードを貼ることとしました。建物修理は順次進みますが、避難は最終避難地まで無事に逃げられるかどうかが問題です。そこで、避難時間把握のために、SimTreadを使った避難シミュレーションに取り組みました。浜庄津町浜金屋町は、最終避難地が山の上ですが、緩和条例制定時の意識調査で住民が一時的に安全と考えている場所を確認し、3ヵ所の一次避難場所を設定して避難時間の分析と問題点の抽出を行いました。

周辺建物環境も考慮できるということでSimTreadを選択

住民が認識している一時的に安全な場所(論文[2]、図4 より引用)。

-なぜSimTreadを選んだのですか?-

マルチエージェントシミュレータの中で、周辺建物環境も考慮できるものが良いと考えて、SimTreadを選びました。SimTreadは外部空間での活用を考えてつくられたソフトではないと思いますが、研究では外部空間に適応させているので、その点でいくつかの課題があると感じます。屋外空間は必ずしもバリアフリーではないですし、このような町並みの道路には、さまざまな障壁があります。ですから、その部分をどのように設定するかは悩みながらシミュレーションを進めています。シミュレーション手法としては、ヒアリング調査からわかる範囲で家の中のプランも描いて、そこから一人ひとり避難をさせて避難時間を計測しています。

住民が設定した避難経路をもとに避難時間をシミュレーション

避難時間を短縮するための対策、出口の改善例、非伝統的住宅の高窓の改善(論文[2]、図6 より引用)。

-具体的にどのようなシミュレーションをしたのですか?-

火事の場合、通報があってから消防自動車が到着するまでに10分程度かかるということで、一次避難場所への到着時間は10分以下を目標として、さらに、適切な時間は7分と考えました。また、地区内には高齢者も多いため、歩行困難なケースも含めて3種類(毎秒1.3m、毎秒1.0m、毎秒0.5m)の歩行速度を避難に関する先行研究などを参考にして設定しました。これらの条件で、住民が2つの出口から設定した、第一避難経路、第二避難経路をシミュレーションした結果、問題となる部分もわかってきました。その上で、避難計画立案のために建物の改善なども検討しています。それと併せて、非常に狭い道路は火災や地震で塞がれるおそれもあることから、道路が閉塞された場合についての避難時間のシミュレーションも行いました。

シミュレーションでは避難経路に存在する多くの障壁の設定が課題

-SimTread活用の際、苦労した点は?-

SimTreadでは階段などが主な移動の障壁として想定されていますが、それ以外の障壁が避難経路には多数存在します。それらは待機時間を設定することでシミュレーションしましたが、その点は苦労しました。避難の際手助けが必要な人(研究論文[1]はPersons in need of AidsⅠ・Ⅱ、[2][3]ではVulnerable peopleⅠ・Ⅱ)の歩行速度も実験や先行研究を参考に設定していますが、歩行速度や待機時間の設定が果たして正しいのかという疑問も残ります。例えば、高窓から避難するなどさまざまな想定に基づいて、学生が実際の避難時間を計測しました。避難訓練では高齢者の方の避難時間も計測しましたが、どのような想定で、シミュレーションの設定をしていくかは今後の課題ですし、シミュレーション結果の検証も必要だろうと感じます。

シミュレーション結果から避難に対する住民の意識を変えていくことも必要

地区内でAとBの経路が両方塞がれた場合のシミュレーション結果(論文[2]、図13 より引用)。

-SimTreadを活用したシミュレーションでわかったことは? -

論文[2]では、高窓を掃き出し窓にするなどの出口改善提案をしましたが、避難時間は大幅に改善されないことがわかりました。危険なのは経路にある避難の障害になるような場所です。そして、浜庄津町浜金屋町では「がぼい」と呼ばれている湿地を整備した方が避難に有効であることや、道が塞がれた場合の迂回を考慮すると、一次避難場所を想定より増やすことが有効だろうということもわかりました。シミュレーションでは、住民が逃げ道として設定した経路に最も近いところを避難場所に設定しましたが、そこが危ないと予測したら、他の場所に逃げることを住民に学習させないと避難は上手く機能しないだろうということもわかってきました。

道路の閉塞を考慮して想定すると避難計画は
いっそう厳しくなる

-重要伝統的建造物群保存地区の避難シミュレーションの課題は?-

国土交通省では災害時の道路閉塞確率を出していますが、4m未満の道路はすべて閉塞する前提です。そうなると、このような歴史的町並みの場合、ほぼすべての道が塞がれることになってしまい評価ができません。そこで、研究論文[2]では、単純に2ヵ所の道が塞がれる想定でシミュレーションをしました。ですが、4m未満の道路でも独自に閉塞確率を考慮することは必要だと感じます。この地区に限らず、町並みの実態にあった避難計画を考える上で4m未満の道路の閉塞確率を考慮した避難シミュレーションを行うことは今後の課題です。

異分野融合や日韓共同で研究を拡大していきたい

-今後取り組みたいことは?-

浜庄津町浜金屋町は自主防災組織もできているので、避難訓練も実施しましたが、まだ十分ではありません。これまでの研究を踏まえて、もう少し継続的に避難訓練ができたらと思っています。また、防災の研究は工学的なものが多いのですが、浜庄津町浜金屋町の住民の認識にもとづく2方向避難経路を解析した論文[1]は、佐賀大学文化教育学部の福祉関連の先生と協力した異分野融合研究です。今後はこれらの研究のデータベースをつくるなど、知能情報やeラーニングの先生方とも連携してICTベースの研究に発展させたいと考えています。さらに、大学院では学生の国際化も目標に掲げていますので、この地区をモデルにしながら、日本だけでなく、歴史的町並みがある韓国との共同研究も視野に入れ、連携しながら研究を拡大していこうと考えています。

記事中で参照した肥前浜宿「浜庄津町浜金屋町」を対象とした研究論文

  • [1] Nobuo Mishima, Naomi Miyamoto, Yoko Taguchi, Keiko Kitagawa. Analysis of current two-way evacuation routes based on residents’ perceptions in a historic preservation area(2014-6).International Journal of Disaster Risk Reduction 8(2014)10-19
  • [2] Nobuo Mishima, Naomi Miyamoto, and Yoko Taguchi. Comparative Analysis of Measures to Secure Two-Way Evacuation Routes for Vulnerable People during Large Disasters in a Historic Area(2013-8). World Academy of Science, Engineering and Technology International Journal of Social, Human Science and Engineering Vol:7 No:8, 2013
  • [3] Nobuo MISHIMA, Naomi MIYAMOTO, Yoko TAGUCHI. Evacuation Route Planning for a Historic Preservation Area in Large Disasters(2013-3). Journal of Habitat Engineering and Design 2013 ISHED Conference,2012, Shanghai, 121-128

ー取材を終えてー

佐賀県鹿島市の肥前浜宿を含めて、重要伝統的建造物群保存地区には41道府県で106地区(2013年12月末時点)が選定されています。SimTreadは外部空間での避難までを考慮して開発されたソフトではありませんが、使い手の想像力で活用の幅が大きく広がりつつあります。このような地区も含めて地域の避難計画にもさらに使いやすいソフトに進化することが期待されていると感じました。

エーアンドエー株式会社 CR推進課 竹内 真紀子

【取材協力】

佐賀大学 大学院 http://www.saga-u.ac.jp/

工学系研究科 都市工学専攻 教授 三島 伸雄 氏

(取材:2014年3月)

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