ユーザ事例 & スペシャルレポート

日建設計では、震災直後に「特別オープンデスク」として、東北地方の建築学科の学生を迎え入れ、東北のリサーチを行っています。その活動と成果は、昨年4月に行われた「東日本大震災の復興について考える公開ブレインストーミング」で発表され、予想以上の反響がありました。この活動を引き継ぐかたちで、リサーチの指導にあたったメンバーがボランティアとして「避難 時間 地形 地図」(通称:「逃げ地図」)の作成に取り組み、SimTread(シムトレッド)による広域避難シミュレーションではエーアンドエーも協力しています。「逃げ地図」にSimTread(シムトレッド)がどのように活用されたのかをご紹介します。

今回、オープンデスクで学生の指導にあたり、その後、ボランティア部 気仙沼チームのリーダーとして「逃げ地図」の開発からワークショップまで、精力的な活動を続けている、設計部 主管の羽鳥達也(はとり たつや)さんにお話をうかがいました。


何もないところからスタートした有志によるボランティア活動

-「特別オープンデスク」の後どのような活動をしたのですか?-

神保町シアタービルで一緒に仕事をしていた、宮城県気仙沼市の髙橋工業に募金を届ける目的もあり、昨年の4月と5月に気仙沼を訪問しました。その際、余震やさらなる津波来襲の不安のなかで、さまざまな問題が山積したまま、決めるべきことがまったく決まらないという生の声を聞きました。私たちはデザイナーですから、夢の持てる絵を描きたいという気持ちもありましたが、現地の声に触れ、そこに住む方々にとって役に立つものをつくろうと考えました。そして、実際に被災した地区にどういう危険があるかを理解しない限り、次の提案はできないと考えて、震災の状況を白地図に描き込むことから始めました。

浸水域や避難場所、土地の歴史からみえてきた地図の必要性

-地図をつくろうと思ったきっかけは? -

歴史を調べると、ケーススタディの対象とした気仙沼の大谷地区は、明治三陸地震(1896年)の津波の後に、高台移転し、避難所も防災マップもその津波を参考につくられていました。ですが、今回その避難所に逃げた方々が亡くなってしまった現実があります。記録として残っていませんが、さらに調べると約300年前に今回と同じくらいの規模の津波があったという言い伝えがありました。ですから、決められた避難所に逃げるための地図ではなく、危険な時はどのくらいの時間でどこまで逃げられるかという指針を示せる地図をつくった方が良いだろうと考えました。そのような地図ができれば、土地のリスクをどのように見込み、避難所はどこにつくるべきか、地域の住民で建設的に議論することができるのではないかとも考えました。

避難に対して思考の自由度を奪わない地図であることが重要

-どのような手法で「逃げ地図」を作成したのですか?-

浸水域を地図上に描き込み、安全と考えられる場所を示して、実際には逃げられる限り逃げるための地図という構想に対して、どのように記載するとわかりやすい地図になるか、チームで議論を重ねました。危険であれば道路以外の場所も通って逃げるだろうという意見もあり、安全か危険かを示すのは標高と道路のどちらが良いか、到達するゴールをどうするかで悩みました。その結果、やはり交通の要となる道路を逃げる前提として、目指すゴールは避難所などに限定せず、自由に考えることができる領域としました。また、自力での徒歩避難を前提としたので、高齢者や子供が坂道を逃げるのに無理がない歩行速度(分速43m)で、時間と距離を計算し、緑(安全)から赤(危険)のグラデーションで道路を塗りわけています。

地図上の表現を現実的な計画に結びつけるために必要だったSimTread

-SimTread活用のきっかけは?-

ソニーシティ大崎のプロジェクトで、避難計画だけでなく研究者同士が出会う確立を高める平面計画の検討にSimTreadを活用した経験があったので、「逃げ地図」でも活用したいと考えました。手書きで道路に色が塗り分けられ、どこを改善すべきかがなんとなく見えましたが、どの地点にどれだけの人が避難するかという具体的な検証や、避難タワーなどの適正規模の想定には、SimTreadによるシミュレーションが必要不可欠でした。さらに、それぞれの道路の利用率が可視化できれば、使われていない道は農地に戻し必要な場所に道路をつくるなど、より具体的な道路整備の検討も可能になります。

ビジュアルで示されるので直感的に理解できる

-SimTread活用のメリットは?-

想定に基づいた避難シミュレーションの結果が、ビジュアルで示されるので素人でも直感的にわかるということが最大のメリットです。また、避難タワーなどの具体的な規模も特定でき、建築のイメージ図が描けることもメリットです。SimTreadのシミュレーションでは、避難の想定をすべて危険側で見ています。例えば、住宅は人が寝ている夜を想定しつつ、港には働きに出ている人が居るという悪い状況の重ね合わせで、それ以上危険な状況はないように人を配置しています。想定は確かに難しい面もありますが、大規模の建築設計では必ず安全率をどうみるかという難しい想定に迫られます。手法は同じなので、ある意味で慣れていました。

「逃げ地図」からはスムーズに議論が交わされる

-「逃げ地図」を作成してよかったことは?-

実際に現地でワークショップも開いていますが、わかりやすいという反応だったので良かったです。経験的になんとなく把握していた地域について、地図上で一緒につくりあげていくことで、より厳密に情報が共有できます。今まで、このような記述方法がありませんでしたが、「逃げ地図」でまちの構造が理解されると、地震が起った時にはどう避難するか、危ないと思われる場所に工場が建っているがどうするか、など、住民の間で比較的冷静な議論が自然と起ってきました。それはすごいことですし、つくって良かったと思います。ソニーシティ大崎の計画でSimTreadを活用した経験があったので、「逃げ地図」もできたと思いますし、これらの活動を通して、建築にフィードバックできることがとてもたくさんあると感じています。

行政に具体的な提案ができるように支援していくことが重要

-活動を通して今後の課題は?-

現地では、避難のための地図と多少改良する地図をつくって、こうなったらいいねという話しはしていますが、自治体の施策に対して具体的に提案するところまでは至っていません。施策立案にどこまでかかわれるかは課題です。今後も復興に対して、住民の視点から具体的な提案ができるようにするために、専門家として知的なサポートができたらと考えています。今回は徒歩避難が前提の地図ですが、徒歩避難が不可能な人もいます。そのような状況にも対応できるルールづくりもすごく重要で、例えば、赤やオレンジのエリアには高齢者を居住させないなど、地域の構造や性質にあわせてきめ細かなまちづくりを考えて行けば、逃げることにストレスがかからない状況もつくれるのではないかと考えています。

自立復興に向けて活用されるツールに育って欲しい

-「逃げ地図」を今後どのように発展させたいですか?-

現地周辺の大学の人達や地元の建築家が活用手法を修得して、自立復興に向けて活用されるツールに育って欲しいと感じます。逃げることを基軸にまちづくりを考えると、単純に安全になるだけでなく、日常に対していろいろなメリットがあると思いますし、空間を発展的に利用できる可能性も増えると感じます。そういった面も具体的に表現できたらと思っています。今回は、評価軸が避難時間と浸水する頻度のグラデーションという2つのリスクの重ね合わせだったので、単純でわかりやすいシステムにできました。住み良いまちづくりのためには、避難だけでなく、もう少し検討項目を増やさなくてはいけないと考えています。また、大都市のような複雑な場所でも、「逃げ地図」の考え方を応用し、一番危険なシナリオでSimTreadなどを活用して都市の実体と状況を把握できるシステムが構築できたらと考えています。

SimTread(シムトレッド)による広域避難シミュレーションで協力
エーアンドエー株式会社 木村 謙よりひとこと

研究開発室 室長
木村 謙

今回は開発中のSimTread次期バージョンをさらにカスタマイズして、展示会用にきれいなアウトプットができるよう工夫しました。データ入力、プログラム変更、出力の確認を繰り返して完成させましたが、ここまでできたのもVectorworksの図形処理能力と柔軟性の高さのおかげだと思います。仕事を終えたあとの「部活動」で充実した日々を過ごしましたが、われわれの取り組みが少しでも復興の力になれればと願っています。


ー取材を終えてー

危険な場所、安全な場所、日常生活の中でなんとなく感じていても、見過ごしていることがとても多いと思います。東京都は首都直下地震等による被害想定を全面的に見直して公表しましたが、一方で目に見えないことへの不安も増しています。「備えあれば憂いなし」ということわざがありますが、備えるために、大都市であっても「逃げ地図」のような考え方でまちを正しく知ることが最も重要だと感じます。

エーアンドエー株式会社 CR推進課 竹内 真紀子

【取材協力】

株式会社日建設計 http://www.nikken.co.jp/ja/

設計部門 設計部 主管 羽鳥 達也 氏

(取材:2012年5月)

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