ユーザ事例 & スペシャルレポート

「中村キース・ヘリング美術館」で2010年日本芸術院賞を受賞した北川原温氏。そのアーティスティックなフォルムの実現のため、CADは設計者の想像力を広げるツールとして活用されている。


Vectorworks Design Pick Up 02

設計は仮想世界を描いている。PCはその世界に秩序を与える。

人間は「旅」をして想像力を育み、さまざまな発見と発明に驚き、再び人間とは何かという命題に戻ってくる。最近そう思うようになりました。しかし身体を移動する旅には限界がある。だから私たちはコンピュータを使うのでしょう。宇宙の果てを想像し、生命の謎を追い求めるのに必要なのは、高性能な乗り物や顕微鏡ではない。情報処理と演算によるシミュレーションが人を遠い旅にいざない、人類の想像力を拡大してきた。正確に仮想世界を描くことで、過去の知性が辿り着けなかった地平に立つことができたわけです。

彫刻家は木を彫りながら形を確かめる。画家は一筆ごとに変化していく絵画を確認できる。それは仮想ではなくリアリティです。彼らの目の前には実体がある。それに対し建築は仮想の仕事なんですよね。図面は「こんな建築ができれば」という想像力で描かれる。手作業は時間がかかるし、変更があると消しゴムで消して描き直していた。途中で新しいアイデアが出てきても、それを今の図面に反映するには一から描き直さねばならない。立面も断面もすべて描き直しです。それを一変させたのがCADでした。私の事務所に最初にPCがやってきたのは30年ほど前。当時は非常に高価でしたが、所員の強い希望で導入したところ、これはすごいことになると私は直感しました。

特に「ビッグパレットふくしま」(1998年)の設計は、アナログの作業だけでは難しかったと思います。2万3000㎡以上の延床面積で、使用するパーツや部材を完璧に把握してコントロールするにはCADは不可欠でした。仮想の世界をいかに正確に合理的に秩序立てて捉えることができるのか。そこからどんな新しいイメージを描き出せるのか。単純に便利な道具としてではなく、私たちの頭脳がPCともに考えた最初のプロジェクトだったと思います。

PCを使えば未知の世界に辿り着ける。それは人の想像力を飛躍させることにつながる。デジタル技術は、科学の発展や経済予測だけではなく、芸術の世界においても新たな世界を拓き、人の想像力の旅の推進力になっていくはずです。そして長い旅の最後には、再び人間とは何かという哲学的な考察に帰ってくる。PCとは便利な道具だけではないと思いますね。

新建築:2010年11月号掲載)

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