ユーザ事例 & スペシャルレポート

株式会社 明野設備研究所では、建築物の火災に対する安全性を示す避難安全検証を行っています。検証では、告示に基づいた計算式を用いて安全性を数値で示していますが、指標となる時間から避難の状況までは確認できません。そこで、最近は駅での避難や、超高層ビルでの全館避難の状況をシミュレーションして可視化することで、数字だけではわからないさまざまな検証も行っています。これらのシミュレーションにSimTread(シムトレッド)がどのように活用されたのかをご紹介します。

今回、SimTreadを活用して、業務のみならず学会での研究発表など、さまざまな取り組みをしている、企画部 エンジニアの清家 萌(せいけ もゆ)さんと田中 希美(たなか のぞみ)さんにお話をうかがいました。


超高層ビルの避難でどのような状況が起きるかをシミュレーション

-どのようなことにSimTreadを活用したのですか?-

清家 私どもの主な業務は、火災避難を想定した避難安全性の検証で、例えば建築物の安全性を全館避難時間などの指標で示しています。ですが、東日本大震災の際、在館者が一斉に避難した首都圏の超高層ビルでは、階段内の混雑で上層階にいた人が容易に下に降りられなかったということでした。そこで、一斉避難でどのような状況が建物内で起きていたのか、SimTreadを使って可視化しようと考えました。とはいえ、SimTreadは事業者や設計者にとって身近なソフトではなかったので、まず平面図上で行った避難シミュレーションを見せることからスタートして、SimTreadによる全館避難シミュレーションをすることになりました。

混雑を緩和し、よりスムーズに避難させるための検討

-どのようなシミュレーションをしたのですか? -

清家 検討では、全館一斉避難と階ごとにタイムラグをつけて避難させた場合で、避難性状がどのように変わるかを比較しました。その結果、全館一斉避難では階段が非常に混雑して避難が困難である様子が確認できました。報告書では、フロアでの待機時間は発生するものの階段内の混雑を緩和して、スムーズな避難が可能になる避難誘導の提案もしています。これらは、高層建築物における安全な避難の検討として、2012年の建築学会名古屋大会でも発表しました[*]。既存の建物については避難の誘導方法を検討し、新築の建物については階段の本数や幅員についても比較し、混み合う階段内の人の流れをどうすれば改善できるかを検証しました。

[* 文献名]:清家 萌ほか:高層建築物における安全な全館避難のための設計と誘導方策の考察 ー歩行流の質の評価尺度QOFの適用によるー
日本建築学会大会学術講演梗概集 2012.9

安全な避難の検討には避難時間だけではわからない滞留状況の可視化が有効

-SimTreadを活用した検討でわかったことは?-

清家 想定した、1フロア当たりの専有面積3000㎡、在館者数375人の60階建て超高層ビルでは、全館一斉避難で約2万人が階段に押し寄せ、階段内の混雑によって最上階の人は約2時間待つことがシミュレーションでわかりました。避難時間は想定した他のパターンに比べ、一番早かったのですが、階段内はひどい混雑状況が見られました。また、フロアごとに時差をつけると、階段内の混雑が緩和され、よりスムーズに避難できることもわかりました。検討で具体的な改善策提案まではできていませんが、SimTreadのシミュレーションで、避難時間だけではわからない人の滞留が可視化できることは避難を考える上でとても有効だと感じます。

歩行流の質の評価尺度QOFと避難時間のバランスが重要

-混雑状況はどのような指標で評価したのですか?-

清家 学会の発表では、歩行流の質の評価尺度QOF(Quality of flow)を用いて定量的に評価をしました。QOFは階段内で合流が少ないほどスムーズに流れます。時差をつけて逃がせばQOFはあがりますが、QOFと避難時間のバランスが大事なのだろうと感じます。さらに、SimTreadのログデータを使って平均歩行速度を数値化して混雑度の指標として使っています。

田中 60階建ての超高層ビルでは単純に1階まで降りるだけでも時間がかかります。全館一斉避難は、シミュレーション上では避難時間が一番早いとはいえ、二次災害が起き得る可能性が高いことは避けられません。そういう意味で、提案も含めてスムーズに人が流れるような逃がし方を考えていかなくてはいけないのではないかと感じます。

SimTreadの活用は駅の避難シミュレーションからスタート

-SimTreadはいつ頃から使っているのですか?-

田中 2010年ごろから、SimTreadは導入されていました。私が最初に取り組んだのは駅構内のシミュレーションです。近年、大規模な駅には物販店や飲食店などが併設され、駅の機能が複合的になっていることから、今まで以上に安全面でもさまざまな配慮が必要になってきています。そこで、実際の状況を避難シミュレーションで可視化して、その結果を踏まえた対応策を考えるために、SimTreadの活用が始まりました。SimTreadによるシミュレーションはイメージとして作成し、避難時間は告示で示された計算方法に基づいて計算をしています。人が滞留する場所などがわかりやすくなるSimTreadによるシミュレーション結果は、避難上の問題点を把握する上での補足説明資料という位置づけでの活用でした。

時間だけでは把握できない混雑状況を認識し、対応策を検討できるツール

-SimTread活用によるメリットは?-

田中 大規模な駅の例では、ピーク時における計算上の避難完了時間は11分程度と、避難時間が長い印象は受けません。ですが、SimTreadのシミュレーションでは、混雑状況が可視化されるので避難経路の重要性が確認できます。さらに、誘導方法検討の必要性など計算ではわからなかったことも認識できます。そして、SimTreadで作成した動画は、簡単にイメージの共有ができるので、事業者や設計者に状況を認識してもらう意味でもとても良いツールだと思います。

清家 避難安全検証の避難時間という意味では、11分で避難が終わりますという説明になります。時間的には短いイメージですが、シミュレーション結果を見ると場所によっては混雑して滞留が起きていることがわかりました。このようなツールを活用することで、滞留が大きくなっているところを分散させる検討をしましょう、という方向に持っていけたらと感じます。

実態に即した想定をして日常業務でもどんどん活用したい

-SimTreadを活用して今後取り組んでみたいことはありますか?-

田中 現状やっている駅や超高層ビルでのシミュレーションでは、自力で歩行避難ができる健常者で、尚かつ通常速度で歩ける人という設定ですが、いろんな用途の建物があります。例えば、福祉施設などでの避難は、実際に歩行速度を考慮してシミュレーションするとどうなるのか、私自身もイメージがしづらいので、シミュレーションしてみたいと感じます。

清家 通常の建物で考えても、歩行速度は人によってさまざまで、いろんな人が混在していると思います。想定でそういうところまで考えていければと感じます。さらに、今回学会で発表した内容の中には、改善の余地がありそうな避難誘導の想定パターンもありますので、その点はもう少し検討してみたいと思います。そして、日常業務では階段から外部に出る扉の開き勝手の検討などに一部で活用していますが、簡単にシミュレーション結果が出せると説得力も増しますし、今後は日常業務にもっと活用できればと思います。

企画部 シニアエンジニア
吉田 俊之 氏

SimTreadの活用についてひとこと

企画部 シニアエンジニア 吉田 俊之 氏

最近の建物は階段室などの避難経路がとてもコンパクトになってきていますので、安全性の観点では、十分な性能が出るように考えていかなくてはいけないと感じます。今回、東日本大震災を受け、超高層ビルの避難検証を行いました。私どもの主な業務は火災に対する安全性の検証ですが、もう少し防災というくくりで、SimTreadなどのシミュレーションソフトを活用して地震の避難なども含めて提案できればと思います。

企画部 エンジニア
日戸 ゆき菜 氏

企画部 エンジニア 日戸 ゆき菜 氏

SimTreadのシミュレーション動画は、計算式や数値を見るよりも受け入れやすく、とてもわかりやすいです。避難時間何分という説明に比べ、一般の人が見ても理解しやすく、短時間でイメージ共有ができるのは避難計画を考える上でも有効だと感じます。また、防災性能評価資料に関心をもってもらう観点から、避難を考える入口としてはとても良いツールだと思います。日々の業務でこれから使いこなしていきたいと感じます。


ー取材を終えてー

今まで全館避難時間というようなことを意識したことはありませんでしたが、取材を通して、時間から受ける印象と、動画でみるシミュレーション結果には大きな違いがあることがわかりました。SimTreadのようなツールが一般的になることで、専門的で理解しにくかった内容もイメージしやすくなり、防災や避難に対する意識や考え方も変わっていくのではないかと感じます。

エーアンドエー株式会社 CR推進課 竹内 真紀子

【取材協力】

株式会社 明野設備研究所  http://www.afri.jp/
企画部 シニアエンジニア 吉田 俊之 氏
企画部 エンジニア 清家 萌 氏
企画部 エンジニア 田中 希美 氏
企画部 エンジニア 日戸 ゆき菜 氏

(取材:2012年10月)

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